第○二二話 『悪意の獣』
21話を加筆修正いたしました。(1/17)
さすがにしつこいですね!
「――なんだ、アレは」
川内ホールドアの最上階、さらにその上。展望台とも言える星空を存分に眺められる空間にて呟いたのは、色麻童であった。
下町に響き渡る二つの咆哮。おぞましい姿になって叫ぶ二人を見て、眉を寄せる。
色麻の疑問に答えたのは多賀城だ。
「アレこそが、キミたちが至った『神霊』とは対極に位置する『悪霊』だ。そして、我々大人がオモチャを使えない原因でもある」
血走った目で、下町で起こっている事件の様子を眺めながら、
「大人がオモチャを扱うと、あの悪霊に取り入られてしまってね……子どもでさえ、少し間違えればああなってしまうんだ。もっとどす黒く、薄汚い大人であれば必然的に」
ああ、悲しいよ。そう言わんばかりに、両手で顔を覆う多賀城。
「はて……妾も、一つ間違えればああなっていた、と」
「可能性としては有り得る。しかし、キミはオモチャをただ遊ぶためだけのものと考えているだろう? だから誰よりも早く神霊に至れたし、悪霊なんて存在に微塵も触れてこなかった。私だって、できることならそうしてオモチャで遊びたいさ。だが現実を知ってしまった。子どもではいられなくなった。――それでも夢を捨て切れなかった友人が何人も、オモチャを使って悪霊になっていく姿を見て、どうしようもなくなったよ」
その悪霊になった友人たちはどうなったのか。問いたい気持ちもあるが、この多賀城からマトモな答えが返ってくるとは思えない。薄気味の悪い返答が待っているだけならば、わざわざ地雷を踏みに行く必要もない。
代わりに思うのは、悪霊へと至ってしまった二人の子どものことだ。
「奴らは、戻ってこられるのか?」
悪霊になってしまった片方は、色麻にとって思い入れのある人物だ。初めて遊び甲斐がある相手として記憶していた彼は、今や人の形を保ててはいない。
多賀城は、色麻の問いには答えず、ただ笑みを浮かべていた。
「……ヒーローとは、難儀なものだな」
ポツリと零れた色麻の呟きは、風に流される。
◆
「GRululululalaaaaaaa!!!!」
黒い。黒く、黒く、ただ黒く。
オモチャから吹き出る瘴気のようなものが、白石小太郎の体を包んでいく。
今まさにぶつかり合わんとしていた聖は、その足を咄嗟に止め一歩下がる。
「な、なにこれ……イヴ? イヴ!?」
『わわわわかりませんよなんですかこれ気持ち悪い!』
オモチャに関する知識を持つというイヴですら、わからないというこの現象。確かなのは、これがオモチャによって引き起こされているという事実のみだ。
オモチャの持つ固有能力なのか。否、とてもそうとは思えない。白石の持つオモチャは、〝Lancer〟と〝Hammer〟という文字列を浮かべていた。複数の力を持っているのは聖もなので、そこに驚くことはない……が、
「三つ目の力、って言うには、気持ち悪すぎる……!」
ドロドロとした悪感情。粘っこく、この路地一帯に蜘蛛の糸が張られたと錯覚するほどに重い。黒い。黒く、黒く、ただ黒く。
「GRulululu......」
白石を取り巻く瘴気が落ち着いた頃、そこには黒い化物が存在していた。
低く唸り続けるその化物には、目が無かった。本来目があるべき場所には代わりに、二本の角が生えている。それもまた黒い。
人間の腕にしては太すぎ、人間の足にしては短すