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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第六章 『普通の――』
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第○三五話 『悪意の化身』



「ほらほらァ!! どうしたよ、エェ!?」

 勝ったらカッコいいだろうな。そう言って自分を勇気付けては見たが、やはりこのデタラメな強さは異常だ。オモチャを使っているのは間違いないが、だとすれば同じくオモチャを使っている栗原と差が生まれるのはなぜだ。

「俺が上手く使えてないからか……!?」

 だが、そもそもの話、オモチャを使うとはどういうことなのだろうか。

 本来、玩具とは遊ぶための道具だ。それがなぜか強大な力を有してしまっているのが、栗原や目の前の男が使っているオモチャだ。

 思い返せば、栗原だって一度はオモチャの力を自在に使いこなしていた。それはどうしてだ?

「……姫さん! このオモチャの使い方とか知ってるか!? わかる範囲で良いから教えてくれ!!」

 そうだ、あの時はイヴがいた。水鉄砲に宿っていたイヴが、あの力の使い方を教えてくれていた。

 だが、

『は? このオモチャに関する知識はあるけど、使い方とか言われても……変身する(ヽヽヽヽ)以外に使い方とかあるの?」

「……は?」

 敵を前にしながら、動きが止まってしまった。

「何チンタラしてんだぁアン!?」

「うぉ、えあぁあ!?」

 突然の突風に体勢を崩され、そこを狙われる。どうにか大剣で攻撃自体は防いだものの、攻撃に使われたものを見て驚いてしまう。

 それはサイコロだった。巨大なサイコロが、まるで銃弾のように、壁のように迫ってくる。弾いては次、弾いては次と飛んでくるサイコロ。これが敵のオモチャか。

「いや、だとしても、サイコロがどうしてこんな風に飛んで来るんだよ……!」

『余所見しないで! また来てるわよ!』

 今度は……一度に、二つ!!

「ああ無理無理大剣だけで受け止めきれ――え、」

 背後に、逃げ遅れた男の子を見た。

 なぜ――!



