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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第五章 願いの継ぎ手
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第○二九話 『願いの継ぎ手』



 聖を襲った凶刃が栗原に迫る。

 それは牙、口、喉。巨大な化物がそこにいるかのような錯覚――錯覚? 否、これは現実だ。他人には見えない、しかし己の目には映る不可思議な現実。

 きっと聖もこれに喰らわれたのだ。だから今もああして、呆然と立つだけになっている。

 これに喰われるとはどういうことなのか。意識を喰われるのか。それとも魂か? 生命力か、記憶か。どれを喰われるにしても、きっと栗原に得はない。

 避けねば。しかし体が脳からの命令に追いつかない。

 マジかよ。俺はここで終わるのか。いいや、命まで奪われるわけではない。そう考えれば、自然とこの巨大な口も恐くは――、

「そんなわけあるか恐ぇよ!!」


「――なら、逃げればいいのよ」


 今まさに、化物のような口が栗原を呑まんとして。しかしそれは果たされなかった。

 なぜか? それは、

「……本当、毎度毎度驚かせてくれるな、アンタ」

「貴方が驚きすぎなのよ。まったく、使えないわね」

 閉じかけた口を、どうやってかは知らぬが止め、栗原に声をかける少女がいた。またもや偽者か。いいや、間違えるはずがない。確かに廃工場で見た時と同じワンピース姿ではあるが、今度こそは、本物の、

「――姫さん……っ!」

「ほら、長くは保たないわよ。逃げるならさっさと逃げなさい」

 逃げるか否かはともかくとして、栗原はその身を安全な場所まで移動させる。すると大崎は、止めていた口から離れた。獲物がいなくなった空間を無為に喰らい、歯をカチカチと鳴らす口は次第に見えなくなっていく。

「……んぅ? 何が起きたの?」

 美詩女は、何が起きたのかわからず戸惑っているようだ。栗原もそれは同じだが、そんなことはどうでもいいと大崎に駆け寄る。

「姫さん! どこに行ってたんだよ! というか今のはなんだ!? もしかして姫さんもオモチャを手に入れたのか!?」

「ああ、もううっさいわね。一度に多くのこと聞かないで。……後で教えるから、今は、」

 嫌そうな顔をしながら、大崎は左手を振り上げ、


 ――バチィンッッッ!!


「その甘ったれた顔、叩かせなさい」

「……痛っ、ってぇええええ!?」

 叩かせなさいって、許可を取る前に叩きやがったぞこのお姫様!!

 突然栗原のピンチに現れ、栗原の知らない不思議な力で助け、一体何の琴線に触れたのか唐突にぶたれた。誰か、その理由がわかるのならば説明してくれ。

「ええ、説明してあげるわよ。貴方は、何もわかっていないっぽいから。……ううん、何か勘違いしているらしいから」

「え……?」

 なんだこの展開は。今にもお説教が始まりそうな雰囲気に、栗原は思わず身構える。

「そう、お説教するの。あたしが、貴方に、直々に。時間もないし聞き逃すんじゃないわよ」

 栗原の胸倉を掴み、互いの鼻が触れるまでに顔を近づけられる。一週間ぶりの大崎の顔は、少しだけ大人っぽく見えた。

「なんで貴方は戦わないの? 同学年の女子に任せてかっこ悪いと思わないわけ? あんな小さな女の子にビビッて情けないと思わないわけ?」

 いきなり何を言うかと思えば。仕方ないではないか、栗原にはもう、戦う力はない。であれば、戦える誰かが戦うべきであり、自分はさっさと逃げるべきだった。逃げずに戦場に残っていたから喰われそうになった。それは自業自得である。

「自業自得。そうね、自業自得だわ。でもそれは、逃げなかったことがじゃない。戦わなかったことがよ? 貴方、舐めてんの?」

「は、はあ?」

 状況と、大崎のセリフについていけず、栗原は一人混乱する。何の話をしているのだろうか、彼女は。

「さっき言ったわよね、逃げるなら逃げなさいって。……何素直に逃げてんのよバカなの!? もう一度言うわよ。バカなの!?」

「う、うるせ、うるせえ! そんな大声出さなくても、この至近距離なら聞こえるっつの!」

「聞こえてたって理解してなきゃ意味がない! ねえ、貴方は本当に戦う力がないと思ってる? 思ってるなら、それはなんで?」

 なんでも何も、オモチャがないからだ。五月の戦いで、栗原が所有していた戦うための力は粉々に砕け散った。それでも良いと思っていた。ここが、夢の終わりなのだと。そろそろ大人にならねばいけないのだと。だから、オモチャを失くしたことを、悔しく思ってはいない。

 最後にヒーローと全力で戦えた。それだけでもう、満足だ。

「そう。満足なんだ。へえ」

「……結局、何が言いたいんだよ」

 一方的に怒鳴り散らして、しかもその内容は要領を得ない。

「オモチャがないから戦えない。ヒーローと戦えたから満足。……そこで終わっちゃって、いいのかしら?」

「だからッ! どういう――」

 言い争う二人の間に、空から降ってきたフォークが突き刺さる。大崎が栗原を突き飛ばすことによってそれは回避されたが、今のは危なかった。

「ねぇー、さっきから何を一人でブツブツ言ってるのぉ?」

「はぁ? 一人、って……――おい、何言って」

 美詩女の言葉に、違和感を覚える。

 もしかして少女には、大崎みぞれの姿が、見えていない? だとすれば、それはなぜだ。

 いいや、思い当たることが一つだけある。自分には見えて、他人には見えない。それは、その存在の名は、

「……イヴ」

 オモチャを介してこの世界に存在することを許される、オモチャの知識を有するナビのような存在。

「なあ、姫さん。もう一度聞くぞ――アンタ、今までどこにいた?」

「――――」

 突き飛ばされ、尻餅をついた不恰好な状態のまま、栗原は大崎に問う。しかし彼女は、その問いに答えない。

 代わりにこう言った。

「あたしはね、ヒーローになりたかった。ヒーローになって、(気に入らないもの)を片っ端からやっつけて、あたしが一番だって、そう言いたかった」

 顔を伏せ、その表情を見られないようにして、彼女は続ける。

「でもね、この街のヒーローって、そんなんじゃなかったのよ。誰かのために戦って、自分のためにも戦って。ううん、他人を守るのはきっとついでなんだろうって、そう思ってたけど、違った。譲れないモノがあるから、それを守るために戦って、それが誰かを守ることに繋がってる。ヒーローって、ついでとかそんなんじゃなくて、守るべくして誰かを守ってるんだって知った」

 そんなの、あたしのなりたいヒーローじゃなかった。

 小さくそう呟き、ヒーローになりたいと言った少女が顔を上げる。

「だからきっと、呑まれちゃったんだと思う。取り入られちゃったんだと思う。こんなことになっちゃったんだと、思う。あたしはもう、ヒーローにはなれない」

 だから、ね。



「――貴方が、ヒーローになってくれない? あたしの理想のヒーローに。自分あたしのためだけに戦う、あたしが思い描くヒーローに。そのための力は、手に入れたでしょう?」



 ――言っていることの大半はわからなかった。

 大崎は今までも、ヒーローの力が欲しいと言っていた。そのためか、宮城聖を執拗に狙っていた。

 だが今になって、聖は大崎の理想とするヒーローではないなどと言う。自分が欲しい力は、自分のためだけに振るえる力だと。

 あるいは、それも一つの正義なのだろうか。自分の成したいことを成すために必要な力を欲して、ヒーローになりたいと願う少女。そこにあるのは、正義なのか。

 そんなもの、どうだって良かった。


 ◆


 栗原晴之という少年は、幼い頃から特撮ヒーローが好きで、よくその真似をしていた――なんてことはなかった。

 特撮ヒーローモノは好きだった。しかし、いつも惹かれるのはそのヒロインや仲間だ。それも、戦う力のない登場人物ばかり。

 なぜだろう。自分もあの輪に加わりたい。戦う力はないけれど、ああして仲間として寄り添って、傍でヒーローが戦うところを見たい。己の正義を懸けて戦うヒーローを応援したい。そんな思いが常にあった。

