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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第六章 『普通の――』
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第○三二話 『華の女子高生』


「うだぁー、暇だー」

 夏休みが始まり一週間。既に夏休みの六分の一を消化した、という実感よりも、あと一ヶ月も休みが続くという事実に、今さらではあるが気だるさを感じる。

 友達が多いわけでない聖は、唯一と言っていい友達のクラスメイトが都合の合わない日、例えば今日なんかは、暇を貪るしかないのである。だらーっとしていたらいつの間にか夏休みが終わっていた、ではさすがに味気ない。

「いや、それはそれでいいんだけどさ。……なんか、夏休み前はそんなことも言ってた気がするし。でもなー、私ってば華の女子高生ですよ? そんなんでいい、って言い切れないんだよねえ」

 世の女子高生たちは、夏休みにどんなことをするのだろうか。

 旅行に行ってみたり、いつものメンバーとやらで有意義な時間を過ごしたり、まあとにかく遊び尽くすのだろう。

 はたまた、大人の階段を上ったりして。

「……私、そんな相手いないし」

 いたらいいな、とは思うが、どうも積極的になれない。今の聖は    (ヽヽヽヽ)一筋というか――、

「……んん? 何に一筋だって?」

 一瞬、思考に空白が生まれた気がする。だがその正体はわからず、まあいっか、と思考の隅に追いやった。

 何はともあれ、今の聖に足りないのは青春だ。圧倒的に、甘酸っぱい経験が足りていない。この際誰でもいい、男友達――いなかった――男子の知り合いを誘って遊んでみたりなんてのはどうだろうか。一対一は無理。今日は都合が合わなかった友人のクラスメイトと共に、大人数で。それならば。

「いつまでも壁作ってちゃアレだしね。こう、アレ。出遅れちゃう?」

 友人が一人、というのも悪くない。しかし、友人関係をそこで完結させることもなかろう。

 ――これ、いわゆる合コンというものになるのだろうか。

「合コンか……なら趣味とか好きなものとか、そういう系まとめとかないと」

 友人曰く、聖は本番で混乱するタイプ、らしい。折角友達を作ろうとしているのに、パニックを起こして何も話せませんでした。友達できませんでした、なんて笑い話にもなりやしない。

 さて、それでは早速書き出してみよう。聖の好きなモノは、

 …………。

 …………。

 …………。

 ――――あれ、なんだろう。


 ◆


『Entertainment 〝Blizzard〟』

「う、らァ!」

 振るわれた大剣から冷気が迸り、足元を凍らせていく。その上を自在に滑り敵に肉薄する様は、敵を翻弄するに十分だった。

「くそ、うわ、っと」

 自由が利かない足元に苦戦している敵を一閃。その手からこぼしたオモチャを、栗原は真っ二つに叩き切った。

 シャラン……。氷が散り、日に照らされ幻想的な風景が現れる。その中心で、オモチャを壊された少女が膝をついた。

「ああ、もう……なんでそこまでするんだよ。やり直す機会すらくれねえのかよ……」

「……この力は危険なものだ、って理解してるんだろ? だったら、無いほうが良いとは思わないかな」

 栗原の言葉に、少女は「は?」と半笑いで返し、

「冗談だろ? オモチャが危険? ああ、そんなの承知だよ。それを踏まえても、便利だし魅力的なんだろうが。……偉そうに説教垂れてるけど、アンタはどうなんだよ? 氷の騎士さん。その力、失くしたら……アンタは平気でいられるのか?」

「――――」

 力を、失くしたら。

 答えず黙っていると、少女は失意のままに去ってしまう。

「結局、アンタはされて嫌なことを平気で他人に押し付ける、みみっちい野郎だったってことだろ。似非ヒーロー」

 去り際に残されたその言葉は、偉く深く突き刺さり、いつまでも抜けなさそうだ。

「何言いくるめられちゃってるのよ、このバカ」

 変身を解いた途端、目の前に姿を現し罵倒を始めたのは大崎みぞれ。守るべきお姫様にして、栗原晴之が持つベルトに宿るイヴだ。

「言いくるめられたっていうか、……確かにな、って」

 ここ最近、栗原は聖の真似事、というかその代わりを担っていた。誰に頼まれたわけでもなく、自ら始めたことだ。目の前でイーターという存在の消失を確認した自分こそが、やらねばならないと思った。

