第○三○話 『心の氷解』
「やはり、少々展開が雑だね……」
ジュラルミンケースを手に、多賀城が呟いた。
その足が向く先には、今まさに雷槌を振り下ろさんとする少女の姿がある。その少女の名は、色麻童と言った。
「やあ、調子はどうだい」
「ぬ、……多賀城か。何用だ? 言われたことならば、こうしてこなしておるが」
振り下ろされた槌、迸る雷撃。直撃は逸れたものの、その威力に慄き、戦意を喪失した子どもが一人。色麻はその手からオモチャを奪い、
「『できうる限り、多くのオモチャを集めてくれ』……いつか聞こうと思っていたのだが、これを何に使うつもりなのか教えてはくれぬのか。いい加減、さすがの妾も心苦しくなりよる」
そう言う割には、嬉々として力を振るうものだ。やはり子ども、遊ぶのは楽しいらしい。
しかし、理由か。そういえば言っていなかった、と多賀城は思い直し、
「オモチャはこの街の子ども全員に配られたわけではない……そうだね、色麻くん?」
「そうよな、配られたのは二十歳未満の子どもたち。法則性は何もなく、その全員に行き渡ったわけでもなし――それがどうかしたか?」
「私はね、オモチャを持たない子どもたちにも、その魅力を知ってほしいんだよ。そのため、一度は満足した子どもたち……例えば、今キミが気を失わせた彼などから、オモチャを借り受け、別の子どもに与える。そうすることによって、夢を持つ子ども全員がその夢を――」
饒舌に語り始めた多賀城を、色麻は止めた。
「待て……待て待て。それじゃあ何か、主が渡してきたこのリストは、オモチャに満足した子どもだと?」
色麻が取り出したのは、多賀城が調べ上げたオモチャ持ちのリストだ。
「そうだとも」
「それはおかしいであろう。現に、オモチャを手放さんと抵抗してくる者ばかりを見てきた。それはまだ満足できていないから。そこに倒れるこやつもそうだ。『まだやりたいことがある』……そう言って、最後の最後まで素直に手放さんかったのだぞ?」
いいや、何もおかしくはない。多賀城は幼き少女の考えを否定し、諭す。
「いいかい、色麻くん。彼らは満足したんだよ。それでも手放そうとしなかったのは、その力があまりにも強大だったから。使わないけれど、手放すのは惜しいと考えた結果だ。そのワガママは実に子どもらしくて結構なのだが……私は、それ以上に夢を叶えられない子どもを見るのが悲しい」
多賀城の言葉がどこまで響いたのかはわからないが、色麻は渋々と言った体で反論を飲み込んだ。
「……まあ良い。それよりも、今度は何を企んでいる? 富谷が動いているように見えるが、どうにも杜撰過ぎる」
「ああ、そのことなんだが……今回は、正直何も考えていない。いや、考えても無駄といったところかな」
これまで多賀城は、大和の力を借りて、ある程度思い通りに事を動かしてきた。だが、その大和が負傷ししばらくの間戦線を離脱している。
「だから今回は、『美詩女の成長』を目的に据え、それ以外はアドリブとしている。街中で脈絡も無く仕掛けたのもそのためだ」
「……なるほど、富谷の件はわかった。もう一つ聞かせてもらおうぞ、多賀城」
次に色麻が発する問いは、ある程度予想ができる。おそらく、例の件だ。
「主は、あの少女に何をした?」
予想できたからこそ、返答もすぐに用意できた。
「さてね……私は、夢を叶える魔法のオモチャを与えただけさ」
◆
「――――変身」
見ててくれ、と彼は言った。
見逃すものか。今まさに、自分だけの騎士が生まれようとしている。自分がなりたくて、けれど叶わない夢を、並び立つ彼が体現しようとしている。
未だに考えている。自分は、ヒーローになって何をしたかったのだろう、と。気に入らないモノを悪とし裁く? それが本当なら、なぜ自分は彼を叩いたのだろう。ナイフとフォークを持った少女が気に入らなかったから? そんな少女にアッサリと負けそうになる彼に腹が立ったから?
〝違う〟――あたしはきっと、守りたかったんだ。
隣に並び立つこの少年を。友達と認めてしまったこの少年を。
そのための力が欲しくて、なのにこんなことになって。仕方ないから、彼自身に、彼を守るための力を持ってもらって。
酷くワガママで、身勝手で。
あたしは、彼だけのヒーローになりたかったのだ。
『あたしはね、ヒーローになりたかった。ヒーローになって、悪を片っ端からやっつけて、あたしが一番だって、そう言いたかった』
〝あたしはね、ヒーローになりたかった。ヒーローになって、あたし以外を寄せ付けないようにして、あたしが一番の友達だって、そう言いたかった〟
本音を覆い隠していた氷が、少しずつ解けていくのを感じる。
見栄っ張りで、貴方の友達になろうとした大崎みぞれはもういない。
今、貴方の隣に並び立ち、その背中を叩いている少女は――、
「そうね、戦う騎士を心から応援する、お姫様」
――残念。あたしはもう、冷たくない。
それは、このベルトに宿っていたイヴの声。心を凍らせていた大崎と同調し、その意識を呑まんとこちら側に引きずり込んだ元凶。
そうね、残念。あたしとアタシは、もう違う。
――けれど、あたしはもう、元には戻れない。それでも、彼を信じ応援するというの?
元には戻れない。ああ、そうだろう。なんとなくそんな気はしていた。今、大崎に主導権があるのは、アタシと意識が乖離しかけているからではない。アタシが消え、あたしがアタシに成り代わろうとしているからだ。
そうなればもう、大崎は人間とは別の存在に成り果てる。
そうなったとしても、
「あたしは彼を応援する。だって、頼まれちゃったもの」
あたしの願いを託す代わりに、彼の願いを託された。彼がなりたかったのは、陰からヒーローを勇気付ける小さな者。多くに感謝されることはなく、しかしその存在なくしてはヒーロー足り得ない、そんな存在。
栗原晴之という男の子が、大崎みぞれにとってのただ一人のヒーローで在れるように、精一杯応援しよう。
――そう。熱い、熱いね、アナタたちは。もう、解けちゃいそう。
きっと、アタシはすでに解け始めている。もうすぐその意識は消え、後に残るのは力の残滓だ。
――うん、この力は消えない。安心して、いい……よ――。
声が小さくなっていく。大崎の中で、何かが消滅する感覚。それらが完全に消え去ったとき悟った。この体はもう、自分のものなのだと。
それに気付いた時、もう一度だけ、声が聞こえた。
――――アタシも、友達が欲しかった。
◆
『Entertainment 〝Blizzard〟』
文字列が、白い吹雪となり栗原の体を包んでいく。何者も寄せ付けぬ凍てつく風。
意識が白んでいく。それをこらえながら、確かに全身が生まれ変わるのを感じた。この力こそが、オモチャの力。
かつて栗原が有していたオモチャ――水鉄砲とは違い、このオモチャは栗原という人間の根本に力を与える類のようだ。
これが変身。これが、街を守ってきたヒーローの力。
変身が完全に済んだ後、吹雪が晴れた。
「……ねえ、ママ。アレも食べなきゃダメ?」
つい先ほどまで、その口を栗原に向けていた美詩女がそんなことを言う。
「酷いじゃないか。ついさっきまで、俺のことを食べようとあんなにも大きな口を開いていたってのにさ」
全身を覆う鎧は透き通っていた。冷気が煙となって立ち上り、さながら熱を持った氷のよう。
それは氷。
顔を覆うのはやはり氷でできた兜。
背に背負うのは、一振りの氷の大剣。
「氷は、食べると歯がキーンってなるから嫌……!」
――氷の騎士が、そこにいた。
「美詩女、好き嫌いは許しませんよ。……けれど、明らかにお腹を壊しそうですね、アレ」
栗原は背中の大剣を抜き、構える。不思議だ。この力の使い方が、初めてなのに手に取るようにわかる。
水鉄砲の時には、いちいち使い方を教えてくれるイヴがいたが、今回はどういうわけなのだろう。
「なあ、聞きたいことがあるんだけどさ。なんでアンタら、いきなり宮し……イーターのこと、襲ったんだ?」
