第○三二話 『華の女子高生』
「うだぁー、暇だー」
夏休みが始まり一週間。既に夏休みの六分の一を消化した、という実感よりも、あと一ヶ月も休みが続くという事実に、今さらではあるが気だるさを感じる。
友達が多いわけでない聖は、唯一と言っていい友達のクラスメイトが都合の合わない日、例えば今日なんかは、暇を貪るしかないのである。だらーっとしていたらいつの間にか夏休みが終わっていた、ではさすがに味気ない。
「いや、それはそれでいいんだけどさ。……なんか、夏休み前はそんなことも言ってた気がするし。でもなー、私ってば華の女子高生ですよ? そんなんでいい、って言い切れないんだよねえ」
世の女子高生たちは、夏休みにどんなことをするのだろうか。
旅行に行ってみたり、いつものメンバーとやらで有意義な時間を過ごしたり、まあとにかく遊び尽くすのだろう。
はたまた、大人の階段を上ったりして。
「……私、そんな相手いないし」
いたらいいな、とは思うが、どうも積極的になれない。今の聖は 一筋というか――、
「……んん? 何に一筋だって?」
一瞬、思考に空白が生まれた気がする。だがその正体はわからず、まあいっか、と思考の隅に追いやった。
何はともあれ、今の聖に足りないのは青春だ。圧倒的に、甘酸っぱい経験が足りていない。この際誰でもいい、男友達――いなかった――男子の知り合いを誘って遊んでみたりなんてのはどうだろうか。一対一は無理。今日は都合が合わなかった友人のクラスメイトと共に、大人数で。それならば。
「いつまでも壁作ってちゃアレだしね。こう、アレ。出遅れちゃう?」
友人が一人、というのも悪くない。しかし、友人関係をそこで完結させることもなかろう。
――これ、いわゆる合コンというものになるのだろうか。
「合コンか……なら趣味とか好きなものとか、そういう系まとめとかないと」
友人曰く、聖は本番で混乱するタイプ、らしい。折角友達を作ろうとしているのに、パニックを起こして何も話せませんでした。友達できませんでした、なんて笑い話にもなりやしない。
さて、それでは早速書き出してみよう。聖の好きなモノは、
…………。
…………。
…………。
――――あれ、なんだろう。
◆
『Entertainment 〝Blizzard〟』
「う、らァ!」
振るわれた大剣から冷気が迸り、足元を凍らせていく。その上を自在に滑り敵に肉薄する様は、敵を翻弄するに十分だった。
「くそ、うわ、っと」
自由が利かない足元に苦戦している敵を一閃。その手からこぼしたオモチャを、栗原は真っ二つに叩き切った。
シャラン……。氷が散り、日に照らされ幻想的な風景が現れる。その中心で、オモチャを壊された少女が膝をついた。
「ああ、もう……なんでそこまでするんだよ。やり直す機会すらくれねえのかよ……」
「……この力は危険なものだ、って理解してるんだろ? だったら、無いほうが良いとは思わないかな」
栗原の言葉に、少女は「は?」と半笑いで返し、
「冗談だろ? オモチャが危険? ああ、そんなの承知だよ。それを踏まえても、便利だし魅力的なんだろうが。……偉そうに説教垂れてるけど、アンタはどうなんだよ? 氷の騎士さん。その力、失くしたら……アンタは平気でいられるのか?」
「――――」
力を、失くしたら。
答えず黙っていると、少女は失意のままに去ってしまう。
「結局、アンタはされて嫌なことを平気で他人に押し付ける、みみっちい野郎だったってことだろ。似非ヒーロー」
去り際に残されたその言葉は、偉く深く突き刺さり、いつまでも抜けなさそうだ。
「何言いくるめられちゃってるのよ、このバカ」
変身を解いた途端、目の前に姿を現し罵倒を始めたのは大崎みぞれ。守るべきお姫様にして、栗原晴之が持つベルトに宿るイヴだ。
「言いくるめられたっていうか、……確かにな、って」
ここ最近、栗原は聖の真似事、というかその代わりを担っていた。誰に頼まれたわけでもなく、自ら始めたことだ。目の前でイーターという存在の消失を確認した自分こそが、やらねばならないと思った。
つまりは、ヒーローの代役だ。
