第○二四話 『大河原圭介と白石小太郎の正義』
第四章エピローグ
――もう、やめようよ。こんな無意味なこと。
口にしてはいけない言葉を口にしたことを、ずっと後悔した。だから僕は、もう一度《正義の体現者》を結成したんだ。
◆
中学に進学し、小太郎とも疎遠になった。僕自身、彼を避けていたと思う。
合わせる顔がない……そう言って、逃げていた。僕が彼と並び立てるようになるには、為さねばいけないことがたくさんあった。
そのために、僕は仲間を集めることにした。今度はごっこ遊びでなく、本気で正義を体現できるように。
そうして、徐々に仲間が集まり、《正義の体現者》は新たに生まれた。昔とは違う、けれど悪を裁く、絶対的な正義を体現する者たち。
「このみんなで……僕は今度こそ、間違えないように」
正義として機能するようになったなら、小太郎を迎えに行くつもりだった。それまでは、このことは彼には秘密にしておこうと。
そうして、新生《正義の体現者》の活動が始まった。
だがまあ、昔よりも悪の定義が曖昧になってしまった僕は、中々動き出せずにいた。一体何が悪で、何が正義なのか。そんなことを考えるうちに、いつの間にか見知らぬ人物が《正義の体現者》の中にいた。
「なあ、圭介。こんな奴らは許せないと思わない?」
大和、という、僕らよりも年上の男は、いつの間にか溶け込み、しかし一員としてではなく、協力者という形で存在していた。いつ仲間になったのか、記憶が曖昧で定かではない。
いや、そんなことはどうでも良かった。その時の僕にはもう、悪を裁いて、正義を体現する。それ以外のことが、考えられずにいた。
だから、僕は大和さんが持ってきた情報を聞き、標的をソイツらに定めた。
暴力を繰り返す高校生集団。いまどきそんな奴らがいるのか、と疑問に思ったが、実際にその集団が暴力を振るっているのを見て、存在することを確認した。彼らの標的は主にヽ高校生。カツアゲやら何やら、やれることはなんでもやる、という感じの不良たちだ。
よくある話、よくある喧嘩。僕らは、彼らに宣戦布告をする。
「聞け、力を振りかざし、平和を脅かすクズ共が。――我々が今から貴様らに、正義の鉄槌を下す」
「はァ? ンだテメェ――ガッ!?」
僕らの作戦は、敵が少人数でいるところを、それよりも圧倒的に多い数で囲み、力で制圧するというもの。今思えばどうしてそんなことをしたのか。これでは、不良グループとしていることは同じではないか。
そんなことにも気付かず、正義執行を繰り返す。痛い目を見たのは、僕らだった。
やがて過激になっていく僕らの喧嘩は、近隣住民に目撃され、通報される。こんなはずではなかった。やらかしたのは、僕の目が届かないところでだ。
《正義の体現者》のメンバーが、独断で正義を執行したのだ。確実に、ボロが出ないように行われてきた活動は、その安易に起こした行動により露見し、仲間が何人か警察に捕まった。捕まった彼らは、自分のミスが招いた結果だと言い、主導は自分たちであると主張し続けたらしい。
こうしてまたも《正義の体現者》は解体。これが五年前の出来事。
仲間が捕まったというのに、僕は一人、のうのうと中学校生活を続けた。
こんなこと、続けていていいのか。そんなはずがない。
「――なら復讐しようぜ?」
声をかけてきたのは、またも大和という男であった。
そうして、仲間を捕まえた警察官の家に脅迫紛いの文章を送り続けた。文面は全て同じ、手法は変えに変え、次第に追い詰め、刑事は死んでしまったと、後で大和から聞いた。
そのときの僕には、罪悪感なんてものが微塵も存在しなかった。僕の正義を邪魔するから死んだんだ、当然の報いだ、と。
それが三年前の出来事。
そして今、高校三年生になり、小太郎と仲直りして、再出発を果たそうと計画を進め、しかし小太郎に拒まれた。
「お前の正義は、間違ってるよ……!」
あの時僕が口にした言葉。今でもハッキリと憶えている。それは、小太郎の正義を否定するものだった。
だから、悪いのは僕だったのに。
小太郎が裏切ったと仲間から聞き、僕は激しく動揺した。宮城聖がいたから、そんな素振りは見せないようにしたが……内心では、怒りが抑えきれなかった。
「なぜ僕の正義を否定するんだ、小太郎……――ああ、もういい。そうやって僕の――私の正義を否定する者は全て敵だ、悪だ。悪は――裁かねば」
すれ違い、否定し合い、だが本当は気付いていた。後に退けなかったのは、僕の方だ。
こう言うのもなんだが、きっと、僕は頑張りすぎた。もう少し、余裕を持てていれば結果も違ったものになったのかもしれない。
僕は、とうの昔に小太郎に許されていたのだ。
そのことに気付けないだなんて、
◆
「親友、失格だなぁ……」
その言葉を最期に、白石小太郎の親友は息を引き取った。無残な姿になり、最期に残す言葉がそれかよ。やるせない気持ちが、白石の胸中を蹂躙する。
「親友失格なのは俺の方だよ……クソ……チクショウ……」
結局、自分が伸ばした手は彼に届かなかった。互いに手を握れたら、この先の未来、もっともっと、それこそ過去の間違いを帳消しにするような人生を送れただろうに。
――許せない。
圭介を殺したあの化物は、絶対に俺が殺してやる――ッ!
そう決意するも、あの化物は白石が陥った状況と同じものだ。もしかしたら、大河原を殺すことこそが正しいことだと思い込んでいるのかもしれない。だとすれば、少し、哀れだ。
だから、そう。殺すのではなく。
「罪を、償わせる……」
一発ぶん殴って、そんで、謝らせて、でも殺さない。
殺してはいけないのだ、きっと。それこそが、二人がやり直そうとした正義なのだから――。
怪我も治り、無事に退院した白石は、《正義の体現者》の集会場に来ていた。
メンバーには既に、大河原圭介の死を伝えてある。そんな彼らが言ったのだ。
「お願いします、僕らの、リーダーになってくれませんか」
彼らだって、大河原の正義についてきた者たちだ。間違った正義を掲げ、間違ったことをして、バレットを追い詰めた。
そんな彼らだからこそ、だという。
「リーダーは……アレはアレで、いろいろ考えて、悩んで、迷ってたんです。でも、取り返しのつかないことだけはしなかった。そんなリーダーが、貴方を親友だって言ったんです。その人が掲げる正義に、僕たちは付いていきたい」
そんなわけで、白石は大河原圭介の後を継ぎ、《正義の体現者》のリーダーとなった。
「アンタには、本当に迷惑かけたよ、イーター」
「だから、変身してない時は名前で呼んで欲しいなぁ……あ、苗字じゃなくていいよ」
「そうか? そんじゃ……聖。《正義の体現者》はいろいろ間違えたけど、これからやり直していく。圭介と一緒なら、もっと良かったけど……そんな俺たちを、見ててくれるか? 正義のヒーロー」
白石よりも小さなヒーローは、あはは、と笑い、
「そんな器じゃないよ。私だって、まだまだこれからなんだし……うん、でも、たまには調子に乗ってみよう。キミたちの活躍、期待してるからね」
聖が差し出した右手の拳に、白石の右手の拳をぶつける。
親友に伸ばした手は届かなかったけれど、その手は、代わりに明日へと伸ばすことにする。
でもやはり、空いたもう片方の手が寂しいから、
「そっちの手で、見えないお前の手を握ってみようか――」
第四章-完-
次回番外編『魔法少女のオモチャ』。
少しずつ本編と絡ませていきたいですね。