 つまりは、ヒーローの代役だ。

 しかし、これが思いの外辛いことで。見ず知らずの誰かのために戦うことが、他人のオモチャを壊してしまうことが、こんなにも精神的に来るものだったとは思いもしなかった。

 中には今のように、オモチャを壊すまでしなくて良かったのではないか、と反論されることもある。お前自身、手にした偽物の力を失ったらどう思う、と。

「でも、貴方は一度その力を失くしてるじゃない」

 そう、栗原は五月に宮城聖と戦い、水鉄砲というオモチャを壊されている。その時は、満足の上での破壊だったので、あまりダメージは無かったのだが、

「違うよ姫さん。俺が力を失ったらじゃなくて、宮城が力を失ったら……って考えてたんだ」

「……ああ、なるほど」

 ――イーターという存在の消失。どういうわけか、イーターへと変身していた宮城聖が、その記憶を失くしていた。それどころか、栗原という存在まで忘れていたのだ。

 イーターとしての記憶を失ったのであれば、それは聖という少女が戦う力を忘れたも同然。こういった場合も、力を失ったと言えるだろう。もちろん、思い出せれば良いのだろうが、それはまだ例え話の域を脱していない。

「イーターとして戦えなくなった宮城が、どうなったのか……あれ以降、恐くて顔も合わせられないけど、」

 きっと、栗原はそんな聖を見ていられない。

 ヒーローとして戦ってきた少女が、唐突にただの女子高生になってしまったなど。

 本人はどう思っているのだろうか。イーターとしての記憶はなくとも、ヒーローであろうとしているのだろうか。それとも、普通の女子高生として、平和な日常に生きているのだろうか。

「なんでそれを貴方が悩むのよ」

「戦ったからさ、無理やりにだけど。……ヒーローとして戦う宮城は、本当にカッコよかった。俺はこんな奴と戦えたのかって喜んだし、アイツを応援しているという事実が嬉しかったし。でも、それって単に押し付けてただけなのかもな、って」

 これは考えすぎなのだろうが、それでも思ってしまう。

「何を?」

「本来なら普通の女子高生でしかない宮城聖という女の子に、この街を守るヒーローって役目を」

 先ほどの少女は、力を失くしたら平気でいられるのか、と問うてきた。

 栗原は平気だった。だが、聖はどうなのだろう。

 もしかしたら、彼女は、

「イーターとしての記憶を失って、良かったのかもしれない」

 今、最も幸せに生きているのではないだろうか。


 ◆


「……よ、聖」

「あ、来た来た」

 数日後、聖は友人に頼んで、知り合いの男子数人とのセッティングを試みた。結果、上手く行ったそうで、今日が合コン当日というわけだ。

 と言っても、ただ単に友人を増やそうという目的なのだが。

 会場は川内ホールドア。大型複合商業施設ならば、遊ぶことに事欠かないだろう。

「にしても珍しいなぁ、聖が男友達紹介して、とか」

「いやー、考えてみたら、私って友達少ないな、と。甘酸っぱい青春送るなら、まずは男友達増やさなきゃ、と」

「なるほどねえ……ついに聖も色ボケる日が来たかぁ。つい最近までそういうことに興味ないお子様だったのに」

 お子様と言われて憤慨しそうになるが、しかし反論できない。自分に恋愛は当分先の話だと思っていたし、自分でもなぜ唐突にこんなことを思ったのかわからない。

 まるで、自分の中にポッカリと空いてしまった穴を埋めるかのように、聖は青春を求めていた。

「ま、そんなことはいいでしょ? ……それにしても、集合時間まであと五分だけど。男子たちはいつ来るの?」

「まあまあ、落ち着きなよ。待ってやれるのがいい女ってもんよ、聖」

「そういうもんかなぁ」

 しばらくして、集合時間の十五分後に来た男子たちに対して、

「女を待たせるとかいい度胸してんね? あ? 今日奢れ」

 とか言い出した友人を見て、ああ、確かに、待ってやれるのはいい女だ、と思うのであった。



「あー、気を取り直して。……んで、どこ行くの?」

 なぜか聖が仕切り、集まったメンバーに問う。

 男子三人に、女子勢は聖と友人の二人。人数としてもバランスとしてもこんなものか。

 聖としては、ひとまずどこかで遊んで、その後喫茶店かどこかでゆっくりと会話を交わし、友好を深めたいと考えている。先に喫茶店で話してもいいのだが、最初から上手く話せるとは思えないし、ならば遊ぶ中でコミュニケーションを取りつつ、後々あれ楽しかったね、これ面白かったね、と会話を弾ませる方がいいのではないか、と考えたのだ。

