第三話 『魔法少女の邂逅』
視界の端をウロチョロとしているのは、クリスマス以降何度と衝突している少年、村田夕碁である。
抹茶ラテを飲みながらあれこれと悩んでいたら、声をかけてきたのだが、それ以降こうして紗凪の周りを付かず離れずでいる。ハッキリ言って鬱陶しい、邪魔である。
「……あの」
「ん? お、なんだなんだ?」
話しかけると、あからさまに救われたかのような顔をするのはやめて欲しい。
「話しかけてきたのは貴方でしょうに、なぜ話しかけられるのを待っているんですか。何か用があったのでは?」
「いや、用があったっつーかァ……たまたま見かけたから声をかけた、的な?」
友達でもあるまいし、何を言っているのかこの男。もしや紗凪に気でもあるのか。
……待て待て、発想が飛躍しすぎだ紗凪。悩みすぎて馬鹿になったか?
「まあ、用が無いなら無いでいいですけど。いつまでそこに立ってるんです?」
「え? ああ、や、その……え、席をご一緒しても?」
「は? ウチは帰らないのかと聞いたつもりだったんですけど」
何やら項垂れていた。ふむ、意地悪しすぎただろうか。
仲良くする理由もなし、この程度の距離感が良いと思ったのだが、存外村田はそうでもないらしい。
「……座れば良いんじゃないですか。代わりに、ウチの愚痴聞いてもらいますけど」
だから、一瞬で顔を輝かせるのはやめてくれ。
「……え、そンなことで悩んでんの?」
「貴方にそう言われるとぶん殴りたくなりますね……ちょっと表に出ましょう?」
ほんの少し、ほんの少しだけ弱っていたのか、紗凪は先ほどまで悩んでいたこと――オモチャを壊してヒーローを気取るのは正しいことなのかという話をぶちまけてしまった。その結果が、村田のこの反応だ。
「悪かったって、冗談だっつの。……でも、天下の魔法少女様も、悩みながら戦ッてんだなァ」
「貴方には悩みとかないんですか? 最近大人しいようですけど、そもそも何を思って暴れてたんです?」
気になってはいた。聞くタイミングも無ければ、こうして顔を合わせることすらなかったためそれができずにいたが、チャンスだ。この際気になることは聞いてしまって、次に戦う時に役立てよう。
「……別に。最近は特に、理由とかねェけど」
役立たずが。
「それじゃあ初めは? あのクリスマスの日、なぜああして大々的に力を使って――」
「それは秘密だわ。友達でもない限り教えませェん」
紗凪は無言で立ち上がり、村田の腕を掴み表に出ようとした。
「痛でででで!! 冗談も通じねェのかアンタ!」
「秘密ならそれでもいいです、が、一言多いんですよ。思わず歯を全部へし折ってやりたくなります」
なにはともあれ、と席に着き直し、
「この人、予想以上に使えないですね……」
「あれ、オレ貶されてる?」
今ので褒められてると思えるならばそれは最早才能だ。
さて、吐くものも吐いた。得られるものはこれ以上はない。帰ろう。
「あ、ちょ、待ってくんね」
「はい?」
立ち上がり、会計に向かおうとした紗凪を村田が呼び止める。まだ何かあるのだろうか、とウンザリした顔を隠そうともせずに応じる。
「あの……あー、その、」
待っていても何も得られないような気がする。無視して帰ってしまおう。
「ではこれで」
「あァ! その、オレと!」
オレと?
「……友達になってくれ!」
「友達くらい選ばせてください。それでは」
◆
フられた。そう捉えても良いだろう、これは。
「コクってすらないのに……」
「まるでコントみたいだったねー」「次だよ次、頑張ろー!」「いいねぇ、いいねぇ、青春だねぇ」
イヴが喧しく囃し立てる。更なるダメージを喰らい、喫茶店のテーブルに突っ伏す村田は、これからどうしようと考え始める。
またいつものように、オモチャを使い魔法少女と対面したとする。村田の目的は、彼女と顔を合わせることなので、この時点で目的は達成される。
しかし、何度顔を合わせたところで意味がない。なぜならば、彼女は村田に微塵も興味がないのだから。
「ああ、しんど……」
なんて相手を好きになってしまったのか。攻略難易度が高すぎる。そんなところもまた、嫌いではないのだが。
もしかして、本当にMなのかもしれない。
こうして、村田夕碁は一人、暮れるのであった。
◆
「――修学旅行、一緒に行けなかったのは残念だったな」
「なんでそれをあたしに言うのよ」
栗原晴之は、通路を挟んで隣に座る大崎みぞれに話しかける。彼らは今修学旅行の真っ最中である。話題に上がっているのは、五月の頭に栗原がしてやられた少女、宮城聖だ。
「いや、なんとなく? 知ってる? 俺って、姫さんくらいしか話せる人いないんだよ」
「知らないわね、そんなこと。貴方、外面は良いんだし女子が寄ってくるんじゃないの?」
そんなことはない、と首を振る。なぜかは知らないが、これまで栗原は女子の友達というものがほとんどいなかった。顔が良いのも自覚しているし、栗原自身女子が苦手というわけでもない。でも、なぜか。
「だから、姫さんは貴重な女友達なんだ」
「へぇ、あっそ。男子の友達は?」
「それもいない。そっちは理由わかってるけどさ」
栗原の顔が良いから。要するに嫉妬だ。
贅沢な悩みだと言われるかもしれないが、友達が少ないというのは存外堪える。決していないわけではない、しかし少ない。そうなると、その少ない友人を失わないように必死なのだ。精神的なストレスも大きなものになってしまう。
「その点、姫さん相手には遠慮とかないんだけど。なんでだろうなぁ」
