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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第五章 願いの継ぎ手
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第○二八話 『捕食者の牙』



 やっと思い出した。ここがどこなのか、あたし(ヽヽヽ)が誰なのか。


 ――彼と出会ったから、かな?


 当たり前だろう。いいや、それを認めてしまうのも癪なのだが、見知った人間と出会い、朦朧としていた意識が覚醒したのは事実だ。それが彼だったからなのか、そうでなくても意識は目覚めたのか、ハッキリしないけれど。

 なんにせよ、思い出したならいつまでもこんなところにいるわけにはいかない。早く、ここから出して。


 ――そういうわけにはいかないし、そもそもそれはできないよ。だって、あたしはアタシと完全に同化しちゃったから。今のあたしはイヴなの。言っている意味、わかる?


 あたしがイヴ、とはどういうことなのか。いいや、もう気付いている。全てを思い出したのだから。

 だが、それを認めたくなくて、元に戻る手段があると信じて――。

 ああ、もしかしたら。

 彼ならば、どうにかしてくれるかもしれないと。たった一つの希望に縋るのだった。


 ◆


「――ッ!?」

 目が覚め、すぐに今見た夢の内容を忘れた。何か、とても重大な内容だった気がするのだが……いや、所詮は夢。大した意味など持つまい。

 目覚めた栗原は、顔を洗いながら、昨日のことを思い出す。

 廃工場で拾ったベルト。冷静に考えれば、イヴが他人に見えるはずがない。そのイヴが栗原に見えた、ということは、

「このベルトは、持ち主のいない野良のオモチャ……?」

 というか、あの時点で栗原を所有者としていた? いよいよ持って、ベルトの謎が深まっている。

「姫さんの姿をしたイヴもそうだけど、似たようなオモチャって存在するのな」

 勝手に同じオモチャは存在しないと思っていたが、そうでもないらしい。

 念のため、聖に報告しておこう。

「……あ、俺、宮城の連絡先も知らなかった」

 仕方ない。明日、学校に行った時にでも。

 日曜日である今日は、ひとまずゆっくりしよう。そう思っていたのだが、

「……ん?」

 ぴんぽーんと鳴らされたインターホン。まだ朝早いと呼べる時間帯で、こんな時間に尋ねてくるなんて誰だろうと思いながら扉を開ける。

「はい、どちらさま――」

「どうも、ベルトの調子はいかがかな?」

 扉を閉めた。

 あ? なんだ今の。一瞬しか姿を見なかったが、スーツ姿の男に見えた。気味の悪い笑みを浮かべ、気味の悪い声で、……気になることを言いやがった。

 ベルトの調子。思い当たるのはただ一つ。昨日拾ったベルトだ。その行方を知っている。どう考えたって普通ではない。怪しすぎる。

 なんなのだ一体。大崎がいなくなり、奇妙なイヴが現れ、家には不気味な男が来訪した。これら全てにベルトが関係しているのだとしたら、なんと始末の悪いことか。

 持っていてはロクなことになりそうもない。今の男がベルトの持ち主だというのなら、さっさと返してしまおう。

 ベルトを持ち、再度玄関の扉を開ける。

「……あれ」

 だが、そこには誰もいなかった。

「なんなんだよ……ああ、くそ」

 今日はゆっくりしている気分だったが気が変わった。ジッとしていることなどできそうもない。なんでもいいから体を動かそうと、栗原は出かける準備を始めた。



「おお、偶然だね栗原」

「……たまには、休日にも出かけてみるもんだな」

 特に当ても無くフラフラしていた栗原であったが、偶然にも聖に会うことができた。運がいいと言えばそうなのだが、こんな偶然ですら怪しく思えてしまう。誰かに仕組まれたのではないかと。

 それもこれも、先の男のせいだ。

「どったの、暗いけど。大崎さんが見つからなくて参ってる?」

「ああ、まあそれもあるけど……ちょっといろいろあってな」

 ともかく、ここ最近で起きたことを話しておこう。少しでも誰かと共有しておきたい。

 どこか喫茶店でもないだろうか。

「んー、それならこっちにいい場所が――」



「――ねえ、あれ食べて良い?」



 ゾッとする声が聞こえ、二人はその口を噤んだ。振り返った先にいたのは、どこかで見たことのある二人組で。片方はスーツ姿の女性、もう片方は、右手にナイフ、左手にフォークを持った女の子だ。

 どこで見たのだったか。思い出せそうで思い出せず、モヤモヤが栗原の記憶を埋め尽くす。

「こら、美詩女ミジメ。まずは挨拶からでしょう? 食べるのはそれからですよ」

「あーい……」

 異様な空気を放っているのに、本人たちはいたって平穏だ。そのアンバランスさが不気味で、不気味で不気味で仕方ない。

 この不気味さを、栗原はつい先ほども味わった。

「さっきのスーツの男の……」

「ん? ああ、多賀城タガジョウさんですかね。あなたの家を訪れたスーツの人でしょう? どうも、初めまして。私、富谷トミヤと申します。それでこっちが、」

「……んー? あ、ミジメだよ。ねえ、食べてもいい?」

 もう少し待ちなさい、と少女を嗜める女性は、その視線を聖に向けた。

「貴女には、こう言えば伝わりますかね。――《大人達アンチルドレン》の一人です」

 《大人達アンチルドレン》という言葉を聞いた聖が、その目を見開いた。

「アンタら、色麻シカマワラベの言ってた……!」

「色麻さん……彼女は喋りすぎましたね。いいえ、責めるつもりはありませんけど。さあ、お喋りはここまで。娘もガマンできなくなってきたようですし……手合わせ、お願いしますね?」

「いただきます――!」

 瞬間、ナイフとフォークを持った少女が聖に肉薄した。

「こんな街中で……! 変身ッ!」

『Entertainment 〝Eater〟』

 文字列が宙を舞い、美詩女の動きを止める。さらに文字列は聖の身を包み、その姿を変えていった。

 これが、この街を守る二大ヒーローが片割れ――イーター。

 栗原が一度戦い、敗れた相手である。

「下がってて栗原。今のアンタ、戦えないでしょ」

「で、でも」

「邪魔!」

 そう言われてしまってはどうしようもない。栗原は、後ろ髪を引かれる思いで戦線から引き下がる。

 わかっている。イーターはこの街を守ってきたヒーローで、オモチャを持った栗原よりも強いということは。しかし、栗原はイーターの女子高生の側面を知りすぎた。女子に守ってもらうこの構図が、少しだけ胸に刺さる。

 が、それはそれ、これはこれ。ヒーローの戦いを目の前で見れることを、純粋に嬉しく思う。

「……やっぱヒーローは、なるよりも見る方がいいな」

 物陰から、そんな呟きをもらした。


 ◆


 肉薄してくる美詩女を、聖は危うげなくかわしていく。すぐには攻撃に転じず、手の内を読むことに集中する。

「この子も《大人達》の一員だとしたら、油断しちゃ駄目だ。色麻の時を思い出せ、私」

 幼い外見に惑わされるな。おそらくだが、この少女も相当な実力の持ち主だ。

 襲ってくる理由はわからないが、色麻は言っていた。《大人達》には気をつけろ、と。どうやら一枚岩ではないらしい。とにかく、慎重に行こう。

「あはっ♪」

 振るわれるナイフは少女の身の丈ほどあろうか。戦闘が始まる前はただの食器にしか見えなかったため、オモチャの力だと考える。

「ねえ、あなたを食べさせて!」

「何言ってんのこの子……! 私は食べても美味しくないっつーの!」

 横に薙ぐナイフを、身をかがめることでかわし、その際に美詩女の足を蹴る。体重がかかっていた右足を突かれた美詩女は、「お?」と可愛らしい声を上げながら倒れ――ない。

「よ、ほっ」

「なんて運動神経……!」

「私ね? あなたを食べて、本物になるの! 今はまだ偽物だけど……」

 何を言っているのだろうか。理解はできないけれど、本能が恐ろしいと告げている。このままでは、幼い少女に呑まれてしまう。

「くぉんの……イヴ、トランス! モデル〝Heater〟!」

「熱ちっ!?」

 今まさに聖に切りかからんとしていた美詩女を跳ね除けるように、全身が炎に包まれる。

『Entertainment 〝Heater〟』

 ――炎の戦士が顕現する。

「どう、これでもまだ私を食べる気?」

「うーん、どうだろ」

 ……は?

「ねえ、あれ食べていい、ママ?」

「ええ、構いません。姿や能力が変われど、あれもれっきとした『イーター』ですので」

「うん、じゃあ、いただきます!」

 マジですか。

 理由はわからないが、美詩女は聖を食べようとしているらしい。やはり休日に外に出るのではなかった。ロクなことに巻き込まれない。

 しかし、聖は大崎を探すために協力すると決めたのだ。であれば、休日こそその足を動かすチャンス。そうしたら栗原と遭遇し、こんなのに襲われた。

「ちょーっと痛い目見てもらおうね……っと!」

 聖の右手拳を炎が包む。

 そんなに食べたいのなら、自分の肉を食べればいい。

「さ、レアかな? ミディアムかな? 焼き加減はどんなのが良い!?」

『ガブッ!』

 ――捕食対象《距離》。再起動、準備。

 聖の体が、少女の背後にまで移動する。その位置までに存在した距離を喰らったのだ。

「すごい! イーターってそんなこともできるん――」

 ゴォォオオオオウッ!!!!

「小さいからって、容赦はしないよ。だって、アンタらは《大人達》なんでしょ?」

 振り返り、燃ゆる右手で少女に殴りかかった。



「――うん。でも私はまだ、子ども(ヽヽヽ)だよ?」



『Entertainment 〝Eater(ヽヽヽヽヽ)〟』

 巨大な牙が――口が、聖の目の前に現れた。

「いぃ……ッ!?」

「ホントのホントに、いただきまァす♡」

 いつの間にか右手の炎は消え、目の前では巨大な口が聖を喰らおうと迫っている。これこそが、本当の『喰らう者(イーター)』だと言わんばかりに――


 ――聖を、喰らった。


 ◆


「……あ?」

 何が起こっているのだろうか。突然聖が動きを止めた。まるで目の前に、何か恐ろしいものでもあるかのごとく目を見開き、そのまま動かない。

 対しナイフとフォークを持った少女は、何かを咀嚼するかのように口を動かしていた。何が起こっているのだ。

「おい、宮城! どうしたんだよ、おい!」

 思わず物陰から叫んでしまう。隠れていろと言われたが、このままではマズイと思ったのだ。そして、栗原の居場所がスーツ姿の女性と美詩女に気付かれてしまう。

「あら……逃げたと思っていたんですけど。意外に度胸がありますね。顔も良いですし……どうです、私とお付き合いなど」

 女性の方が右手を差し出し、そんなことを言ってくる。一体何の話だ。

「……むぅ。無視は少しばかり傷つきますね」

「ねえママ、アレも食べていい?」

 少女の視線が、栗原に向いた。

「ええ? 今イーターを食べたばかりでお腹いっぱいでしょう?」

「全然!」

 今なんと言ったのか。イーターを食べた? いいや、しかし、聖はその動きを止めてるとはいえ、そこに存在している。

「なあ、アンタらは何言ってんだ……? そもそもアンタは何なんだよ……?」

 得体の知れないものに踏み込もうとしている。そんな感覚が栗原を支配する。

 五月。栗原は聖と戦い、もう二度とこんなことに足を突っ込むことはないだろうと思った。夢を見るのは終わり、大人にならなければと。

 しかし、栗原はまだ夢を見ているのだろうか。それも、相当に性質の悪い夢を。

「ああ、初対面でしたか? どこかで会っているような気もしたのですが……そうですね。《大人達》とは、端的に言えば――」

 美詩女が、動き出した。


「――子どもであれなくなった、哀れな大人たちの集団です」


 そういうことを聞いているのではない。栗原は、眼前に恐怖が迫る中でそう呟いた。


 ◆


「あたしと代わりなさい、早く!!」


 はっきりと覚醒した意識で告げる。そこを早く退け。あたしと代われ。このまま見ているつもりならば、殺してでも主導権を奪ってやる。


 ――いきなり過激だね。違うでしょう? あたしはもっと、冷たくなくちゃ。


 冷たいだとか過激だとか、そんなのはどうでもいい。なぜかは知らないが、今ここで、彼が危機に晒されるのを黙って見過ごせない。できることがあるならば、したいと思う。

 そのために、


「退けって言ってんのよ……!」


 ――やれやれ。彼と再会したからかな? 急に熱くなっちゃって。でもその本質は変わらないね。やっぱりあたしの根本は、冷たいままなんだ。


 会話が成立しないことに苛立ちが募る。なぜだ。なぜわかってくれない、代わってくれない。あたしがアタシに惹かれこうなっているのならば、少しくらいは共感してくれてもいいのではないか。


 ――別に拒んでいるわけじゃないの。この力を試してって言ったのもアタシだし、使うのならそれで構わない。けれど、それは彼の問題でしょう? 無意識の内に、戦うことを拒否している彼の。大人にならなきゃって、今しかできないことを、今しなければならないことを見失っている彼の。


 ああ、ああ。それもそうだ。確かにそうだ。

 だが、


「関係ない――ッ!!」


 見失っているのならば教えてやればいい。戦うことを拒否しているのならば、戦うための理由を与えてやればいい。

何も見放す必要はないではないか。彼は――まだ、子どもなのだから。


「大人になりきれていない今しか! 教えてあげられないの!」


 ――……。


 いつしか、アタシの声は聞こえなくなっていた。そして、しっかりと自分の体が存在することを知る。

 主導権が、明け渡された?

 なんにせよ、これで――、


「――頭の悪い大バカを、引っ叩きに行ける!」





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