第○○四話 『聖誕祭の終わり/ヒーローの始まり』
聖にとっては完全な言いがかりではあるが、一方、伊達の言うことも一理あるのだ。事実、聖が力を行使したことによる破壊は、プラモデルに劣りこそすれ、尋常ではない。およそ一人の人間が行う破壊行為としては凶悪だ。
それを巨悪と断ずるのも、仕方の無いことと言えた。
聖はといえば、
銃弾程度、今の私なら当たらないどころか、手で掴むことすらできちゃうだろうなあ。
なんて、暢気に考えていた。しかしその裏では、目の前で人が殺された、その事実に憤ってもいる。
つまるところ、聖は伊達を懲らしめようと思った。
「さあ、どこからでもかかってきなよ。私を悪呼ばわりするなら、それ相応の正義を見せるんだ」
「僕は正義なんてどうだっていい。この町を、市民を守れれば、それだけで……」
言って、伊達が拳銃を構えた。
『Entertainment 〝Bullet〟』
そんな文字列が銃口付近に現れた。
「え、それ、もしかして」
単なる拳銃ではなく、
「撃ち滅ぼせ――!」
聖のベルトと同じ、オモチャ!!
ッダァン! と、先ほどの銃声とは違い、乾いた音というよりも重々しい銃声が鳴り響く。銃口より出でた弾丸に先ほどの文字列が吸い込まれ、銃弾は雷を纏う。
「んなっ、い、イヴ! さっきの瞬間移動!」
『え、嘘、無理――』
ベルトから聞こえる声に関係なく、聖の体は左方向へとズレた。
――咀嚼対象《距離》。再起動、準備。
「動くなよ、すぐに終わらせたいんだ」
「そう言ってわかりましたなんて言う奴はいないと思う……!」
伊達の構える拳銃――モデルガンが聖を狙っていることに気づくと、聖はすぐさまその場を離れる。ベルトによって人間離れした力を得た聖は、一瞬で五メートルほど跳躍、背後のビルの壁を蹴り、さらに遠くへと跳ぶ。
「っ、逃げるな!」
「無茶言ってるよ!!」
殺しに来ている人間から逃げるななど、血も涙も無いのだろうか、この男。
結局何がしたいのだ。
『ひ、ヒジリさん、あまり激しく、動かないで――』
「え、なに?」
聖が問い返すも、イヴが答える前に伊達の銃口が火を噴いた。
放たれた弾丸は、先ほどと同様に、通常の弾丸とは異なっていた。弾丸が高速回転しているところまでは通常と同じだ。しかし、その弾丸は雷を纏っている。
「いっづぅ――――ッ!?」
ギリギリのところでかわすも、左腕を掠った。ただそれだけで、眩暈がするほどの衝撃が走る。
「すばしっこい……イヴ、どうにかならないか?」
『銃弾にインストールする属性を変更しましょう』
また何か変な銃弾が来るのか、と聖は身構える。
……ふと、ベルトがぶるぶると震えだした。
『……すみません、ヒジリさん、限界です。いささか品性に欠けるとは思いますが、ここで致してしまいます』
「な、なんのこ――」
『吐きます』
――――。
聖は顔を青くした。その間も伊達は、何やら厄介そうな銃弾を撃ち出そうとしている。というか、え、吐くってなんだ。
考える時間がえらくゆっくりに、静かに感じる。聖はこれからどうすればいいのか。まずはイヴの介抱か。いや介抱ってなんだ。何をどうすればイヴの調子は良くなるのだろうか? ベルトの中にいる状態で、イヴをどう介抱する。だから介抱ってなんだ。
それよりも伊達の弾丸を避けることに専念すべきか。いやしかし、先ほどイヴは、あまり激しく動かないで、と言った。かわすために激しく動いた結果、イヴが吐いてしまう可能性もある。
というかベルトの中にいるくせに吐くってなんだ。吐いたらどうなるのだ。
そんな思考を一瞬の間で終わらせ、しかし間に合わず。
『あ、もう無理、限界で――おぇっ』
イヴが吐いた。
「――――」
「――――」