 それを説明すると、

「え、そう? ちょっと急いで来たから疲れたし、まずはどっかで休みたいんだけど」

「服見たい服、ショッピングしようぜ!」

「漫画買いに行きたいんだよね」

「……ねえ、私もう帰りたい」

「ごめん、悪い奴らじゃないんだよ……おいこら、せっかく聖が一緒に遊ぼうってんだから文句言うな! 男だろアンタら!」



 とはいえ、聖にプランは無かった。そのため、男子三人の意見を取り入れつつ遊ぶことにした。まずはショッピング。

「そういえばさ、その……えっと、宮城ちゃん? は休みの日でも制服なんだ」

「え? ああ、そういえば……服なくて」

「うん、まあ、悪くない。制服にパーカーって組み合わせ、意外と好きだぜ。でもさ……例えばこういうのどうよ?」

 ちょっとオサレな雰囲気のある店で、服を見たいと言っていた男子と聖は服を見ていた。そこで、いろいろと勧められて着替えるのだが、

「うわ、誰だアンタ」

 思わず試着室の鏡を見てそんなことを口走ってしまうほど、見違えていた。

「え、なになに? 俺にも見せてみてよ!」

 そんな声が試着室の外から聞こえてきたため、恐る恐るカーテンを開ける。すると、

「うっわー、すげえ可愛いじゃん。もったいねー!」

「うーん……でもヒラヒラしてるし、なんか身体にフィットしすぎて落ち着かない……」

「少なくとも制服にパーカー合わせるよか全然良い、むしろこれが良い! あー、そだな。寝癖が少し……ちょっとじっとしててな」

 男子は突然くしを取り出し、聖の前髪を梳き始めた。

 何をされているのだろう、と疑問に思ったまま硬直し、気付けばその作業は終わっていて、

「女の子なんだからさ、見た目とか気にした方がいいと思うぜ? 素が可愛いんだから」

「……あ、はあ」

 何言ってんだ。何言ってんだこの人。なんだろう、すげえこそばゆい。

 改めて鏡を見る。そこにいたのは、ズボラな宮城聖ではなく、華の女子高生としての宮城聖であった。

「俺買ってあげるから、今日はそれ着てろよ」

「え、でも、悪いし……」

「良いから良いから。彩音アヤネも言ってたろ? 俺男だし、奢らせてくれよ」

 一瞬、彩音って誰だっけ、と思ったが、そういえば友人がそんな名前だった気がする。思えば、聖は友人のことを一度も名前で呼んだことがなかった。呼ばなくても友人なんて一人しかいないし。

 今度から呼んでみようか、なんて考える。

「……ありがとう、ございます」

「ははは、なんで敬語?」

 男子の厚意に甘え、夏らしいコーデに身を包んだ聖はみんなと合流する。

「お、もう満足したの? ……って誰だアンタ!?」

「ど、ども。宮城聖です」

 彩音にまでそんな反応をされ、やっぱり似合ってないのかな、なんて思ってしまう。が、

「めっちゃ可愛いじゃん、むしろ学校にもそれ着てきなよ聖!」

「いやいやいや、何言ってんの!? 学校には普通に制服着てくよ!?」

 絶賛されてしまい、思わず顔を赤くしてしまう。服を買ってくれた男子に視線を送ると、親指をグッとしていた。

 ……こういうのも、偶には悪くないかもしれない。

「んで、次本屋で良い? とりあえず漫画買っときたい」

「え、俺休みたい……」

「うるせえ」

 そんなこんなで、次は書店に行くことになった。

 全身がやけに軽い。いつもサイズの大きいパーカーを羽織っているからだろうか。制服とパーカーを入れたバッグは重かったが、心は軽やかに跳ねている。

 これが青春なのだろうか。オシャレして、それを褒められて、些細なことで一喜一憂し、それを悪くない、なんて思ったりして。

「……うん、楽しい」

 先を歩く彩音たちに追いつくために、聖は少しだけ早足に歩く。

 なぜ今まで、こういうことをしてこなかったのだろうか?

 その答えはわからないけれど、もうどうでもいいや。







今回、書いている最中も書き終わった後も『誰だアンタ』と思いました。

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