「ホントよね。少しくらい遠慮しなさいよ。あたしの前であの娘の話をするなんて、いくら貴方でも許せないわ」
あの一件以来、大崎は聖を目の敵にしている。ヒーローだなんだとあれだけ好いていたのに、欲しいものが手に入らなかっただけでこれだ。栗原も苦笑するほかない。
自分が仕える姫は、こんなにも子どもらしく、愛らしい。
「まあ、そうね。一緒に来れなかったのは残念。あの娘だって友達が少ないでしょうし、修学旅行で独り暇を持て余しているのを見て笑いたかったかも」
「あっはは、素直じゃないねえ」
「十分素直よ」
そんな調子で会話を続けて数時間。新幹線が止まり、着いたのは雅な雰囲気香る街だ。確か名は、枕市と言ったか。
「さって、と。一日目は自由行動だったよな。姫さん、一緒に回ろうぜ」
「……もの凄く不本意なんだけど。これって一人で回っちゃ駄目なのかしら?」
そんなことを言うので、少し意地悪を言ってみる。
「駄目じゃないだろうけど、そんな姫さんを見て俺は笑おう」
「…………」
先ほど大崎が言った言葉だ。一人で暇を持て余す聖を見て笑いたかった。その立場に自分が収まるのを、大崎はきっと嫌うはずだ。
「仕方ないわね……」
ほら、ご覧の通り。
程ほどに街を見て回り、昼を回った頃だろうか。
「あー、ごめん。少し待ってて。トイレ行って来る」
「あまり待たせないでよ」
一言断り、トイレに立つ栗原。さっき見かけたのはどこだったか、と首を回しながらトイレを探すが、中々見つからない。
あれ、どこだったっけ……。そうして彷徨い、少しした頃。
「――ええ、この辺りでいいでしょう。やっちゃっていいですよ、美詩女」
ぞわり、と。嫌な予感が栗原の背中を走った。
声がした方を振り替える。そこにいたのは、枕市の雰囲気には合わないスーツ姿の女性。そして、その女性に連れられる小さな女の子であった。
その女の子の右手にはナイフ、左手にはフォークが握られている。そんなものを外で出すな、と思いつつ、危険な匂いを感じ取った。
「あの女の子が持っているアレ……もしかして、」
『Entertainment 〝Eater〟』
「ありがとう、ママ。――いただきます」
かつては栗原も有した力、その一つ。
オモチャの力が、発動された。
◆
全てはあっという間に終わった。
「大丈夫ですか?」
動くことができなかった栗原に声をかけたのは、漆黒のローブに身を包み、頭にはウィッチハットを乗せた小さな少女。その手には、魔法のステッキと言わんばかりのものが握られていた。
その奥では、フォークとナイフを握った女の子と、多くのぬいぐるみや人形が常人の域を超えた戦いを繰り広げている。が、それもすぐに終わる。
「な、んなのぉ……!」
「退きましょう、美詩女。目的は達しましたし」
スーツ姿の女性と女の子は、アッサリと引き下がり、つい今しがた戦いが起こっていただなんて思えないほどの静寂が広がっている。
「おーい、終わったぞォ」
「あ、はい。では帰ってどうぞ」
「あれ? 労いの言葉とかねェの?」
「何を言いますか。貴方がいきなり現れてウチの相手を奪ったのでしょう。責めないだけマシだと思って欲しいです」
少女と、ぬいぐるみを使って戦っていた少年がそんな言葉を交わす。
「キミたちは……」
「ああ、大丈夫そうですね。ウチらですか? そうですね、では――」
少女はハットのつばを左手で摘まみ、
「――通りすがりの魔法少女です、とでも言っておきましょう」
あれ、オレ魔法少女じゃねえ……。そんな呟きが聞こえた。
「あ、……栗原くん、何してるの」
「げ、姫さん……」
そういえば、栗原はトイレに立つと言って離れたのだったか。いつまでも戻ってこないからと、大崎が探しに来たのだろう。置いていかない辺り優しさを感じるが、それを言ったらきっと今以上に怒るに違いない。
「あまり待たせないで、って言ったわよね。どういうつもり? あたしをイラつかせたいの?」
「そういうわけじゃ……ありゃ?」
ふと目を離した隙に、魔法少女と名乗った少女と、ぬいぐるみを連れた少年の姿が消えてしまった。まるで、物事を解決した後すぐに姿を消すようにしていた聖みたく。
「……この街の、ヒーローか」
「ちょっと! 聞いてるの!?」
「聞いてる、聞いてるから」
オモチャなんてもう、自分には関係のないことだと思っていたけど、まさかこんなところで関わることになろうとは。
それにしても、やはりどこにでもいるものだ。ヒーローという存在は。この世から悪は消えず、なればそれも当然と言えよう。
しかし、川内市のヒーローとはまた随分雰囲気の違うヒーローであった。魔法少女とメルヘン少年。修学旅行中に、また姿を見れないものか。
まあ、無理だろうけど。
そんなことを考えつつ、本当に、これ以上はオモチャに関わることはないのだろうな、と考える。
「さあ、散策を続けるわよ」
「……あのー、姫さん。凄く言いづらいんだけど、いいかい?」
「なによ」
「俺、まだトイレ行ってないんだ」
「さっさと行ってきなさいよ馬鹿!」
背中に大崎の罵声を浴びながら、しかし栗原はまだ知らない。
これから先、彼がオモチャに関わらないなんてことは、有り得ないのだと。
存外すぐに、栗原晴之という少年は、再度オモチャを中心とした騒動に巻き込まれることになる。否、彼こそが、中心となる。
それはもう少しだけ、先の話。
紗凪、村田視点じゃないだけで別物になりますねこれ。