イヴが吐いた。そのことによる惨状が、聖と伊達の眼前に広がっていた。伊達は拳銃を構えたまま、口をポカンと開いたまま固まっている。そしてそれは聖も同様であった。
吐く、とはつまり、ベルトのバックル部分からとんでもない光の熱線が放出されることを意味していた。特に狙いが定められていなかったそれは、伊達の頭上を越え、ビル群にぶち当たり、貫通して行った。
それはまるで、あのプラモデルが放つライフルを何倍にも増幅させたかのようで。
「よ、よくわかんないけど……逃げよう」
伊達に付き合ってやる義理はない。なんだか酷く粘着的だし、いきなり聖を悪呼ばわりしてくるし。正直言って苦手なタイプだ。さっさとこの場を離れるべきだろう。
幸い、伊達は固まったまま再起できていない。離脱するなら今だ。
「これにて一件不落着……かな」
ベルトの膂力を用い、ビルの外壁を駆け上がり、屋上へと辿り着く。
吐いたことでスッキリしたのか、ベルトが妙に軽い。心なしか、ベルトから鼻歌まで聞こえてくるかのようだった。
「……で、イヴ、さっきの、何?」
『食べ過ぎたことによる反動です。ヒジリさん、瞬間移動した時や、熱線を吸収した時、声が聞こえませんでしたか?』
聞こえた。確か、咀嚼対象がどうたらこうたら、と。
『アレは、このベルトが持つ固有能力の一つです。概念を咀嚼し、溜め込む。そうすることで、さまざまな現象を引き起こせます。いやまあ、人間と同じで、食べ過ぎたらさっきみたいになりますが』
それで『吐く』という表現なわけか。なるほど、わかれば納得もでき……でき、できるか?
『正しい出し方をすれば、あれほどの暴力にはなりませんよ。調節だって可能です。さっきのは回避のために《距離》を二回、《熱線》を一回と、最初から無茶な容量を喰ってしまったためです。ベルトの内部でごっちゃ混ぜになっちゃったんですね』
「うん、まあ、なんとなくわかった……にしても、案外危ない力だね、これ」
言って、屋上から悲惨な状態になった町を見下ろす。
これらが全部、オモチャによって引き起こされたなどと、誰が信じるだろうか。
「――ええ、凶悪な力です」
聖がバックルの扉を閉じ、変身を解くと同時、イヴは少女の姿で現れた。
「しかし、いかに凶悪であろうとオモチャはオモチャです。正しく使い、子ども心を忘れなければ、所詮は単なるオモチャ。ごっこ遊びにしか使えません。ヒジリさん、貴女のソレも、です」
ごっこ遊び。そう言われて引っかかるものがあるが、事実そうなのだろう。
聖は憧れのヒーローの真似をしただけだ。真似をしたら、たまたまその真似についてこれるだけの力だったというだけで。
そんな力を、ごっこ遊びの枠を超えて悪用する人間がいる。
「ねえ、イヴ。こういうオモチャ、まだまだあるの?」
「ええ、もちろん。今日確認しただけでも、ベルト、プラモデル、モデルガンとあったでしょう? そんな感じのオモチャが、昨夜〇時に、あらゆる場所へとばらまかれました。この町にもたくさんあるはず」
唐突に降って湧いたクリスマスプレゼント。誰も彼も、何の努力もせずにこんな力を手にしたとしたら、ニット帽の男のように、力に溺れ、悪用する者も少なからずいるだろう。
どんな理由があって、なぜこんなオモチャがばら撒かれたのか。
「イヴにはわかりませんよ。イヴは単なる仮想精霊。オモチャの知識しかありませんから」
「そっか。……でも、これからこんな事件が増えるかもしれないんだよね」
「それは間違いないでしょう。人間とは、プレゼントに浮かれ、興奮してしまう生き物ですから」
ならば、聖のすべきことは何か。
そんな者たちと同様に、悪を為すか。
ふと、伊達の言葉が過ぎる。
『アンタも巨悪と見なし――処罰する』
それとも、聖はすでに悪なのか。
「考えたってわからないし、それなら、」