『Entertainment 〝Hummer〟』

『Entertainment 〝Luncer〟』



 鈍い音と、鋭い音が響いた。

「……あぁ?」

 何が起こったのだろう、と言う気はない。なぜなら、何が起こったのかを、この目でしかと見届けたからだ。

 受け止めるのは無理だと思った。だからと言って、避ける選択肢も無かった。

 だから、無理だとしても壁くらいにはなろうと、目を見開き、サイコロが迫るのを見て……その視界で、二つのサイコロが砕けたのが見えた。

 一つは巨大な鉄球による粉砕、一つは巨大な槍による一刺。



「――ぃよう。もしかしてさ、ヒーローさん?」



 栗原の目の前に現れたのは、

「……誰だ?」

 短髪を汗に濡らし、その右手にはけん玉がある。

 背丈は小さく、しかし妙な貫禄を漂わせる少年。

 おそらくオモチャ使い。その名は、


「《正義の体現者ジャスティス・メイデン》改め、《正義ノ体現者ジャスティス・メイデン》リーダー、白石小太郎!」


 ◆


「お、っとぉ……横取りされちゃったじゃないっすか」

 今まさに飛び出さん、と構えていたところに割って入ったのは、確か白石小太郎。先日、オモチャと悪意によって引き起こされた事件で、宮城聖と接点を持った人物だ。

 なるほど、聖と息が合うわけだ。見ればわかる、彼もまた、ヒーローに憧れ戦うクチだ。

「なーんだかなあ。出鼻挫かれちった」

 両手に纏っていた瘴気を払い、指貫グローブに戻す。

 仕方が無い、今日のところは諦めよう。観覧もそこそこにし、その場を立ち去る。

 ……さて、段々とこの街に、『宮城聖ヒーロー』は要らなくなってきているが。

「いつまで普通の(ヽヽヽ)女子高生(ヽヽヽヽ)やってる気っすか、アンタ」

 戦いを続ける三人に背を向け、言葉を残した。


 ◆


「……んぉ? なんだありゃあ……オレが知ってるのとまた違うっつーか」

 白石小太郎と名乗った少年が目を向けるのは、包帯に巻かれた敵の両手だ。よくよく見れば、包帯の合間から黒い何かが漏れ出ている。

「さっきの怪力の正体か……?」

「本当ならよ、アレがオモチャから吹き出て、一気に全身を包むんだよ。でもおっかしーな。アイツ、なんで両腕だけ?」

 何やら物知り顔で言う白石。間違いない、彼は、栗原よりも多くのことを知っている。

「ところでさ、そこのヒーロー。聖は一緒じゃねーの?」

「宮城……? アイツとも知り合いなのか、アンタ」

「だぜ。ちょーっと頼まれ事してたんだけど、めっきり連絡付かなくなって。そもそも連絡先を知らないけど」

 あっはっは、と笑いこけ、しかしその笑みはすぐに引っ込む。

 バラバラに砕け散ったはずのサイコロが宙に浮き、また一つに集まろうとしていたからだ。

「……ハァ、またヒーロー? いいや、違うかぁ。変身してねえもんなあ、オマエ」

「変身しなきゃヒーローになれねーのかよ。オレの知ってるヒーローは、変身しなくたってヒーローしてたぜ」

 サイコロの破片を集めているのは、これまた黒い何かだ。糸のように伸びるそれらは、栗原の両腕から伸びている。

「ギャッハハハハハハ!! 人間なんて、変身でもしねえとてんで弱えだろうが!! ……そうだよ、変身でもしなきゃ弱えんだよ。だからオレだって、バレットに殺されかけたんだ」

 サイコロ使いの両腕から漏れ出る黒い何かが増幅する。

「ああ、やっぱそうなるのか……アンタ、下がってな。アイツは危険だわ」

「いや、おい待て。……何を知ってるんだ? あの黒いのはなんだ!」

 栗原が問うも、白石は取り合おうとしない。

 クソ、と毒づきつつ、先ほどの男の子はどこに行っただろうかと周囲を見渡す。……いた。

 変身を解き、

「早くここを離れるんだ! いいか、こっちに――」

「い、嫌だ……」

「え?」

 しかし、男の子の両足はガクガクと震えていて、

「恐いんだろう……!? 逃げないと、もっと恐い目に遭う!」

「嫌だ! だって、だって……まだ、ヒーローを見てない!!」

 ヒーローを、見ていない。

「――――」

 なんてことだろうか。栗原は、戦った。自分のできることをして、この数週間で少しはヒーローらしくなれたと思っていた。自画自賛だとわかってはいても、少しくらいは聖の代わりができていると思っていた。

 だが、

「ねえ、いつになったら来てくれるの!? ヒーローは、いつになったら助けてくれるの!?」

「そ、それは……」

 駄目だった。栗原では、ヒーローとして戦ってきた聖の代わりなんて務まらなかった。

 男の子から見た栗原はヒーローではない。

 ――ここで、ならばヒーローになってやろう、と奮起するのが宮城聖であり、だからこそ彼女はヒーローになれたのだろう。

 だが栗原は、そもそも彼女の代わりを担うために戦っていただけだ。戦う理由が己の内ではなく、外にあった。そう、栗原自身には、ヒーローとして戦う理由はないのだ。

 栗原はお姫様の騎士であり、ヒーローではなくナイトなのだ。

「……きっと、もうすぐ来るさ」

「……本当?」

 いいや、来ない。聖はヒーローとしての記憶を失い、バレットはしばらく姿を見せていない。男の子が望んでいるようなヒーローは、来ない。

「ああ、本当に来るよ。……だから逃げないと。ここにいたら、ヒーローの迷惑になっちゃうよ?」

「……うん、わかった」

 案外アッサリと了承し、男の子は逃げて行く。

 ああ、純心とは恐ろしいものか。どこまでも透き通る心は、物事の真実を見通してしまう。栗原が、本当はヒーローになるつもりなどないことを、小さな子どもが見抜いたしまった。