大剣に氷雪を纏わせながら問う。休日、たまたま外出していたところを襲ってきた。何の脈絡もなく、唐突にだ。
「……貴方たちを襲うのに、理由が必要でしょうか?」
「理由があるように見えたから聞いてるんだ」
纏う氷雪は次第にその規模を増し、吹雪ほどになる。
「……襲った理由、語れるものがあるとすれば、イーターの力を手に入れたかったから、です。今日、このタイミングで襲ったのは、イーターがどういうわけか完全に油断していたから。――親切はここまで。美詩女、ごちそうさまを言ってあげなさい」
「はーい。――ゴチソウサマぁ」
またしても巨大な口が現れる。二度目のその攻撃に、栗原はうろたえない。溜めていた大剣を振りかぶり、
「答えてくれてありがとな」
『Entertainment 〝Blizzard〟』
――雪崩が、二人を襲った。
「……いなくなっちまったか」
一瞬の衝突の後、気配が失せてしまった二人を探したが、やはり見つからなかった。変身を解いた栗原は、ようやく一息つく。
あの二人の目的は確か、イーターの力を手に入れることだったか。それはどういう意味なのだろうか。
「ああ、そういや宮城は……」
周囲を見渡し、膝をついて呆然とする聖を見つけたが、どうにも様子がおかしい。気が抜けてしまったかのような顔だ。
「おい? どうした?」
「……え、ああ? わ、栗原……えっと、私、どうしてたんだっけ」
「どうしてた……って、大丈夫か? 頭でも打った?」
「……???」
何が起こったのか理解できていない様子の聖に、栗原の困惑は強くなる。そういえば、聖は美詩女という少女の攻撃を喰らったのだったか。もしかしたら、その影響かもしれない。
「――外傷は無いみたいだけど」
「うわっ」
ふわり、と唐突に隣に現れたのは大崎みぞれだ。やはり水色のワンピースに身を包んでいる。大崎は、聖を見て、
「何か問題があるとすれば頭か……それとも心? うーん、役に立たないわね、この知識の群れ」
「……姫さん、アンタ平然と浮かんでるけどさ」
それ、人間にできることじゃないよ?
そう口にしようとして、まさしく人間ではないのだろうと思う。大崎の現状を一言で表すのならば、
「イヴになった。そう思ってもらって構わないはずよ」
「ああ、やっぱり……」
薄々感づいていた。しかし、なぜそんなことになったのか。変身する前に栗原を叱咤激励した彼女は素だったのか。いろいろと聞きたいことはあるのだが、今はそれよりも、
「あ、あれ? なんかおかしいな、いろいろ……」
うわ言のように呟き始めた聖。頭を抱え、目を右往左往させている。呼吸も浅く細かくなり、混乱しているのが見て取れる。
「落ち着け、おい、しっかりしろっ?」
「落ち着く、うん、大丈夫、待って、目がクラクラ、うん?」
ふわり。
どさり。
――宮城聖は、意識を失った。
◆
感じたのは大きな〝喪失〟――自分の内から何かが消えてしまったように、大きな穴がぽっかりと空いてしまっている。
ここには元々何があったのだろう。この穴を埋めるためにはどうすればいいのだろう。
その答えは、記憶の隅にでも埋もれてしまったかの如くはっきりしない。知っていたはずなのに、それを忘れてしまったかのような。
今の自分を形成していた大きなファクターであったことは間違いない。それが無いと困るのも間違いない。なのに、それを取り戻すことができない。
こんな不思議な感覚は初めてで戸惑ってしまう。自分を形成するほどのものを、こうも簡単に忘れてしまえるのだろうか。
……忘れてしまえたのだろう。憶えていないということは、忘れることができたのだという証拠。
そう思ったとき、ぷつりと何かが切れ、
――大切な何かが、解け落ちた。
少しグダグダになってしまったのは、戦線離脱した大和って奴の仕業なんだ……。
すみません、自分の力不足です。
しばらく忙しくなるかも?しれないので、更新ペースかなり落ちます。たぶん。




