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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第六章 『普通の――』
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第○三三話 『私の空白』



「ところでさー、宮城さんは漫画とか読むの」

 気だるげな男子が、漫画の棚をじーっと見ながら隣にいる聖に話しかけてくる。

 漫画、漫画か。そういえば、あまり読まないかもしれない。

「これといって……かな」

「それじゃあ、漫画ばかり読む男子とかバカにする派?」

「え? ……いや、なんで?」

 純粋に疑問に思い、問うてみた。男子はそんな聖には目もくれず、棚を見ている。

「……変なこと聞くな、とか思った? 割といるんだよ、バカにする女子。漫画じゃなくてもそう、男子の趣味をあーだこーだ言う女子はたくさんいる。ラノベもプラモデルも、アニメもバイクも、オシャレ好きなチャラ男に比べればダサく見えるんだとさ」

 唐突にそんなことを語り始める男子。聖は、その話を聞いて既視感を覚える。


 ――特に理由はないのだが、なんというか、女の子がそういう趣味を持っているというのは、あまり褒められたものではない、という偏見が聖の中にはあった。


「……それわかるかも」

「え?」

 ふと浮かんだ言葉。意外としっくりと来たのだが、なぜこんなことを思ったのかはわからない。

「あ、いや、なんでもない」

「……? で、さ。俺、結構漫画好きなんだよ。でも姉ちゃんにはいい加減そういうのやめたら? って言われて。……でも安心した。宮城さんはそういうこと言わなさそうだ」

 はい、と渡された漫画。その表紙には握り拳を掲げる、おそらく主人公であろうキャラが描かれている。

「それ、俺の好きな漫画なんだ。とりあえず一巻だけでもどうかな、って。ジャンルとしては王道バトル漫画、かな」

「へー……王道、バトル」

 その言葉は、どういうわけか魅力的に聞こえて。思わず食い気味に「読んでみるっ!」と言ってしまった。

 ちなみに、彼もお金を出してくれるらしい。なんだか今日は奢ってもらってばかりだ。

「気にしないで。友達作りたいんだって? 俺も、キミみたいな女子なら友達になりたいって思えるから、好きな物を勧めただけだよ」

「あ、ありがとうございます……」

「なんで敬語?」

 彼が買いたがっていたらしい漫画と、聖に勧めた漫画を持ってレジに並ぶ男子。

 ……そういえば、友達を作りたいなどと男子たちに言った覚えはないのだが。なぜ彼はそれを知っていたのだろうか。



「あ、それ私だわ」

「ねえ、ちょっと。ねえ」

 彩音と合流して問い詰めたところ、アッサリ白状した。先ほど服を見て回っている時に話してしまったらしい。

「でもアイツにだけだから。ほら、大丈夫そうな雰囲気あるっしょ?」

「う、……まあ、それは」

 確かに。頷かざるを得ない。

「一人くらい、今回の目的知っといた方がいいと思ってさ」

 悔しいが、その配慮はものすごくありがたい。やはり、聖なんかと友達している女だ。いろいろとデキる。

「……なんか、ありがとう、ございます」

「いや、なんで敬語なんよ?」

 二人で話している間に、次はどうするかを決めていたらしい男子三人が声をかけてくる。

「よー、休もう休もうってうるせえ奴がいるからさ、フードコーナーに行こうぜ」

「も、疲れたんだよ……遅刻しないようにって慣れない起き方して、なのに間に合いそうになくて走って、もうヘトヘト……」

 そ、そこまでしてくれたのか、と軽く引いてしまう。元々聖の軽はずみから始まったのだから、そこまで力を入れなくても……。

「いいや、女の子が誘ってくれたんだ。本気にならずして何が男か……うぇ、腹減った」

「そういえば、もうお昼かぁ……なんかあっという間」

 聖が何気なく呟くと、ずざざ、と膝をついていた男子が寄ってきて、

「だよね! さあ、休もう。レッツゴーフードコート!!」

「え、えぁあ!?」

 突然腕を引っ張られて、そのまま走り出す。その強引さが、なぜか聖は嫌いではなかった。

「おっしゃぁああああ休めるぅうううう!」

