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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第六章 『普通の――』
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第○三七話 『休暇の終わり』

お久しぶりです。



 かつては、ヒーローとして戦っていたのだと思う。隣には仲間がいて、守るべきものもあって、この力は、愛する者のために。そうして戦ってきたのだと思う。

 なのに、いつからかこんな、薄汚い大人になってしまった。

 そのことを後悔しているわけではない。ただ、もしも別の道があったのならと考えることはある。意味も無く、有り得るはずのない未来を思い描き、そんな中で自分は笑っているのだ。

「――まだ間に合うと、言ってくれれば、」

 ……やはり後悔しているのだろうか。

 それならそれでもいい。そんな過去を経て、今の自分があるのなら。

 かつての仲間を敵と見なし、断罪しようとしてきた彼を思い出す。

 苛烈な男だった。正義を成す為ならば手段は選ばず、それでいてヒーローをこなしていた。

 敵うだろうか、かつての宿敵に。

「いいや、敵わなくては困る」

 大人になりたくないとほざいていた。その願いを棄て、大人になってまで力を得たのだ。その対価を得なければこれまでの人生はなんだったのかと問いたくなる。それでは駄目なのだ。

「必ず、成し遂げてみせる」

 眼前に並ぶは数々の〝未完成品〟。その一つに触れながら、男は計画を次の段階へと移す。

 世間では、夏休みが終わろうとしていた。


 ◆


「聖はさー、文化祭どうするの」

「宿題終わらなくても知らないよ」

「うっ」

 夏休み終了を目前に控えたある日、友人である彩音の宿題を手伝うために喫茶店に集まっていた聖は、魂胆が見え見えの話題転換を嗜める。

 先ほどからしたくないとごねるばかりでまったく手が進んでいない。このままでは本当に終わらず、提出できないなんてことになる。聖はそれでも一向に構わないのだが、彩音がそれを良しとしないのだ。

「手伝ってって頼んできたのはそっちなんだけど。やる気ある? あるんだよね?」

 ギリギリまで手をつけなかったとはいえ、提出する気はあるのだ。ならばやればいいだけのこと。わからないところがあれば教えるから……そんなつもりだったのだが、当の本人は数学の問題集を開くのみでまったく解いていない。

 これは、アレだ。遠まわしに『答え見せて』と言われている。

「……私、今日持ってきてないから」

「嘘ッ!? 聖の完全解答だけだ頼りだったのに!!」

 解答、なんて一度も口にしないのにこの始末。ため息をつき、帰ろうと立ち上がる。

「ああああ待って待って! やるから、ちゃんとやるから教えて助けてぇ!」

 ワンピースのベルト部分を捕まれて動くに動けなくなり、仕方なく席に戻る。伸びたりしていないだろうか。

「そういえばさ、言おうと思ってたんだけど」

「何? まだ逃げるつもり?」

「違くてっ! ……聖、女の子らしくなったよなーって」

 咽た。

「げほっ、げふぅっ!」

「今までオシャレとか無頓着だったっていうかさ、すっごく男の子って感じで。ガサツ? ともまた違うんだけど。そんな感じだったわけよ。だけど最近の聖はぁー……ああ、そう、この前男子たちと遊びに行ったあの日から変わったと思う」

 言われて、自らの女の子女の子した服装を見返す。

 水玉模様、ノースリーブ、腰周りにはリボンをあしらったベルトのあるワンピース。足元はシンプルではあるが、砂浜をイメージしたサンダル。そして乱雑であった髪を束ねるシュシュ。

 普通、というものがいまいちわからないが、そもそも以前はなぜこういった服装に興味が無かったのかもわからない。

「別に、変わったとかそんなことない。この格好だってハリくんに似合うって言われたから買っただけだし」

 あの日、初めて男子を交えて遊んだあの日だ。聖に服を買い与えてくれた男子の名を梁と言う。ちなみに漫画少年は佐治サジ、寝るのが大好きな男子は西野ニシノと言った。

「え、いつの間にそんな進展してたの!? その話詳しく!」

 詳しくと言われても、自分が誘っておきながら逃げるように帰ってしまったため、その埋め合わせをしたいと言ったら、またもショッピングに付き合わされただけのこと。そこで聖に似合う服を物色し、「じゃあこれ買って、たまには着てよ」と言われて、お詫びだし仕方ないかと気恥ずかしさを圧して着ているのだ。