しかし、これが思いの外辛いことで。見ず知らずの誰かのために戦うことが、他人のオモチャを壊してしまうことが、こんなにも精神的に来るものだったとは思いもしなかった。
中には今のように、オモチャを壊すまでしなくて良かったのではないか、と反論されることもある。お前自身、手にした偽物の力を失ったらどう思う、と。
「でも、貴方は一度その力を失くしてるじゃない」
そう、栗原は五月に宮城聖と戦い、水鉄砲というオモチャを壊されている。その時は、満足の上での破壊だったので、あまりダメージは無かったのだが、
「違うよ姫さん。俺が力を失ったらじゃなくて、宮城が力を失ったら……って考えてたんだ」
「……ああ、なるほど」
――イーターという存在の消失。どういうわけか、イーターへと変身していた宮城聖が、その記憶を失くしていた。それどころか、栗原という存在まで忘れていたのだ。
イーターとしての記憶を失ったのであれば、それは聖という少女が戦う力を忘れたも同然。こういった場合も、力を失ったと言えるだろう。もちろん、思い出せれば良いのだろうが、それはまだ例え話の域を脱していない。
「イーターとして戦えなくなった宮城が、どうなったのか……あれ以降、恐くて顔も合わせられないけど、」
きっと、栗原はそんな聖を見ていられない。
ヒーローとして戦ってきた少女が、唐突にただの女子高生になってしまったなど。
本人はどう思っているのだろうか。イーターとしての記憶はなくとも、ヒーローであろうとしているのだろうか。それとも、普通の女子高生として、平和な日常に生きているのだろうか。
「なんでそれを貴方が悩むのよ」
「戦ったからさ、無理やりにだけど。……ヒーローとして戦う宮城は、本当にカッコよかった。俺はこんな奴と戦えたのかって喜んだし、アイツを応援しているという事実が嬉しかったし。でも、それって単に押し付けてただけなのかもな、って」
これは考えすぎなのだろうが、それでも思ってしまう。
「何を?」
「本来なら普通の女子高生でしかない宮城聖という女の子に、この街を守るヒーローって役目を」
先ほどの少女は、力を失くしたら平気でいられるのか、と問うてきた。
栗原は平気だった。だが、聖はどうなのだろう。
もしかしたら、彼女は、
「イーターとしての記憶を失って、良かったのかもしれない」
今、最も幸せに生きているのではないだろうか。
◆
「……よ、聖」
「あ、来た来た」
数日後、聖は友人に頼んで、知り合いの男子数人とのセッティングを試みた。結果、上手く行ったそうで、今日が合コン当日というわけだ。
と言っても、ただ単に友人を増やそうという目的なのだが。
会場は川内ホールドア。大型複合商業施設ならば、遊ぶことに事欠かないだろう。
「にしても珍しいなぁ、聖が男友達紹介して、とか」
「いやー、考えてみたら、私って友達少ないな、と。甘酸っぱい青春送るなら、まずは男友達増やさなきゃ、と」
「なるほどねえ……ついに聖も色ボケる日が来たかぁ。つい最近までそういうことに興味ないお子様だったのに」
お子様と言われて憤慨しそうになるが、しかし反論できない。自分に恋愛は当分先の話だと思っていたし、自分でもなぜ唐突にこんなことを思ったのかわからない。
まるで、自分の中にポッカリと空いてしまった穴を埋めるかのように、聖は青春を求めていた。
「ま、そんなことはいいでしょ? ……それにしても、集合時間まであと五分だけど。男子たちはいつ来るの?」
「まあまあ、落ち着きなよ。待ってやれるのがいい女ってもんよ、聖」
「そういうもんかなぁ」
しばらくして、集合時間の十五分後に来た男子たちに対して、
「女を待たせるとかいい度胸してんね? あ? 今日奢れ」
とか言い出した友人を見て、ああ、確かに、待ってやれるのはいい女だ、と思うのであった。
「あー、気を取り直して。……んで、どこ行くの?」
なぜか聖が仕切り、集まったメンバーに問う。
男子三人に、女子勢は聖と友人の二人。人数としてもバランスとしてもこんなものか。