「ちょ、休みたいならなんで走ってるのぉおおおお!」

 二人で笑い合いながら、確かに楽しさを感じている。そうだ、これだ。これこそが、心に空いた穴を埋める感情。

 聖が求めていた、青春。

 他人から見たら、きっとバカに見えるのだろう。痛々しいのかもしれない。迷惑をかけていたり、厄介がられているのだろうか。

 でも構わない。なぜなら今、聖はとても楽しいからだ。

「あは、あははははは!」

 こうして思い切り笑うのはいつ振りだろうか、と。益体もないことを考えながら聖は走る。


 ◆


「……あら? ああ、帰ってきたの」

 宮城家のインターホンが鳴らされ、玄関を開けてみればそこには、随分長い間見なかった顔があった。

「やあ、ただいま……」

「随分ヤツれたように見えるけど……大丈夫?」

 宮城家の大黒柱、聖の父親、一成イッセイだ。初めての出張で疲れたのだろうか、その顔は酷く疲労の色が浮かんでいる。

「いやぁ、キツかったねえ……――何ヶ月も聖と会えない生活っていうのはぁ!!」

 あ、違う。これいつものアレだ。

 そう気付いた聖の母、佐奈サナはため息をつき、

「ちなみに、今聖は家にいないからね」

「ええっ!?」

 聖は今朝から出かけてしまっている。珍しいものだ。唯一の友達と遊ぶ時はいつも、昼近くに家を出るというのに。そう思い、なんとなしに訪ねてみた。


 ――アンタ、デートにでも行くの?

 ――でー……!? ち、違うから。いや、確かに男子と遊びに行くんだけど。


 聖もようやく女の子らしくなってきた、と思っていたのに、父親がこの体たらく。まったく、仕方の無い人だ。

「さっさと娘離れしなさいな、情けない」

「情けないなんて酷いことを言うな!? 娘想いの良い父親だろう!」

「娘の前では、ね」

 悪いことではないのだが、厳格としてあるべし、な父親ではないよなあ、と思う。もっとこう、ガツンと言ってくれる父親であったならば、佐奈はこんなにも苦労しなかったろう。

 でもまあ、聖が良い子に育ったのは、この父親があったからか。

「何はともあれ、おかえり。中入りな? 聖も夕方には帰ってくるでしょ」

「お、おお……確かに、今はひとまず休みたいな」

 久しぶりの家族に出会い、顔にも口にも出さないが、佐奈は喜んでいた。なんだかんだ言いつつ、家族なのだ。

 聖もきっと、喜ぶだろう。そんなことを思いながら、今夜はご馳走にしようと台所に立つ佐奈であった。


 ◆


「聖ちゃんはさ、どんなのが好きなの?」

 フードコートに着いたは良いが、走ってきたため残りの三人を待たなければいけなくなった。そんな折に、こんな問いだ。

「どんなの……って、例えば?」

「なんでも良いんだけど……ほら、音楽とか、本とか。っつーか、趣味? 例えば俺なんかは寝ることが好き」

「寝ること……うわぁ」

「あ!? 酷くないかなそれ!?」

 好きなこと、好きなもの、か。数日前にも考えたのだが、ついぞ浮かばなかった。書き出そうとしても、その手が動かなかったのだ。

 だが問題ない。悩み抜いた末、こういった時にどう返すかのシミュレーションは済んでいる。

「あんまり好きなものとか、無いんだよね。逆に、どんなのが好きなの? 教えてよ」

「え? 俺の好きなもの? ……睡眠以外で?」

 しまった。先に言われていた。しっかりと反応を返していたのになぜ忘れる聖。

「あー……うん、そう。睡眠以外で。というか寝ることが好きってどういうことなの……」

「はは、寝てる間ってすげえ幸せだろ? ……んー、寝ること以外で、か。そだなー……あ、そだ」

 思い出した、と顔を上げ、その男子はこう言った。


「――俺、仮面ヒーローとか好きだよ」


 ――――。

「なんていうかなー、すごく惹かれるんだよね。やっぱ男だからなのかな? ……つっても、女子にはわかんないかー」

「……わかる」

「……え?」

「わかるよ! すごくわかる! カッコいいよね、仮面――」

 ――あれ。

 なんで、わかるのだろう?

 これまで一度でも、仮面ヒーローなんてものに触れたことがあっただろうか。いいや、ない。そんな記憶は存在しないし、ましてや仮面ヒーローが好きだなんてこともなかったはずだ。幼少時代は周囲の女児と共に、魔法少女モノにハマって――あれ、そんなのにハマってたっけ。

 違う、何が違う?