 ちなみに、他二人も後にお詫びをしたが割愛。

「はいおしまい。ほら、また手ぇ止まってる。さっさと解いちゃって。私だって暇じゃないんだから」

「暇なくせに」

「揚げ足取らない!」

 ……などと言いながら、聖はそこまで焦ってはいなかった。否、焦るのがもったいないと思ったのである。

 宿題を提出するつもりならもはや猶予は残されていない。彩音のためにも、急がせるべきなのだろう。しかし、もっとこの時間を楽しみたい。

 どうしようもなく普通で、ありきたりで、そんな青春が楽しくて仕方ないのである。

 男子三人へのお詫びも、正直聖が遊びたかっただけだったりする。まるで、これまで別のことに費やしてきた時間を取り戻すかのように。

 自らの頭の中に浮かんだ、その妙な言い回しに疑問を覚え、しかし追及しない。

 これでいい。自信を持ってそう言える。それもきっと、父があの日くれた言葉のおかげだろう。

 もう戦わなくていい。

 それだけで、聖は幸せだ。

「あ、そうそう。忘れてた。それで、聖は文化祭どうするの? 夏休みが明けたらすぐ準備が始まるけど」

「まーたそうやって……もう。……私は今のところ何も考えてない。実行委員は有り得ないし、かと言って何もしないのもどうなんだろう、とは思ってるけどさ。去年はどうやって過ごしてたんだっけ」

 確か、……確か、どうしていたか。

「んー? 確かホールドアの広場でやってた、学生主催のヒーローショーを一日中見てたと思ったけど」

「…………は?」

「え、なにその顔は」

 ヒーロー、ショー? 女子である聖が、そんなものを見ていたのか?

 言われてみれば、うっすらとではあるがそんな記憶もある。しかしなぜ聖はそんなものを見ようと思ったのか、さらには一日中見ていたとか。

「こ、今年はもっと有意義なことしよう……といっても、実際に開催されるまでは実行委員以外はかなり暇じゃん。精々会場設営くらい?」

「うげぇ……あ、でもそれは男子が頑張ってくれるから。女子はちょぉーっとだけで良いし」

 ならば本当にすることがないではないか。

「元から、誰も準備期間に何をするかなんて聞いてないってば。当日だよ当日」

「え、だって準備が始まるどうこうって……」

「気にすんなよ」

 調子のいいことを言う彩音に、聖は唇を尖らせる。いつもテキトーばかり言って。しかしその距離感が心地よく、こういうところが長く友達でいる理由なのだろうと思う。

「当日なんて、それこそまだまだ先だし……」

「梁たちと一緒に回ってみたり?」

「ノーコメント」


 ――夏休み終了まで、あと二日。


 ◆


「……急に、静かになったよなこの街」

 川内ホールドアの展望台デッキから、下町を見下ろす青年は栗原と言う。隣には、他人の目には映らない精霊――イヴが存在する。

「何言ってるのよ、夏休みが終わるからって最後のドンチャン騒ぎを始める馬鹿ばっかじゃない。むしろ喧しくなってる」

「そういうことじゃなくてさ」

 このイヴ、元は人間である。大崎みぞれと言う名の少女は今や、栗原が持つベルトに宿る精霊となってしまった。その経緯は正直気持ちの良いものではなく、戻れるのであれば戻してやりたい、栗原はそう考えている。

 しかし、その目処は立っていない。

「なんか、急に事件らしい事件が減ったなって」

「……それは、警察が手に負えるもの?」

「負えない方。言っちゃえば、オモチャだよな」

 ここ最近、栗原が氷の騎士として活躍する場面はめっきり減った。境を言えば、あの黒い化物へと姿を変えた男に襲われた日だろうか。

 嵐の前の静けさでなければ良いのだが。

「嵐の前の静けさ、ってやつじゃないと良いけれどね」

「あ、それ今俺も思ってた」

「……だから何?」

 別に、なんでも。だから睨むのはやめてくれ。そんな言葉のやり取りを交わし、ベルトを手に入れてから今日までを振り返る。

 最初は戸惑いの方が大きかった。大崎がイヴになっていたこともそうだが、ベルトの力はあまりにも強大だったからだ。まだその全てを引き出せている気はしないが、であれば、全てを引き出せたらどうなるのか。そんな未来を想像し、しかしできずに下を向く。

