第○○三話 『クリスマスの夜』
「あら、ヒジリさん、行くんですか?」
変身し、空を駆ける聖の前にイヴが現れた。事ここに至れば疑問に思うことすらしない。おそらくこのイヴとやらは、ナビのようなものなのだろう。
「行く。ねえ、イヴ。あのプラモデルが暴れてる場所の正確な方向、わかる?」
聖は生まれも育ちも古都だ。新都の方には滅多なことがなければ出向かないし、土地勘もない。都市開発の末に入り組んだ町となってしまった新都は、聖の方向感覚を奪ってしまう。
「わかります。それで、何をするんですか」
「え、……あのプラモデルを止めたいな、って」
イヴは問うてくる。聖は、問われ、改めて考える。
聖は何をしに飛び出したのだろうか。確かに、このベルトには戦えるだけの力はある。しかし聖は主人公ではないのだ。正義溢れる熱血漢でもないし、『強い奴が弱い奴を守るのは当然だ』などとも言えない。
ただ漠然と、戦場に赴きたくて体がうずうずしたのだ。私もあの戦場で戦いたい。この力を、本当の意味で試したい、と。
だからこれは、そう、
「『力があるから戦う』……おかしいことじゃ、ないよね」
力が手の中にあるのなら、それを振るいたくなって当然ではないだろうか。
そうやって理由を考えることすらめんどうくさい。もっと素直に考えろ。聖は、
「私は、ヒーローになりたい」
「……わかりました。それでは――トランス。モデル〝Eater〟――これより、貴女のオモチャに宿る仮想精霊として、ナビゲートさせていただきます」
言葉を残し、イヴは消えた。正確に言えば、聖が身につけるベルト、そのバックル部分に存在する扉の中へと消えた。
途端、頭の中に鮮明なイメージが浮かんだ。中継で見たプラモデルが暴れる場所、その光景、方角。
「こっち……!」
摩天楼を、聖は『悪の怪人』を求め駆け抜ける。頭の中はすでに、怪人を倒す聖の図でいっぱいだった。
「――いた、アイツだ」
実際に目にすると、そのプラモデルは人間よりも多少大きく感じた。二メートルはあるだろうか。それが暴れ、クリスマスに浮かれるカップルを傷つけている。
観察している場合ではないのだろうが、よくよく見てみると、襲う対象には法則性があるように見受けられる。そう、あのプラモデルが直接狙うのは、カップルだけなのだ。
「……非リアの、暴走?」
世に蔓延るリア充を恨んでの犯行だと、そう言ってしまえばそんな気もする。しかし、それにしてはあまりにも度が過ぎる。
力を伴った暴走の結果がこれか。
「早く止めないと……」
ふと、そのプラモデルの動きが止まった。そのすぐ傍にいるのは、黒いニット帽を被った男だろうか。
そして、そのプラモデルの銃口が向けられた先には、また別の人間がいて。
「マズ――!」
咄嗟に飛び出すも、ここからどうすればいいのかわからない。というか、そもそも間に合わない。
え、これ、どうすれば――、
――モデル〝Eater〟起動。
声が聞こえた。
『ガブッ!!』
それはこの一日で何度も聞いた声、イヴのもので、その声がした瞬間、聖はプラモデルが構える銃口、その目の前にいた。
――咀嚼対象《距離》。再起動、準備。
聖にはその言葉を理解するだけの時間がなかった。
えーと、それで、この後は?
