最終話 『魔法少女の激情 〈後編〉』
勘違いしてもらっては困るが、これは同情して欲しくて話すわけではない。
ただ誰かに知っていて欲しい。その相手が魔法少女であればいい。そんなことを思った結果だ。
村田夕碁という少年には、友達がいなかった。それどころか、家族もいなかった。
家族と自称する男性と女性は村田の敵であり、叶わない相手でもあった。どれだけ暴力を振るわれてもやり返すことはできず、どれだけ暴言を吐かれようと言い返すことはできなかった。
そんな彼らも、時には優しくしてくれた。そのため気付くのが遅れてしまったのだ。彼らは、村田夕碁の敵だと。
村田を殴るのは辛いことがあったから。村田を罵るのは誰にも悩みを打ち明けられないから。そう思い込んでしまえるほど、村田は彼らのことを『本当は優しい両親』と勘違いしてしまっていた。
彼らも彼らなりに辛いのだ、悩んでいるのだ。彼らの助けになるのならば、自分がいくら傷ついても構わない。それでも辛くなったときは、ぬいぐるみや人形に泣き言をこぼしていた。それすらも、幼い頃に捨てられてしまったのだが。
そんな村田だったが、ある日、友達ができた。
その友達を、両親が殺した。
当然だが両親は捕まり、村田は一人になった。その時すでに中学生。一人で生きていけないこともなかったが、友達を、よりにもよって両親が殺したというショックにより、しばらくは生ける屍の如く。
挙句の果てに『人殺しの息子』というレッテルまで貼られ、友達の母親からは、
「アンタみたいなのと一緒にいたから……! 死んじゃえばいいのに……!!」
などと罵られ、ああ、クソだ、って思った。
大人はみんなクソだ。クソでクソで、クソでクソでクソでクソでクソでクソクソクソクソクソクソクソ。クソッタレな大人どもを、殺したい。
なんで友達を殺したのと聞いた。あの大人たちはこう言った。
「テメェみてえなクズが友達なんて、騙されてるに決まってる。最悪の結果になる前にテメェを助けてやったんだよ」
初めて疑問に思った。この大人たちは、本当に村田のことを想っているのかと。
ああ、そうだ。そんなことはなかったのだろう。ようやく気付けた。あの大人たちは――いや、違う。世の中の大人たち全員――自分の『敵』だ。
そのことに、ようやくできた友達を失ってから、気付く。
「――ッ、ァ、ぁあアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああ!!!!!!」
◆
旋回するように街の上空を飛んでいた紗凪は、自分の通う中学校の屋上に着地する。
すでに夕日は沈みかけており、二人の足元には長い影ができていた。
「……同情なんてしてあげませんよ」
「しろなんて言ってねェよ。……ンでさ、どうにか立ち直って、それなりに普通の暮らしを送ってたんだよ。引っ越してきたこの街でな。……したっけなんだ、クリスマスに、捨てられたはずのぬいぐるみやら人形やらが戻ってきやがった。それもとんでもねェ力を持ってるときた。……つい、全部ぶッ壊せないか、なんて考えちまったんだよなァ」
話を聞きながら、紗凪はままならないと苦い顔をする。
――……友達になってくれ!
――友達くらい選ばせてください。それでは。
こんな話をされた後では、『友達の件、考えてあげてもいいですよ』なんて言えないではないか。
ここでそれを言ってしまえば、同情しているかのように想われる。それは嫌だったし、こんな形で友達になぞ、なりたくもない。
「んで、暴れてた理由は言ったぞ。他に聞きてェこととかあるか?」
「――いえ、ありません。今日は助かりました。それでは」
顔を伏せたまま、紗凪は空を飛んで去る。
「……? ……あれ、なんでオレここで下ろされたの?」
そんな声すらも、なぜか悲痛に聞こえてしまう。紗凪はもう、彼のことを憎めなくなってしまったようだ。
「ああ、なんて……」
なんて、ふざけた呪い。
言っていたではないか。
――ねえ、一つ聞きたいことがあるんです。貴方、なんで暴れてるんですか?
――……てめェにゃあわかんねえだろうよ。というか、わかってほしくねェ。
言ったではないか。
――貴方には悩みとかないんですか? 最近大人しいようですけど、そもそも何を思って暴れてたんです?
