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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第四章 アナタの手を
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第○二三話 『逃走劇の閉幕』



「アア、ヤッパり、正義ノひーろーって……カッケぇなぁ」

 徐々に晴れて行く、白石の体を纏っていた瘴気。瘴気は少しずつ、けん玉の形を取り戻していく。

「やった……!」

 聖が見守る中、白石小太郎は……完全に、人の姿に戻る。

 背丈はちょうど、伊達と同じ程度だろうか。短く切り揃えられた髪は汗にまみれ、少年は膝をつき、倒れる。

「ははは……あー、しんどい」

「大丈夫!?」

 駆け寄り、白石の無事を確認する。見たところ怪我はないようだが、その精神の方はどうだろうか。

「えっと……自分が化物になってたの、憶えてる?」

「憶えてる、憶えてるよ……不思議な感覚だったぜ。自分が化物になってる自覚が、ねえんだ……自分の考えは間違っていない、何もおかしくない。違和感を力づくで黙らせるような何かが、あった」

「やっぱり……意識はあったんだ」

 力なく笑う白石を見て、殺さないで済んで良かったと、心からそう思う。

「初めまして、だな……イーター。いや、宮城聖か?」

「んー、変身してないときは、名前の方がいいかも? ま、そんなことどうでもいいよ。……生きていてくれて、ありがとう」

 聖の掲げた覚悟、そして正義は、きっと間違っていなかった。皮肉にも、それを否定した白石小太郎によって証明された。

 なぜ今回のような暴走が起きたのかはわからない。原因がオモチャであることだけは確かだが、何をどうすれば、この力が暴走してしまうのだろうか。

「ねえ、化物になる前、どんな状況だった?」

 問うも、白石は頭を振る。

「正直、夢を見ていたような感覚であんまり憶えてない。いや、夢の内容自体は思い出せるけど、眠る直前に何やってたか思い出せないような、そんな感じだ」

「そっか……」

 あまり期待はしていなかった。よくある話、こういう時は憶えていない場合が多い。そしてそれを責めるわけにもいかない。きっと、その原因は彼自身にあるわけではないから。

「――……なぁ、宮城聖。圭介は、《正義の体現者ジャスティス・メイデン》はどうなった?」

「怪我はしてるけど、全員生きてる。だから私は、まだアンタに意識があるって思ったの」

 聖が答えると、白石は心底安心したかのように、

「そっかぁ……! よかった……!」

 そう、呟いた。

 なぜなのだろうか。彼らは白石を悪と呼び、追い詰め、挙句には裁こうとしていたのに、なぜそう思えるのだろうか。

 聞くまでもないだろう。白石小太郎にとって、大河原圭介は幼い頃からの親友で。

いくら彼が変わってしまっても、過去は変えられない。

「友達、って、いいもんだねぇ」

「なぜそこでイヴに振りますか……」

「だって、友達って呼べるのイヴと、クラスメイトの一人くらいだもの」

「何気に悲しいカミングアウトですね」

 とにもかくにも、これで一段落だろう。怪我をした彼らの元に戻り、病院にでも連れていかねば。仲直りはきっと、その後でもいいはずだ。

 そう思っていたのだが、


「その悪を、裁け……イーター!!」


 声が、それを許すまいと響き渡る。

 声の主は片腕をダラリと下げており、マトモに機能していないことが伺えた。端整な顔は苦痛に歪められ、今にもポキリと折れてしまいそうなほどに不安定な体で、どうやってここまで来れたのか――そう、大河原圭介。《正義の体現者》リーダーである。

「圭介……!」

「その男は正義を裏切った悪だ、許してはならない! 我々はもう二度と、正義を違えることがあってはならない……悪は、例外なく裁く!」

 満身創痍もいいところだ。今の聖ならば、この少年を取り押さえるなど造作もない。

 しかし、ただ取り押さえたところで大河原は納得すまい。

「教えて。なんでそこまで、正義に執着するの。一度はアンタだって、正義を捨てたんでしょ?」

 この少年が語った昔話が本当であれば、最初に《正義の体現者》を裏切ったのはこの少年のはずだ。そのせいで二人は疎遠になり、すれ違っている。

「だからこそです! 私は……僕は、その男に戻ってきて欲しかった! そのために何をすればいいか考えて、考えて考えて考えてッ! やり直せるその日を願ってここまで生きてきた! その願いが、今になって果たされると、そう思っていたのに!」

「圭介……」

 白石が起き上がろうと、全身に力を入れる。しかしそれは叶わず、ドサッ、と再度地に伏す。

「それを、小太郎は否定した。僕の人生を、否定したんだ! 最初に否定したのは僕だったかもしれない。でも、小太郎なら……ずっと、夢を見続けようとした小太郎なら、わかってくれると思って……」

 聞いている限り、この少年の主張は酷く独善的で、どうしようもない。一度裏切ったのならば、裏切られる覚悟くらい、あって当然ではないのか。

 あるいは、それができないから子どもなのか。

「……圭介、ごめんな。頭ごなしに否定して、それで納得しろって言う方が無理な話だよな。恥ずかしかったんだよ。お前はこんなにも大きくなって、頑張ってたのに……俺は、昔から変わらないままだった」

 白石が、倒れたまま続ける。

「そんな、変わらない小太郎だったからこそ……」

「それじゃ駄目だ、駄目なんだよ、圭介。……いい加減、俺たちも大人にならなきゃいけない。変わらないままなんて、無理なんだ。だから、昔と同じじゃなくて、もう一度、」

 白石が、倒れたまま手を伸ばす。

 幼い頃からの親友に向かって、仲直りの握手として。

「――もう一度、初めからやり直そう。今度は子どもの正義じゃなくて、大きくなった俺たちの正義で、やり直そう。ごっこ遊びだった《正義の体現者》を。本当に、正義を体現できるように」

 白石が伸ばすその手を、大河原が掴もうと、必死で歩み寄ってくる。

「……なんだか良い話風にまとまりましたけど、これで本当にいいんですかね? イヴは納得できないことが山ほどあるんですけど」

「いいんじゃない? こういうのは理屈がどうとかじゃなくて、本人たちの気持ち次第なんだから」

 そう、聖が口を出すようなことではない。だから、ひとまずここは去ろうと考え、背中を向けた。

「――正義なんて、コロコロと形を変えるんだ」

 それでもヒーローは、正義を掲げ戦う。その正義はどれも全然違うもので、どれ一つとして同じものなどない。それでも、その全てを正義と呼ぶ。

 だから、あの二人の間にあるものもまた、一つの正義なのだろう。

 こうして、突如巻き起こった下町逃走劇は幕を閉じる。


 ◆






 はずだった。






 ◆


 背後で爆発音が鳴り響く。上がる悲鳴は一つ。一度聞いた、大河原圭介のものだった。

「……え?」

 続いて聞こえたのは、白石小太郎の呆然とした声。目のまで起きたことが信じられないと、その全てを否定しようと脳細胞が全力で回転している時に漏れる声。

 驚いたのは白石だけではない。聖もだ。あとは二人に任せようと背中を向けた方向に顔を向ける。そこでは、胴体を貫かれ、倒れる大河原圭介の姿があった。

 どう見たって、二度とやり直せない致死レベルの大怪我。まるで二人の仲を引き裂くかのように、大河原の体もまた、上と下とに分かたれる。



「――――ッッッ!!!!」



 夜空に猛る遠吠えは、先ほど聞いたのと同じものである。そして、一つの黒い影が舞い降りた。

 ザッ、と音を立て現れたのは、全身を黒い鎧のようなもので包んだ狼。狼と呼ぶには口が、牙が存在せず、代わりに顎と思しき部分に引き金のようなものがある。そして最も印象的なのが、両肩口に存在する大砲だ。その片方が、煙を上げている。

 状況から察するに、この黒い化物が大河原圭介を撃った。

「ヒジリさん、この化物、シライシさんと同じです!」

「それじゃあ、コイツも中に人間が!?」

 降り立った黒い化物は、聖を見据え、様子を見ているようだった。少なくとも、襲ってくる気配は感じられない。

「……アンタは、誰なの? どうして、殺したの?」

「…………」

 化物は答えない。双眸が貫いているのは聖か、それともその心の内か。

 何者かわからない化物は、やがて、無い口を開く。

「――僕ハモウ、ひーろーニハナレナイ」

「……え?」

「ダカラ、コレハ僕ノ、報ワレナイ復讐ダ。……間違ッテイルトシテモ、後戻リナンテ、ヤリ直スコトナンテ、デキナイ」

 どこかで聞いたことのある声、口調。その正体がハッキリとする前に、その化物は口を閉ざしてしまう。そして、右肩の大砲が上空に向けられ、

 ドォゥンッ!