「代わりは、あくまで代わり……俺は、どこまでも外野なんだよな」

『Entertainment 〝Blizzard〟』

 再び変身し、背の大剣を握る。

「俺は……何を! ……守るために、戦ってんだよ――!」

 やるせない感情までも握り、栗原は吼える。

 眼前には、黒い瘴気に包まれていく何かがあった。


 ◆


「ハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハ!!」

 あの日と同じだ。

 あの日の白石も、こうして黒い瘴気に包まれ、化物となった。

 おかしなことをおかしいと思わず、理性があるつもりでもそれは暴走していて。

 結果、確かな化物と成り果てていた、あの日と同じことが、目の前で起こっている。

「人の悪意に取り憑いたオモチャの暴走……」

「アァ? 暴走? ンなわけねえだろ……これはさぁ、変身だよ変身!」

 ぞわり、ぞくり。気味の悪い感覚が周囲一帯を支配する。

 ――黒い瘴気が形を成し、化物へと変貌していく。

 何が変身だ。これのどこが、変身なのだ。

「変身ってのはな……守りたいものを守るために、強くなりたい、変わりたいって思う気持ちの具現だ。テメェのそれは、変身じゃねーよ」

 やはり、言葉で表すならば暴走だ。

「テメェの勘違いを、ブッ潰す!!」

 黒い霧が晴れ、現れたのは人の姿をした化物。

 その両手には天秤のようなものがぶら下がっており、

「勘違い、か……オマエらも勘違いしてんだろ」

『Entertainment 〝Blizzard〟』

『Entertainemnt 〝Hummer〟』


 ――『Evel Spirit 〝Dealer〟』


「このゲームにおいては、オレが支配者なんだよォ!!」


 振り下ろされた大剣と、

 振り下ろされた鉄球が、


 ――――完全に、静止した。


 ◆


「ああ、おかえり聖……ってなにその格好!?」

 帰るなり、母がまず指摘したのはその格好だった。常ならば、学校の制服であるセーラー服にサイズの大きなパーカーで出かける娘が、見たこともない格好をしていれば驚くのも当然か。

 まさか男子に買ってもらった、などとは言えず、

「ううん、ちょっと友達に、もっとオシャレしなよって言われちゃって……あれ、靴多くない?」

「あー、いつも話してる子ね。……ま、ちょうどいいかも。今お父さん帰ってきてるし。娘がオシャレしてれば、良い意味でビックリするでしょ」

 ああ、そういえば夏に帰ってくると言っていたし、そろそろ戻ってきていてもおかしくはないか。

 だが今は、あの父と顔を合わせる気分ではない。母の言葉を無視し、自分の部屋へ戻ろうと階段に足をかけたその時、

「何があったのかは気かないけど、あんまりお父さんを舐めない方がいいよ?」

「……え」

「ボンヤリしてるように見えて、きちんと見るとこは見てるんだから。娘が悩んでいたら、それをどうにかしちゃうような理想の父親がいるんだから、目いっぱい頼ればいいの」

 顔を洗い、涙で目が腫れていないのを確認してから帰ってきた。見て取れる変化なんてそれこそ服くらいだろうに、この親は見透かしている。

 ……これが大人、なのだろうか。

「な、なんでもないよ……なんでもないってば」

 そんな大人が少しだけ怖くなり、結局聖は階段を上った。

 自分の部屋に戻り、ベッドに飛び込む。

「……なんでも、ないんだよ」

 違う自分がいるだなんてそんなこと有り得ない。聖は聖であり、普通の女子高生だ。好きな物も特になく、好きな相手も特にいない。無趣味で日々を怠惰に生きる、なんでもない女子高生だ。

 そう、普通の、普通の――。

「……なら、アレはなに」

 視線が、机の上にある、扉を模した何かに向けられる。

「アレはなんなの。私、あんなの知らない」

 普通の女子高生である聖は知らず、しかしそこにあるものはなんなのだ。

 普通の女子高生でない聖ならば知っているのだろうか。だが、そんな聖は存在しない。

 存在、しない――!


 コン、コン。


「っ!?」

 ノックされた部屋のドア。その向こうにいるのは母か、それとも父か。

 嫌だ、どちらにも、今の聖は見られたくない。だから聖は、

「――入って、こないでッ!!」

 ……生まれて初めて、両親を拒絶した。






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