――……別に。最近は特に、理由とかねェけど。
――それじゃあ初めは? あのクリスマスの日、なぜああして大々的に力を使って――。
――それは秘密だわ。友達でもない限り教えませェん。
言ったではないか。
言ったではないか。
言ったではないか。
「――卑怯ですよ、夕碁さん」
教えないと言っていた彼が、暴れる理由を口にした理由。
彼はもう、紗凪のことを勝手に、〝友達〟だと思っているのだ。
『お母さん……』
「イヴ……ウチ、言いましたっけ。自分と、その周囲が平和ならそれで良いって。――訂正します」
同情なんてしない? ――嘘だ。現に今、紗凪は夕碁の境遇に涙してしまっている。
それと同じで、自分と、その周囲が平和ならそれで良いなんていうのも嘘だ。
本当なら、できることなら全てを守りたい。手の届く範囲だけでなく、もっと多くのものを救いたい。
かつての紗凪にはそれができなかったから、自分にも周囲にも嘘を吐いていた。
「でも、今のウチには力があるんです。守れるなら、守りたい。……そのための力を、ウチに貸してください、イヴ」
『…………! うん、うん! 待ってたよ、お母さんが、そう言ってくれるのを。頼ってくれるのを!』
悟ったフリはやめよう。これからは紗凪も、歳相応に、子どもらしく、もっと多くを望んでみよう。
夢は大きく。現実という壁は高いけれど、それすらも超えてしまえるほどに大きく持とう。
――好きな人を守れるほどに、大きく在ろう。
◆
時は跳び、八月。
学生一同は夏休みを満喫しているらしいが、紗凪はそうではなかった。
「ああ、もう! 夏休みだからってはっちゃけ過ぎでしょう!」
連日巻き起こるオモチャの騒動の鎮静化に当たっている。
「――おふざけが過ぎると、コテンパンですよ」
『Entertainment 〝Witch〟』
ロッドの先端にある紫色の宝石に、何かが集まっていく。その度にローブが、ハットが揺れ、紗凪の前髪が右目を隠す。
「オーバーキルくらいがちょうどいい――でしょ?」
放たれた魔弾。威力が凝縮された一撃は、オモチャだけを確実に砕き、周囲に被害を与えなかった。もちろん、オモチャの持ち主にも、
「なん、なんだよ……遊んでただけだろ!? なんでここまで――」
「遊ぶのなら、用途を守り、周囲の安全を確認しなさい。いいですか? 人様に迷惑をかけた時点でそれは遊びの域を超え、加害者になってしまうのです。……貴方がどう思っているかじゃないんですよ」
キャラに合わない説教も、この三ヶ月で板についてきたような気がしなくもない。
涙目になりつつ、及び腰で逃げ去る男を見送りながら、自分もかなり変わったものだと感慨に耽る。
『お母さん、活き活きしてるね』
「こらイヴ、滅多なことを言うもんじゃないですよ。……ウチはいつだって、『仕方なく』です」
そう言いつつも、イヴはそれをまったく信じていない様子だ。当然だが、紗凪だって本気で言っているわけではない。
仕方なく――自分がこの街を守るために戦う理由が、そんなものでないことは自分が一番よくわかっている。
……五月。村田夕碁の話を聞いた日の数日後。紗凪は彼に言った。
これからは、それぞれで街を守りましょう、と。
紗凪の役に立ちたいのならこの街を守れと言い、紗凪は彼と会うことをやめた。それは当時の自分が、あまりにも恥ずかしかったから。
抱いたワガママが一時のものでなかったと証明するために、しばらくは離れていたかったのだ。いつか、この気持ちが確かなものだと理解した時にでも。そう約束をして、三ヶ月。
「もう、良いですかね?」
不安でいっぱいだ。本当に今の紗凪は、彼に会っても恥ずかしくないだろうか。
そんなことを考える間もないまま、事件は起きる。
――ッゴォォオオオオオオ!!!!