 だから、もし戦う力を手に入れたとしても、その時は敵役で。ヒーローと戦い、その力を認める役で。そう思い、事実、五月の戦いではその願いを見事に果たせた。

 だからもう、満足なのだ。


 幼い頃、こんなことがあった。

「――おい、やめろよ!」

 どうにも手が出やすい同級生がいて、そいつが女子を今にも殴ろうとしていた。まさか女子にまで手を出すとは思っていなかった栗原は、思わずその間に入ってしまった。

 しまった、これではヒーローだ。俺がなりたいのは、ヒーローそのものではないのに。

 案の定と言うべきか、喧嘩が強いわけでもない栗原はあっさりとボコボコにされる。女子を守ることはできたが、その代償としての怪我はあまりにも酷かった。

 しかも、それに追い討ちをかけるがごとく、女子の間で妙なウワサが広がった。

 栗原晴之という少年は、カッコつけたがりだ、と。

 なんだそりゃ、と最初は思っていたが、そのウワサは段々とエスカレートしていき、栗原を傷つける方へと趣向を変えていく。

 結果、栗原の周囲からまず男友達が消えた。その後、栗原の顔が良いからという理由だけで傍にいた女友達も、徐々に消えていった。

 ほら見ろ。何もできない俺なんかがヒーローを気取ったところで、ロクな結果にならない。


 そんな過去があるからして、オモチャという力を持った時でもその力を持て余してしまった。さて、どうしようこれ。

 そんな時、川内市にオモチャがばら撒かれたというウワサを耳にした、転校してきたばかりの少女が、栗原に近づいてきたのだ。

「あなたの力を、貸して欲しいの」

 栗原が手に握る水鉄砲を、見事オモチャだと見抜いての申し出。ヒーローになるのはごめんだが、それなら良いかと手伝うことにした。

 それは、大崎みぞれという少女が成り上がるための手伝いだった。

 栗原は、大崎の指示で雨を降らすだけで良かった。その程度ならば造作もない。基本的に誰に恨まれることもなく、陰でコソコソとその役目を果たしていく。

 ある日、大崎はヒーローの力に目をつけた。この川内市を守る、二大ヒーローの片割れ、イーターだ。

 そのイーターがどうやら、栗原たちの通う学校にいるらしいとの情報は一体どこから持ってきたのか。とにもかくにも、宮城聖がイーターだと知った大崎は、その力を得ようと行動に移す。

 戦えばきっと栗原は傷つく。だというのに、なぜその計画に賛同したのか。今にして思えば、きっと栗原は裁かれたかったのだ。栗原は憧れたヒーローという存在に。

 お前は弱い。お前は卑怯だ。お前は悪に等しい。そうやって罵られ、自分は最低だと自覚したかった。自分で戦わず、ヒーローに守ってもらおうと考える自分は、最低だと。

 して、その願いは見事叶う。ヒーローをあからさまに賛美し、カッコよく戦って、全力で散って、もう戦わなくても良くなって。

 これからは大人にならなければ、と言い訳し、逃げた。

 だというのになぜ、この少女は栗原を連れ戻すのだろうか。自分は物陰から、ヒーローに声援を送りたいだけの臆病者なのに。自分で戦うなんて真っ平ごめんな脇役なのに。

 栗原がヒーローになれ、と言ったか。それに対する答えならば、ノーだ。無理に決まっている。

 だから、栗原は答えた。


 ◆


「――ヒーローは無理だ」

「……そう、ならもう――」

「けど、」

 栗原は、ようやく気付いたその存在に手を伸ばす。

 手にしたのは、偶然……否、必然的に手に入れた力。

 バックル部分に扉の意匠が施された、変身ベルト。

「俺は、ヒーローなんて器じゃないけど。……そうだな、いつだか言ってたっけ」


 ――大崎みぞれはお姫様。栗原晴之は、


「それを守る、騎士だ」

『Entertainment 〝Blizzard〟』

 ベルトを腰に巻きつけた瞬間、文字列が宙に踊る。

 それを見て、大崎みぞれはようやく笑った。久しく見なかった、守るべきお姫様の笑顔。

 とんでもないワガママを言い出す、困ったお姫様の。

 多くを背負うヒーローなんて、栗原には絶対に無理だ。でも、たった一人を守る独善的なヒーロー、つまり騎士ならば、その役目ならば、栗原にだって果たせるのではないだろうか。

 他の誰の前でへらへらしても、他の誰の前で情けない姿を晒しても、せめて、お姫様の前でだけはカッコつけてみよう。

「――あたしの夢、貴方に託すから。立派に成し遂げなさいよ、あたしだけの、」

 騎士ナイトを。

「じゃあ、俺も姫さんに願いを一つ託そう。実は俺、ヒーローを応援するだけの、でも絶対にヒーローの力になる応援をする存在になりたかったんだ」

 願いは託し、託され、交わされた。

 互いの願いを継ぎ、二人は並び立つ。

 それを理解した瞬間、大崎みぞれの姿は消え、ベルトと同化する。ああ、やはりそういうことか。

 とんでもないことになったな、と思いつつ。栗原はベルトのバックル部分に手をかざす。扉が開き、文字列が栗原の体を包む――。



「見ててくれ、姫さん。俺の――」



 ――――変身。







『青空になる』って、良い歌ですよね。

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