 撃ち出されたのは煙弾。周囲に広がる煙が、化物の姿を隠していく。

「待って、どういうこと! 誰なの!? アンタは――」


 ――殺ス。僕ガ殺ス。


 その言葉を最後にして、化物は完全に姿を消した。晴れた煙は、酷い有様を持って、この場にいた三人に現実を叩きつける。

「おい、圭介、圭介ッ! おい!!」

「……こた、ろう」

 大河原圭介は、確実に死ぬ。この場でどうしようもなく、理不尽に。やっと本当にやり直せるはずだった二人は、やり直せぬままに終わってしまう。

「そんな……」

「……酷い」

 聖も、イヴでさえも、状況についていけず、ただ呆然とするほかない。

 あの黒い化物が、ハッピーエンドを、たったの一撃でバッドエンドに塗り替えてしまった。有り得ない。こんなことが有り得てはいけない。許してはならない。

 あの化物にはハッキリと意識があった。白石のように呑まれている気配もなく、冷静さを保ったまま、大河原圭介を殺した。

 怒りがふつふつと湧いてくる。だがそれと同時に、あの化物の言葉も気にかかる。

 一体、誰があの化物に――。

「――死ぬなよ、圭介ぇ!」

 親友の下に駆け寄りたくて、しかし体が言うことを聞かず。その手は、親友の最期を看取るために伸ばされたのではないのに。生きてやり直すために伸ばした手だったのに。

「クソ、動けよ、動け! なんッで……俺は、親友の傍にいることすらできねえのかよぉおおおお――ッ!」

 響く慟哭。あるいはそれこそが、獣の遠吠えであるかのごとく。

「……もういいよ、小太郎。十分、伝わった」

 掠れ声が、風に乗って白石の元へ届けられる。

 聖はもう、見ていられなかった。

 ……こうして、本当に、下町の逃走劇は、幕を閉じた。


 ◆


「ぐぅ、ぁあああ、ぅあ……」

 両腕をなくした状態で、大和は二つのサイコロを探し、這いずり回る。既に出血は致死量に達していて、いつ死んでもおかしくない状態である。それでも大和は死なずにいる。

 これはただ運が良いだけだ。そして、大和はその幸運をこそ力とする。

「サイコロさえ、あれば……俺は、まだ……!」

「――サイコロって、これのことですか?」

 声は大和の頭上から聞こえた。そして顔の近くに落とされる二つのサイコロ。間違いない、大和が探し続けたものだ。

「……アンタ、戻ってきてたのか、富谷トミヤさん」

「はい、つい今しがた。多賀城さんへ報告に伺ったところ、どうやら貴方が死に掛けているらしいので、助けてやれ、と。困ったものです。私には、貴方をどうすることもできないのに」

 タイトスカートから覗く脚が、大和の視界で楽しげに踊っている。嘘付け、コイツ、困ってなどいない。この状況を愉しんでいやがる。

「とんだドS女だ……」

「あら、そんなこと仰いますか。貴方こそ、そんな体になってまで喋り続けるだなんて、とんだドM男ですね。どうです、私たち相性良さそうですし、交際なんて」

「ざっけんな、婚活なら余所でやってよ。……後はもういい。自分でなんとかする」

 大和は二つのサイコロを口で咥え、その力を発動する。

『Entertainment 〝Gamble〟』

「賭けるのは俺の『命』……出目は、〝6〟と〝6〟だ」

「なぜそんな、不吉な数字を選ぶのでしょう。やはり貴方、Mなんですか?」

「言ってなよ。……ほら、結果が出た」

 転がされたサイコロの出目は双方〝6〟。見事当ててみせた大和の体から痛みが徐々に消えていく。

「一先ずは安心、ってところか……ああ、マジで死ぬかと思ったぜ」

「本当、不気味ですよね、貴方のその力」

「幸運の女神の力だ、不気味だなんて言ったら罰が当たる」

 未だ両腕は失ったままだが、どうせその内生えてくる。

「……で、どうだったんよ。ウワサの魔法少女は」

 どうにか起き上がり、富谷に問う。彼女は難しい顔をしつつ、ずり落ちた眼鏡を中指で上げながら、

「正直、予想外ではありました。まさかウチの子が翻弄されるだなんて……様子見のつもりでしたが、更なるオモチャ使いの介入によって、一旦退くことに。多賀城さんは、その力を知れただけでも嬉しいと仰っていましたが」

 遠方でヒーローのように扱われる魔法少女。その調査に富谷は当たっていた。どんな人物なのだろうか。やはり、バレットやイーターのようにむかっ腹の立つ性格をしているのか。

「……そういえば、バレットはどうなったのやら」

 大和の両腕を奪い、そのまま姿を消した彼は今頃、どうなっているのか。化物としてイーターに殺されたか、あるいは、生きているのか。

 おそらく、死んでいないだろうな、と思う。

「いつか、必ずこの手で殺してやるよ……バレット」

「あ、そうだ。大和さん」

 一人呟くと、突然富谷が顔を覗き込んでくる。

「な、なんだよ」

「……私、別に結婚を焦っているわけではありませんので。本当ですよ? 本当ですからね?」

 焦っているのだろう。まったくもって、どうでもいい。







あと一、二話ほどで四章終了です。

なんだか、書いててすごく長く感じたんですけど……。

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