聖としては、ひとまずどこかで遊んで、その後喫茶店かどこかでゆっくりと会話を交わし、友好を深めたいと考えている。先に喫茶店で話してもいいのだが、最初から上手く話せるとは思えないし、ならば遊ぶ中でコミュニケーションを取りつつ、後々あれ楽しかったね、これ面白かったね、と会話を弾ませる方がいいのではないか、と考えたのだ。
それを説明すると、
「え、そう? ちょっと急いで来たから疲れたし、まずはどっかで休みたいんだけど」
「服見たい服、ショッピングしようぜ!」
「漫画買いに行きたいんだよね」
「……ねえ、私もう帰りたい」
「ごめん、悪い奴らじゃないんだよ……おいこら、せっかく聖が一緒に遊ぼうってんだから文句言うな! 男だろアンタら!」
とはいえ、聖にプランは無かった。そのため、男子三人の意見を取り入れつつ遊ぶことにした。まずはショッピング。
「そういえばさ、その……えっと、宮城ちゃん? は休みの日でも制服なんだ」
「え? ああ、そういえば……服なくて」
「うん、まあ、悪くない。制服にパーカーって組み合わせ、意外と好きだぜ。でもさ……例えばこういうのどうよ?」
ちょっとオサレな雰囲気のある店で、服を見たいと言っていた男子と聖は服を見ていた。そこで、いろいろと勧められて着替えるのだが、
「うわ、誰だアンタ」
思わず試着室の鏡を見てそんなことを口走ってしまうほど、見違えていた。
「え、なになに? 俺にも見せてみてよ!」
そんな声が試着室の外から聞こえてきたため、恐る恐るカーテンを開ける。すると、
「うっわー、すげえ可愛いじゃん。もったいねー!」
「うーん……でもヒラヒラしてるし、なんか身体にフィットしすぎて落ち着かない……」
「少なくとも制服にパーカー合わせるよか全然良い、むしろこれが良い! あー、そだな。寝癖が少し……ちょっとじっとしててな」
男子は突然くしを取り出し、聖の前髪を梳き始めた。
何をされているのだろう、と疑問に思ったまま硬直し、気付けばその作業は終わっていて、
「女の子なんだからさ、見た目とか気にした方がいいと思うぜ? 素が可愛いんだから」
「……あ、はあ」
何言ってんだ。何言ってんだこの人。なんだろう、すげえこそばゆい。
改めて鏡を見る。そこにいたのは、ズボラな宮城聖ではなく、華の女子高生としての宮城聖であった。
「俺買ってあげるから、今日はそれ着てろよ」
「え、でも、悪いし……」
「良いから良いから。彩音も言ってたろ? 俺男だし、奢らせてくれよ」
一瞬、彩音って誰だっけ、と思ったが、そういえば友人がそんな名前だった気がする。思えば、聖は友人のことを一度も名前で呼んだことがなかった。呼ばなくても友人なんて一人しかいないし。
今度から呼んでみようか、なんて考える。
「……ありがとう、ございます」
「ははは、なんで敬語?」
男子の厚意に甘え、夏らしいコーデに身を包んだ聖はみんなと合流する。
「お、もう満足したの? ……って誰だアンタ!?」
「ど、ども。宮城聖です」
彩音にまでそんな反応をされ、やっぱり似合ってないのかな、なんて思ってしまう。が、
「めっちゃ可愛いじゃん、むしろ学校にもそれ着てきなよ聖!」
「いやいやいや、何言ってんの!? 学校には普通に制服着てくよ!?」
絶賛されてしまい、思わず顔を赤くしてしまう。服を買ってくれた男子に視線を送ると、親指をグッとしていた。
……こういうのも、偶には悪くないかもしれない。
「んで、次本屋で良い? とりあえず漫画買っときたい」
「え、俺休みたい……」
「うるせえ」
そんなこんなで、次は書店に行くことになった。
全身がやけに軽い。いつもサイズの大きいパーカーを羽織っているからだろうか。制服とパーカーを入れたバッグは重かったが、心は軽やかに跳ねている。
これが青春なのだろうか。オシャレして、それを褒められて、些細なことで一喜一憂し、それを悪くない、なんて思ったりして。
「……うん、楽しい」
先を歩く彩音たちに追いつくために、聖は少しだけ早足に歩く。
なぜ今まで、こういうことをしてこなかったのだろうか?
その答えはわからないけれど、もうどうでもいいや。
今回、書いている最中も書き終わった後も『誰だアンタ』と思いました。