――リブートタイム、二、一、……〇。
聖の眼前に、白光が迫る……、
「い、イヴぅうううう!?」
『ガブッ!!』
あわや光に包まれるかと思ったその瞬間、光が、ベルトのバックル部分にある扉に吸い込まれた。そして今度は、眼前にハッキリと文字列が浮かぶ。
――咀嚼対象《熱線》。再起動、準備。
その文字列から視線を外し、呆気に取られるニット帽の男を見る。
ああ、この状況、まさしくピンチに現れたヒーローって感じ。そんで、このプラモデルが悪の怪人で。
ならば、ここはカッコよく登場を決めようではないか。
「――力に溺れ、人々に仇なす者よ」
えーと、この後どう続けよう。
アレはオモチャ。子どもの夢。それが悪の怪人で、聖はそれを壊すのだから、
「その野望、オレがぶち壊す!」
気のせいだろうか。ニット帽の男がより一層、ポカンとしているような気がする。
その口が一度塞がり、言葉を発した。この距離ではよく聞こえなかったが、「やれ」と言った気がする。もしかして、この人間大のプラモデルを操っているのは、この男なのだろうか。
「――ヒーロー」
ふと、背後からそんな声が聞こえた。ヒーロー、悪くない。いったい誰がそんなことを言ってくれたのかと振り返る。どうしよう、嬉しくて口元のニヤニヤを隠せない。
後ろを向くのも一瞬。視線は再度プラモデルとニット帽の男に向け、
「さあ、喰らい尽くすぜ!」
そんな決め台詞で、登場を締めくくった。
◆
熱線が小さなヒーローには効かないとわかったからか、大きなプラモデルはその長刀を手に、少女に接近した。
それを伊達は、逃げながら見る。
さながら映画のワンシーンのようだった。強大な力を持つ何かが、互いのソレをぶつけ合っている。にわかには信じがたい話だが、実際に目にしてしまえば疑いようも無い。
今、このクリスマスの新都は、戦場と化している。
「……なあ、イヴ」
伊達が呼びかけると、ふわりと眼前に現れた。
「はい、なんでしょうか、ヨル様」
無機質な表情をたたえ、自らの仮想精霊と名乗る小さな少女。この少女は、伊達が鞄の中に入れ持ち歩いている、あるオモチャを介して存在しているという。
そんな少女は、伊達にそのオモチャの使い方を教えてくれた。
「アイツらは、僕が持つオモチャと、同じなのか?」
「はい。あれらは、そのオモチャの力を使った、その結果です」
「……僕のオモチャも、力を使えば、この惨状を引き起こせる?」
「はい」
端的な返答には、一切の虚偽が感じられない。この光景を目にした今ならば信じられる。
望んだオモチャが手に入ったと喜び、浮かれ、持ち歩いた。しかしそれが、こんな惨状を引き起こす凶悪な兵器だったとは。そして、そんな兵器を使って暴れる輩がいるとは。
「イヴ、僕にも、戦う力はあるのかな?」
「ありますとも。そのオモチャの使い方は貴方に教えました。あとは、その通りに使うだけ。それだけで――彼らの仲間入りです」
イヴが指差すのは、ぶつかり合う二つのオモチャ。片方は町に甚大な被害を及ぼし、もう片方はそれを止めようとしているかのようだ。
僕が、彼らの仲間。
イヴは『彼ら』と一括りにした。つまり、町を壊そうが守ろうが、その二つの力は同一なのだと。
伊達はどちらなのだろう。壊す『悪』か、守る『正義』か。
そんなものは決まっている。
「――イヴ、モデル〝Bullet〟」
「了解しました――トランス」
イヴの姿が消えたのを確認し、伊達は鞄の中から、ずっしりとした感覚を右手に取り出し、走り出した。
「僕が憧れたのは、町を壊す者でも、町を守る者でもない!」
ふと、父の姿が目に浮かぶ。幼い頃より憧れ、追いつく前に消えてしまった背中。
伊達の父は、
「憧れたのは……市民を守る者だ!!」
警察官として、五年前に殉職した。
◆
接近戦は、死への恐怖がより増してしまう。当然ではないか。何か一つでも間違えれば、眼前の凶器がこの身を切り裂くのだから。
「あは、あはははは」
だというのに、聖は笑っていた。
「ほらほらほら、そんなもん!? リーチがあるだけで、私には掠りもしないけど!?」
「チッ……ちょこまか、と!」
それどころか、操縦者に間違いないニット帽の男に、舌を出してみせる。余裕もいいところだ。なぜかはわからないが、聖にはプラモデルの素早い挙動が見えてしまうのだ。これほどまでにドンくさい恐怖ならば、簡単にかわせる。
「変身、身体能力の強化、そしてさっきのなんか凄いの。ねえ、他には何ができるの、イヴ!?」
『――――』
ベルトの中にいるだろうイヴは、沈黙を保ったままだ。時々ブルブルと震えるのだが、それが何を意味するのかはわからない。まあいいか、と聖は、戦えていることによる高揚感に身を任せる。
「どっせい!」
振るわれる長刀の下をくぐり、プラモデルの胴体に蹴りを喰らわせる。そのゴツゴツとした胴体に素手をぶつけるのは、さすがに嫌だった。
強烈な蹴りを喰らったプラモデルは、多少後退するものの、すぐに体制を立て直す。
「ふむぅ、やっぱ強烈な一撃が欲しいなあ。ねえ、イヴってば。このベルト、必殺技とかないの?」
『ないことはありませんが……けぷっ』
あるらしい。さすがはベルト、そうこなくては。
「どうやって使うのやら……こういうのって大抵、変身の時と同じ操作をすればいいはずなんだけど」
しかしそれは、平成ヒーローの後半になってできたギミックだ。このベルトの場合はどうか。試しに、ベルトのバックル部分にある扉に手をかざしてみた。
『〝Eater〟!』
そんなサウンドが鳴り響いた。それと同時に、右足に何か、大きな力が集まるのを感じる。
「こ、これは……お約束のキックでは!」
『はい、そうです……うぷっ』
「……えっと、さっきからどうしたの、イヴ? なんか苦しそう?」
『お気遣い無く。さあさ、さっさとあのオモチャを倒してしまいましょう……』
明らかに強がりだが、イヴを心配する気持ちよりも必殺技を使ってみたいという気持ちが、聖を後押しした。
「よーし、……聞け、そこのオモチャとその持ち主! ――いただきます!」
視界に納めたニット帽の男とプラモデルは、どちらも呆気に取られた様子で動きを止めた。
いきなりいただきますとか、頭おかしいんじゃねーの、とでも言いたげだった。
そうやって動きを止めた彼らを、聖は容赦なく狙う。当然ニット帽の方に被害を加えるつもりはないが、脅すくらいはしてやろう。跳び上がり、プラモデルを確実に壊し、なおかつニット帽の男のすぐ傍を通過する直線を脳内でイメージする――ここだ。
特撮アクションさながら、一回転し、右足を伸ばす。
そして、謎の推進力を得た聖は、
「せぇい、やぁああああ――――ッ!!!!」
プラモデルの胴体をぶち抜き、ニット帽の男のすぐ近くに着地した。
ごぉおおおお……と地響きがし、砂煙が舞う。それが晴れた頃には、ニット帽の男も何が起きたのかを理解している。
「んあ、なぁ……」
「貴方のオモチャは壊れたよ。これ以上、どうすることもできない。……別に殺しやしないから、大人しく帰ったら?」
帰ったところで、この男が犯人らしい発言をしていたのは多くの人に聞かれていただろう。すぐに見つかり、捕まるはずだ。
しかしそれは聖の役目ではない。そう、ヒーローはいつだって、相手の心を挫いたらそれ以上はしないのだ。
「ば、化物……!」
「む、それは心外だ。私は化物なんかじゃなくて――」
怯えた声で言うニット帽の男に、聖が反論しようとしたその折、
――ッパァン!
銃声とも取れる、そんな音が、いつの間にやら降り始めていた雪空の中、鳴り響いた。
◆
やはり、所詮はヒーロー。カッコいいし、強いし、正直男であれば憧れる存在だ。
しかし、ヒーローが守るのは『正義』だ。市民ではない。
「ここでソイツを逃がしたら、意味無いだろ」
伊達はオモチャのモデルガンを構え、放たれた弾丸がニット帽の男の眉間に、しっかりと命中したのを確認し、呟いた。
あの男が主犯であるのは見ればわかる。先ほど伊達に向けた殺気もそれを証明している。そんな男が、オモチャの力を使って破壊活動を繰り返した。見過ごせるはずがない。
今こうして、力を使ってわかった。何も恐れることなどない、と。
実のところそれは、アドレナリン過多による視野狭窄なのだが、躊躇い無く引き金を引いた伊達に取っては関係ないかもしれない。
伊達は、元々こういう人間だったのだろう。
「ソイツは市民を傷つけた。死んだ人間も多いはずだ。なのに逃がすのか? そこのヒーロー」
「えっと……何荒ぶってるのかわからないけど、……今撃ったの、貴方なの?」
ヒーローの少女は呆然とし、信じられないという顔で伊達を見ている。いや、目元は隠れているが。
「ああ、僕だ。僕が、このモデルガンで、撃った」
ニット帽の男は、町に甚大な被害を及ぼした巨悪だ。殺したことで責められることなどない。
伊達は、そう本気で思っていた。
僕が、僕が、この町を守るんだ。そのための力はこの手の中にある。親父が守りきれなかったこの町を、僕が守るんだ。
そのためならば、殺したって構わない。
「何も、殺す必要はなかったんじゃないの。今ここでひっ捕らえて、警察にでも渡せば、」
「それでもよかったかもな。でも今、アンタはソイツを逃がそうとした。……それとも何か、ソイツとアンタはグルか? そういえばそうだ。アンタも、人を殺してこそいないけど、随分と町を壊したしな」
言い、伊達は再度モデルガンを構えた。
「ヒーロー、アンタも巨悪と見なし――処罰する」
「ごめん、わけがわからない……!」
――果たして、当人たちも意味がわからないまま、クリスマスの夜は激しさを増していく。
メリークリスマス!