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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
番外章 魔法少女のオモチャ
35/45

第四話 『魔法少女の激情 〈前編〉』



「……ウチを、手伝いたい?」

 また偶然、いやホント偶然だと信じたいくらいにたまたま、紗凪は村田と出会った。その日は周囲に制服姿の学生が目立つことから、ああ、修学旅行の時期なのかと察する。

 紗凪の通う中学も修学旅行はそろそろだったか。紗凪自身は二年生なので、行くのは来年になるが。

 ……そんなことはいい。今紗凪が置かれている状況だが、少しばかり早く授業が終わり、放課後にブラブラしていたところ、村田夕碁に捕まったというわけだ。

「そうなンだよ。……いやァ、企んでることとかねェよ?」

「それ、何か企んでる奴が言う言葉だって知ってます?」

 まあ、この男のことだ。どうせ大したことは考えていないだろう。邪魔をするならば叩きのめせばいいだけだし、しばらくの間は程よく使ってやろうではないか。弱音を吐いていなくならば万々歳、いなくならなくても、紗凪の手足として使えるのであればそれはそれでよし。

「……いいですよ。その代わり、使えないとわかった瞬間リストラですから」

「望むところだッ! すぐにクビです、とか言われない辺りまだ良心的だしな」

「…………」

 思わず口をポカンと開けたまま固まってしまった。確かに一瞬言おうかなと思ったけれど、そんなにわかりやすいのだろうか、紗凪は。

「い、いいです。いいですから、さっさと死んできてください」

「え」

 あ、しまった。思わず本心が出てしまった。すぐに死なれては意味が無い。

「やっぱ今のナシで――」

「お、おおお、おう。オレが死んでお前の役に立てるなら、喜んで死んでやらァ!?」

「ストップ、ストーップ! どこに行くつもりですか冗談ですってばついうっかり本心が出ちゃっただけですからぁ! まさか本当に死ぬつもりじゃないですよね? なんで車道に出ようとしてるんですか!?」

 どうにか村田を宥めて、踏みとどまらせることに成功した。ああ、なんなのだこの男。

「バカってここまで扱いづらいのか……初めて知りましたよ」

「あのな? お前の冗談もな? わかりづらいからな?」

 村田の突っ込みは無視し、さて、これからどうしようかと悩む。せっかく手駒ができたのだから、その状態でしかできないことをしたい。しかしこれといってしたいこともなく。

「この街のパトロール……とか? ウチがやるのもかったるいと思ってたし、それなら近くに置かなくていいし、ちょうどいいかもしれませんね」

 元々この街の平和とかどうでもいいと考えている。自分を中心とした周囲が安全であれば、それ以上の贅沢は言わないのだ。だからこれまで、紗凪が魔法少女として戦ったのは誰かが暴れているとわかってから。正義とかどうでもいい。

 しかし、いつ自分の周囲の平和が崩れるともわからない。そのために村田を監視カメラ代わりに使うのは良い案だと我ながら思う。

「そんなわけで、暇があればこの街で不審なことがないか目を光らせといてください」

「んァ? それだけでいいのか?」

「むしろそれ以外しなくていいというか」

 余計なことをさせると暴走しそうだし。

 何はともあれ、これで村田が暴れることも、それに紗凪が振り回されることもない。さらに今まで以上に効率的に平和を維持することができる。一石二鳥とはこのことか。

「んじゃ、さっそく行ってくるわァ!」

「はーい……あ、そういえば、修学旅行シーズンですから少し街の雰囲気が違うかもしれません。そこんところ注意です」

「あいよッ!」

 本当に、活き活きとしている。紗凪の役に立てることがそれだけ嬉しいのだろうか。

 バカ正直な男。そんな評価を紗凪は下す。そして、自分はそれをあまり悪く思っていな――、

「……いやいや、いやいやいや」

 そんなわけ。

 ふと、足音が近づいてくる。この騒がしい足音は村田のものだろう。戻ってきたのだろうか。

「おォーい!」

「戻ってくるの、早すぎませんか」

 見下ろす紗凪の前で膝をついて、息を整える村田に、冷ややかに告げる。

「いやァ、そういえば……お前さっき、オレに『死ね』って言ったとき、妙なこと言ってたなって思ってよォ」

 妙なこと。はて、何か言っただろうか。

「『ついうっかり本心が出ちゃっただけ』……って」

 あ、

 言った。

「…………」

「え、なに、本心ではオレに死んでほしいって思ってンの? マジ? それマジ?」

 食い気味に質問してくる村田に、紗凪はどうにか一言をつむぎ出す。冷や汗を垂らしながら。

「…………。……冗談、ですよ」

「…………。……だよなァ~。オレもそうだと思ってたぜ」

 そうして二人笑い合い、村田は再度パトロールに向かおうと身を起こし、

「ちょっと川飛び込んで死んでくる」

「やめなさいッ!!」

 再び村田を宥めるのに、一○分は要した。


 ◆


「ナイフに、フォーク? え、子ども?」

 最初は、村田がふざけているのかと思った。冗談だろうと思っていた。しかし、それは真実のようで、

「間違いねえよ、こっちだ。……まだ騒ぎは起こしてねェみたいだが、きな臭ェ感じはしたぜ」

「何かを企んでいるように見えた、って普通に言えませんかね」

 村田の後を追いながら、修学旅行でこの街に来ている多くの学生のことを考える。おそらくではあるが、彼らは魔法少女の存在を知らない。

 できる限り静かに、速やかに。できれば騒ぎになる前に事を済ませる。

「本当、なんでウチがこんなことしなければいけないんでしょうかね」

 ふわり。

「……お母さんが、ヒーローらから?」

 宙に浮かびついてくるイヴがそんなことを言う。何をバカな。

「ウチがヒーロー? 有り得ませんよそんなこと。ウチはただ、自分と、その周囲の平和を維持するためだけに戦ってますから。それ以外なんてどうなろうと知ったこっちゃありません」

 それは逆に、自分と、その周囲の平和を維持するためだけに命を懸けているとも取れる。実際その通りだ。

 世で言うヒーローは、なぜ世界のために戦えるのだろうか。愛しい誰かが生きる世界を守るため? 人類を愛するがあまり? ただ単に、悪いことをする奴らが許せないという正義感の持ち主だから?

 わからない。紗凪が戦う理由とは、あまりにかけ離れているから。

 愛する誰かを守るためならば核シェルターの中にでも避難させておけばいい。

 人類を愛しているとか言うならばそいつは変態だ。相容れない。

 悪いことをする奴らが許せないのならば、世界から虐めを無くしてみせろ。万引きや置き引きなんかの小さな犯罪を根絶してみせろ。

 わからない。彼らはなぜ、それらしい理由をもっともらしく掲げなければ戦えないのだろうか。

「戦う理由なんて、もっと簡単でいいのに」

「ン? なんか言ったかァ?」

「……いいえ? なんでも。それよりも早く案内してください」

 イヴは黙っている。何かを言いたそうであったが、やはり黙ったままだ。

「っと……この先にいる。あの二人だ」

「……スーツの女性、と、……女の子じゃないですか」

 村田が指したのは、スーツ姿の女性。眼鏡をかけていて、妙に美人である。羨ま――いや、なんでもない。

 そしてその女性が連れる女の子。右手にナイフ、左手にフォークを持った少女だ。食器を外に持ち出すその感性が理解できない。

「確かに怪しくはありますが……普通の親子では?」

「違ェって。さっき聞いちまったんだけどよ。……どうにも、暴れる場所を探してるみてェなんだ」

「どういうことですか」

 そんなやり取りをしていた時のことだった。


「――ええ、この辺りでいいでしょう。やっちゃっていいですよ、美詩女ミジメ


 その言葉が、ハッキリと聞こえた。

「あ、マズ」

 村田がそう言ったときには、紗凪はすでにロッドを取り出しており、

「貴方はここで待っていてください、村田さん――変身(トランス・ウィッチ)!」

『Entertainment 〝Witch〟』

 油断している様子の二人に、襲い掛かった――!


 ◆


「大丈夫ですか?」

 ある程度押さえつけ、余裕も出てきた頃。逃げ遅れたのか、尻餅をついている男子学生に声をかける。目の前の状況に驚いているようではあったが、外傷もないし、問題はないだろう。

「うらァ!」

 ふと、聞き覚えのある声が戦場に響いた。ああ、待っていろと言ったのに、出てきたのか。

 村田のオモチャはこの街では随分と有名になってしまっている。そんな|巨大なぬいぐるみや人形《悪者》が表に出てくれば、誤解を生むのは間違いないというのに。紗凪はため息を一つつく。

「な、んなのぉ……!」

「退きましょう、美詩女。目的は達しましたし」

 村田は彼女たちを追い詰め、追い払うことに成功したようで、辺りには静寂が訪れた。つい先ほどまで少女とぬいぐるみが戦闘を繰り広げていたとは思えないのだが、それは真実である。