憧れに手を伸ばしてみるのも、いいのではないだろうか。真似事だろうと、真似ができてしまうのならそれは立派な本物……ではないか。
とにかく、決めた。
「私、そういうオモチャたちを片っ端から止める」
「ヒーローらしい決意、ごちそうさまです」
可愛らしくイヴが笑う。
そういえば、伊達に撃ち抜かれたニット帽の男は死んでしまったのだったか。明日のニュースにでも載っていることだろう。伊達のせいで人間が死んだ。その事実は、静かな炎として聖の胸の中に灯った。
「さあ、帰ろう。お母さんに何言われるやら」
「ここビルの屋上ですけど、まさか生身のまま飛び降りるつもりで?」
「……あ、変身解いたんだった」
◆
「なんだったんだ、今の……」
伊達は、モデルガンを構えたまま呆然と立ち尽くしていた。
今しがた、相対していたヒーローが放った熱線。それは伊達を狙わず、頭上を越えていった。
『おそらく、あのオモチャ――ベルトの固有能力でしょう。ヨル様のモデルガンにも似たようなものはあります。さすがに、あそこまで規格外ではありませんが』
伊達が口にした疑問にイヴが答える。ああ、確かに問いを呟いた。しかし実のところ、伊達はそんなことはどうだってよかった。
あのヒーロー、あれだけの力がありながら伊達を直接狙うということをしなかった。わざわざ起動を逸らし、狙いを外した。
実のところそれは伊達の勘違いで、聖には狙いを定めるなんてことができなかっただけなのだが。
「クソ、舐めやがって……」
そんな悪態を付きつつも、助かった、と思わずにはいられない。現状、このモデルガンの使い方を齧った程度の伊達に、アレを防ぐ手立てはない。
だがこの怒りを静められない。伊達を見逃した上に、最後に町を壊していきやがった。それが、伊達の自尊心というものに引っかき傷を残す。
何から何まで伊達の思い込みなのだが、『市民を守る』という使命感を盾にする伊達は気づかない。
「次は、必ず倒して、裁いてやる」
モデルガンを握り締め、伊達は決意する。
「――ヨル様、意気込みを新たにしたところで相談なのですが」
「ん?」
「ここを離れたほうがよろしいかと。騒ぎが収まったことで、マスコミやら救急、警察が駆けつけると思われます。このままでは、ヨル様が犯人だと思われてしまいますよ」
「え、マジで」
途端に一般人に戻った伊達は、そそくさとその場を後にした。
◆
――そうして誰もいなくなり、倒れる影のうちの一つが起き上がる。
「クソ、クソクソクソ……邪魔をした奴、俺を殺そうとした奴、どっちも顔、憶えたからな……」
邪魔をした奴に関しては、目元が隠れていたため、憶えたのは顔ではなく外見の特徴だ。
頭に被ったニット帽を取り、額に浮かぶ金属に右手を添える。
「これが無かったらマジで死んでたぞ、クソッタレが」
『ご無事で何よりですねえ、ご主人』
「うるせえ。……しっかし、クソめんどくせえ」
額の金属を消し、代わりに背中にジェットを召還する。
「ここに残ってたら犯人扱い、か。確かに俺が犯人っちゃあ犯人だけどよぉ、このほとんど、アイツらと争ったせいなんだから、アイツらだって共犯じゃねえか?」
そうボヤきながら、ニット帽の男は離脱する。文字通り、空を飛んで。
次の日には、『血の聖誕祭』として全世界に報道される事件が幕を閉じ、以降、世界中で似たような事件が増え始めた。
それらは総じて、『オモチャ』と呼ばれる未知の兵器によって引き起こされている。そこまで判明したところで、次の疑問だ。
その『オモチャ』は、どこから来たのだろうか。
その謎は解明されぬまま。
月日は経ち、四ヶ月。
聖が住む町には、『イーター』と呼ばれるヒーローの噂と、
『ブラッド・バレット』と呼ばれる断罪者の噂が流れていた。
プロローグ終了。