「……また、誰かが暴れているんですかね」
悩んでいる暇はない。少しでも自分のワガママを体現するため。少しでも多くを救うために、紗凪は飛ぶ。
「さあ、イヴ。もう少し手伝ってくださいね」
『もちろん……!』
つい先ほどまで戦闘を繰り広げていたなどとは思わせないほどに軽やかに、飛ぶ。
◆
「――――ッ! んだァ、こいつ!?」
ただ大きいだけのぬいぐるみでは歯が立たない。そう考えた村田は、一旦立て直そうと攻めるのをやめる。
三ヶ月前、突如切り出された別れ。いや、そもそも付き合っていたとか、親密な関係にあったとかそういう事実はない。ただ勝手に手伝いたいと申し出て、それを断られた形になるか。
しばらくは意味がわからず途方に暮れていた。しかし、この街での魔法少女の活躍のウワサが大きくなってきたのを知って、自分も燻ったままではいられないと立ち上がった。
彼女は言った。これからは、それぞれで街を守りましょう、と。
ならば、いつか再会した時に恥ずかしくない働きくらいはしておかなければ。大きい街とはいえ、いつどこでバッタリ出くわすかもわからない。その時に何もしていなかった、なんで言いたくない。
「だから戦うってのはいいんだけどよォ……ちと、キツいわ、コイツ」
目の前にいるのは、黒い瘴気に身を包んだ化物。人外は割りと平気であったが、ぬいぐるみや人形のように理解できる姿をしてないというのはやはり恐ろしいものがある。加えてそんな化物が、敵意を向けているなど。
「おい、テメェ……意思疎通とかできるんなら答えやがれ。――ナニモンだよ?」
「――――」
化物は答えない。ただ、その肩口にある二つの銃口を村田に向ける。
あー、やっべェ。カッコ悪いけど、オレ、ここまでかもしンねえ。
『Evil Sprit 〝Beast〟』
そんな文字列が浮かび、銃口に吸い込まれていく。そして、凶弾が村田を襲おうと迫り――、
『Entertainment 〝Witch〟』
――あれ?
瞑っていた目を開けると、そこには見覚えのあるローブが。見覚えのあるハットが。見覚えのある、立ち姿が。
その影が、化物の撃った銃弾を防いでいた。
「危ない! 逃げて! ……って言いながら登場した方が良かったですかね?」
確かそのセリフは、村田が初めて暴れ、そして、魔法少女と出会った時にどこかから聞こえた声。その声の持ち主を、村田は踏み潰してしまおうと考えた。
懐かしい記憶だ。そして、それを共有しているのは、
「――お久しぶりです、夕碁さん。もしかして今、ウチがヒーローに見えてます?」
――魔法少女、ただ一人!!
「さて、なんですかねぇこの化物……いよいよ特撮モノとかそういうのをバカにできなくなってきましたよ」
『禍々しい姿……ねえ、お母さん。気をつけてね?』
紗凪が対峙するのは、全身を黒の瘴気で覆った化物。
「気をつけて……と言われても、保障しかねます。――ふむ、答えが返ってくるとは思えませんけど……聞かせてください。なぜ暴れるんですか?」
「――――」
問う紗凪の声には、些かの怒気が孕まれていた。
しばしの静寂。そして、
「――コレハ、僕ノ報ワレナイ復讐ダ」
信じられないことに、化物が言葉を発した。
「信念ヲ捨テ、理想モ見誤リ、ドウスレバイイカワカラナクナッタ僕ノ、報ワレナイ復讐ダ。僕ニハモウ、何カヲ守ルナンテ赦サレナイ……デキルノハ、壊スコトノミ」
「……そうですか」
化物が喋ったことを特に気にしてないのか、それとも気にならないほどの何かに支配されているのか、紗凪は妙に落ち着き払った声で告げる。
「復讐でもなんでも構いません。けれど、ウチから言えることがあるとすれば――」
『Entertainment 〝Arc Witch〟』
「『はあ? ウチの友達に手を出しておいて、タダで済むと思うなよ』――です」
◆
いつか、「お前が戦う理由ってなんなんだ?」と問われたのなら。
こう返そうと決めている。
「ウチが戦う理由ですか? そうですね、平穏な暮らしをしたい、死にたくない、守りたいものがある……いろんな理由が思いつきます。ええ、ぶっちゃけ理由なんて後付けなんです。それでも、後から付いた理由でも、大事な理由があるんです」
それは。
なんだろう。
「それは秘密です」
なんて言ったら、どんな顔をするのだろう。
いいや、どんな顔でもいい。その後に続く言葉で、彼はどんな反応をするのか……そっちの方が楽しみだ。
「――恋人でもない限り教えません」
――これは、とある少女の物語。
――これは、もう一人のヒーローの物語。
――これは、魔法少女の笑顔を描く物語。
魔法少女、柴田紗凪の災難と、村田夕碁の災難は、始まったばかりである。
いろいろ伏線残しているけれど、番外編 魔法少女のオモチャはこれで完結です。きっと。もしかしたら気分次第で続きがあるかもしれません。
次は第六章です。