 ――あの日、一人の男の子は言っていた。ヒーローはどこ? と。あの子の目に映る栗原は、ヒーローではないと暗に言われた気がして。少しだけ、ほんの少しだけ傷ついたものだ。

 もしもベルトの力を全て引き出すことができたなら。その時こそ、栗原はヒーローになれるのだろうか。

 それとも、栗原がヒーローであれないのはまた別の理由があるのだろうか。

「なあ、姫さん。……俺は、ヒーローになれんのかな」

 栗原の問いに、大崎は答えない。



「なれるのか、じゃねーよ。……なるんだよ、オレたちで」



 代わりに聞こえた声は背後から。街に下ろしていた視線を振り向かせ、そこにあった姿に、やっと来たかとこぼす。

「待たせてくれたなぁ」

「悪りー、なかなか集まんなくてよ。ほれ、オレの後ろにいるこいつら……これで《正義ノ体現者ジャスティス・メイデン》のメンバーは全員だ。ちなみに、全員オモチャ持ち。どーよ、頼りがいがあんだろ?」

 待ち人――白石小太郎が連れてきたのは、同年代と思しき少年少女たち。

 今日は元々、この面子との顔合わせのつもりだった。

「一緒に戦う奴の顔だ、覚えとかねーとな」

「はは……そりゃそうだけど、さすがにこの人数を一度に覚えるのは無理があるな」

「良いから憶えろ。……って言いたいけど、別に焦る必要はねーな。最近はめっきり静かだしよ。ま、夏休みも終わればもっと落ち着くだろーし。少しずつ少しずつ、な?」

 やはり白石も最近は静かだと感じているらしい。何も無ければそれが一番だが、それではいつまでも不安が払拭されない。いっそのこと不安が的中してくれれば、なんて思ってしまう。

「……考えすぎよ。単にオモチャの絶対数が少なくなってきてるだけでしょう? これまで結構な数のオモチャを壊してきたんだから。もしくは、いろんなヒーローが存在するこの街から逃げ出した、とかね」

「姫さん、それはちょっと楽観的すぎないかな」

「気を張り続けるのも現実的じゃないと思うけど」

 言い返されてしまった。まさしくその通りだ。

 いつもヒーローは後手に回ってしまう。そんな状況からでも、様々なものを守り抜かねばならない。そもそもからして、ヒーローの在り方というのはおかしいのだ。そんな存在になろうと言うのだから、些細な変化に気を揉んでもいられない。

 だからと言って油断していいわけではない。事を未然に防げるのならば、それが一番なのだから。

「頑張ろうぜ、白石」

「おーよ。この街のヒーローはイーターとバレットだけじゃねーってことを教えてやらないとな。……今、この街にはどっちもいないんだから」

 ああ、そうだ。この街を守ってきた二大ヒーロー――その片割れ、イーターは戦いの記憶を失くし、そして恐らくではあるがバレットももうこの街にはいないだろう。死んでしまったのか、あるいは何か事情があるのか。どちらであっても、期待はできない。

 今、ヒーローとして戦えるのは栗原と白石たちだけだ。

「やってやろーぜ。なるんだ、オレたちで。この街を守るヒーローに」

 ――そうだ、なるんだ、ヒーローに。

 ヒーローの隣で支えるだけの脇役ではない。自らもまた戦うヒーローに……憧れそのものに、なるのだ。

 栗原が守るのはこの街だけではない。己と、そして隣にいる大崎の夢。引き継いだからには、全力を尽くして成さねばならぬ。

 まだまだ未熟だけれど、その意志だけは本物だ。

「この街は、俺たちが守る」

 眼下に存在する、大きな大きな街。きっとこのどこかで、彼女は普通の人生を謳歌している。きっと今こそ彼女は幸せであろう。

 邪魔させてはならぬ。せっかく戻れたのだから。

 宮城聖の日常を、壊させはしない。


 ――夏休み終了まで、あと一日。



 ◆



 そして、夏休みが終わった。












一ヶ月ぶりと相成りました。忙しかったんです、ええ。そう言いつつもう一つの作品は割と更新してるんですけど。よろしければそちらも是非。


次回から七章に入ります。

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