「えと……どした?」

「え!? あ、ああ、なんでもないよっ?」

 一体どうしたというのか。今の不思議な感覚は何なのか。

 そうしている間に、三人が遅れて到着した。

「まったく、先に行くにも走るってこたぁないでしょ。ねえ聖?」

「う、うん、そだね?」

「……? うん? 何かあった?」

 彩音に勘繰られるが、何もなかった、と言うだけに留める。事実、何もなかった。聖の仲に妙なモヤモヤが生まれたこと以外は、何もなかったのだ。

「お、あそこ空いてるし、いいか?」

 ちょうど空いていたらしい中華店に入り、ようやく座ることができた。聖も落ち着きを取り戻し、なんとか平時を装える。

「……なんなんだろ、最近なんか、変な感じ」



「そういえばさー、最近バレットのウワサとか聞かないよなー」

 ふとそんなこと言い出したのは、聖に服を買ってくれた男子だった。

「……確かに」

「この街を守る二大ヒーローの片割れ! だよね」

 続く二人の男子もその話題に乗っかり始め、盛り上がりを見せる。

「バレット……バレットってなんだっけ」

 だが一人、聖だけはその話題についていけなかった。聞いたことがある気がするのだが、てんで出てこないのだ。

 その、バレットとやらに関する記憶が。

「……え、聖、それマジで言ってる?」

 彩音までもが、信じられないという顔で問うてくる。

「だってアンタ、バレットのことになると嬉しそうに――じゃなかった、嫌そうな顔して話してたじゃん」

「え、それこそマジ? ……いつのこと?」

「つい最近、五月だよ、五月!」

 なんだ、五月か。言うほど最近でもないが、思い出せないこともない。五月の聖は、どんなことをして、どんなことを話していたか。

「――――うそ」

 ……思い出せないはずがないのに、よくよく思い出そうとすれば、そこには大きな空白が生じる。そんなはずはない。五月にはものすごく大きな出来事があった、そんな感じがするのに、なぜ?

「き、気のせいじゃない? ところで、そのバレットって?」

「…………」

 彩音はまだ疑いの目を向けていたが、それを気にしないようにしながら男子に振る。

「へぇ、知らない人とかいるんだな。じゃあ教えてやるよ。バレットってのはな、殺人鬼なんだ」

「はぁ? いやいや、ヒーローでしょどう考えても」

 服を買ってくれた男子が言えば、仮面ヒーローが好きだという男子はそれを否定する。その間で漫画好きな男子は、どうでも良さそうに肘をついていた。

「殺人鬼だって! 知ってるかよ、お前。バレットって、少しでも悪いことするとソイツを殺しちまうんだぜ? やべえだろ」

「殺すのは大罪を犯した人だけだよ! オモチャっていう危険な兵器で暴れた人を止めるために、仕方なく殺してるんだ。行動を見れば、ヒーローだってわかるでしょ」

 このやり取りは、また酷く既視感を覚えるものだった。どこかで、いや、かなり多くの場所でこのやり取りを聞いた気がする。

 なのに、聖はそれを覚えていない。どころか、バレットという存在すら知らない。

「……イーターは、殺さないでも止めたけどな」

 ふと、それまで沈黙を保っていた漫画男子が言った。イーター、また知らぬ名だ。

 ……知らない、名だ。

 隣から視線を感じる。彩音のものだろうか。この名前ならば知っているだろう。そんな視線を向けられている。間違いない。

 だがそんな視線を向けられても、聖は知らない。バレットなんてものも、イーターなんてものも、知らない――!!

「ご、ごめん……ちょっと具合悪いから、今日帰るね」

 耐えられなくて、聖はその場から逃げ出した。注文した品が届くのも待たずに、振り返らずに走り去った。

 背後に刺さる視線の中で一番痛かったのは、彩音のものだった。



 わけがわからない。なぜこうも不安になるのだろうか。

 ……不安にもなろう。当然だ。記憶に、空白が生じているとわかったのだから。ここまできて、それを気のせいで済ませるつもりもない。

 確実に、聖の忘れてしまった記憶が存在するのだ。それが、聖を苦しめている。

「何を……何を忘れちゃったんだろ、私。こんなに辛くて、苦しくなるのに、どうして忘れたの。ねえ、何か知らない?   (ヽヽ)――」

 声をかけた隣には、誰もいない。今自分は、誰に話かけたのだろうか。

 怖い。知らない自分がいるようで、もう一人の自分が存在していたようで。

 自分が自分でなくなるような感覚。そうだ、誰なのだお前は。



 ――誰なのだ、私は。







ブックマーク10件となっておりました。感謝感激でございます。

こうなってくると、是非感想を……という欲も湧いてきてしまいます。拙い文章ゆえ罵倒が飛び交うこと間違いなしでしょうが、よろしければ一つ、筆を取っていただければ幸いであります。









感想乞食というものを初めてしてみました。ものすごくドキドキしますね! ね!

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