「おーい、終わったぞォ」

「あ、はい。では帰ってどうぞ」

 余計なことしやがって。

「あれ? 労いの言葉とかねェの?」

 あるわけねえだろ。

「何を言いますか。貴方がいきなり現れてウチの相手を奪ったのでしょう。責めないだけマシだと思って欲しいです」

 以前まで街を脅かしていた巨大なぬいぐるみや人形たちは魔法少女に協力した。そういうことにして助けてもよかったのだが、紗凪にそんな義理はない。

「キミたちは……」

 バカは面倒くさい……なんて思っていたら、尻餅をついていた男子学生が声をかけてきた。やはり修学旅行生だろうか。

「ああ、大丈夫そうですね。ウチらですか? そうですね……」

 はて、なんと答えたものか。

 村田のバカはともかく、紗凪はこの街では正義の魔法少女で通っている。他の街で噂になったとしても問題はない。素性さえバレなければ。ならば正直に言っておこうか。

 念のため、ハットのつばで顔を隠しながら、

「――通りすがりの魔法少女です、とでも言っておきましょう」

 柄でもなく、冗談めかしてそう言った。

 さて、あまり長時間ここに残っていてもロクなことにはならないだろう。さっさと去るべきだ。

「ほら、行きますよこのボケ」

「あれ、オレ魔法少女じゃねえ……っていうかボケ? ボケ!?」

 ロッドの力で空を飛び、離脱する。いつもとは違い、村田の体重もあるからか上手く飛行できない。

 そうしてバランスを崩していたら、先ほどの男子学生が、女子に詰め寄られていた。同じ学校の生徒だろうか。もっと言えば、カノジョ?

「……そうですね。ウチは、ウチの周囲とかそこら辺が平和ならそれでいいけれど」

 ――彼も、自分の周囲くらいは守りたいと考えるのだろうか。

 そんな人たちのためならば、他人のために戦うのも悪くないと、そう思ってしまった。

「……? 何ブツブツ言ってンだ?」

「こっちの話です気にしないでください。……というかですね、待っていろと言ったのになんで出てくるんですかバカなんですか?」

「えぇ、そこで責められるのかよォ……!? オレはただ、余所見してたお前が襲われそうになってたからそれを助けようと――」

「言い訳とか見苦しいです。今すぐここから落とすぞ」

「ひィ!? ……どした。急に顔背けて」

「――――。……いえ、今ウチは、他人に見せられないような顔になってしまっているでしょうから」

「どんな?」

「地獄を体現する悪鬼羅刹のような」

「…………」

 ……村田は何を思ったのだろうか。それきりだんまりになってしまった。きっと信じてくれたのだろう。

 だが実際は違う。紗凪の顔は、他人には見せられないほどに緩んでしまっている。

 あ、あれ? おかしいですね。なぜでしょう。自然と口角が上がっていくというか、顔がやけに熱いというか、あれ、あれ?

 お前が襲われそうになってたからそれを助けようと。そう言われた時、言い様のない感情が紗凪の中に生まれた。それは衝撃的で、どうしようもなくもどかしいもの。

 きっと、村田は無意識だ。自分がこの街では悪者であることは理解できているだろう。しかし、それを意識するよりも先に、紗凪が危なかったから、という理由で損益関係なく動けてしまえたのだ。

 村田自身気付いていないだろうそのことに思い至った時、なぜか村田の顔を見ていられなくなった。いつに無く心臓が仕事をし、顔は真っ赤になってしまった。

 打算とか理性とか、そういうのではなく、ただ助けようと思ったから助けられるなんて信じられない。けれど、村田はそういう人間なのだ。

 ――羨ましい。

 紗凪だって、そうやって――。

「い、いや。そうやって、何だって言うんですかね? ウチは今まで通り、自分の守りたいものだけを守る。そのために戦って、それでハッピーです。理性を放棄してそんなことができますか? いいやできない。助けたいから助けるなんて、そんな安っぽい理由なんて……なんて……――」

 眩しい。

 紗凪は、村田夕碁が眩しい。

 そして、そんな彼に想われているのだろう自分が恥ずかしい。

 自分は、そんな眩しい彼に想われていいような人間ではない。恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかし――、

「ああ、もう……!」

「うぇあ!? いきなりスピード上げ――ぐぇぇえええ!?」

 危ない。危うく騙されるところだった。

 元々この男は悪だ。巨大なぬいぐるみや人形を使って暴れていたのだ。今でこそ大人しいが、元々は確実に悪意があった。

 ……根は優しい男なのだろう。それでも、悪意を持たざるを得ない状況とは一体、何なのだろう。

 踏み込んではいけないのだろうけれど、紗凪は気になってしまった。

 村田の悪意の根底とは。

「――村田さん。貴方と初めて会ったあの日、貴方はオモチャの力を使って暴れていましたよね」

「えええええぇぇぇ……。……あ? 急になんだよ……おェっ」

「なんでですか?」

「は」

 貴方はなぜ、暴れていたのですか。

 根は優しいのだろう貴方が、誰かを傷つけようとしたのはなぜですか。

 空を飛びながら、二人はしばらく無言でいた。

 踏み込み、踏み込まれ、今、二人の関係性が動こうとしている。その引き金を切ったのは紗凪だ。

 そして、ようやく村田が口を開いた。


「――オレはさァ」


 いつになく、真面目な声で。







サブタイトルからわかる通り、前後編の前編です。


紗凪って中学生なんですよね。いえ、特に意味は。







ちなみに村田くん高校生です。

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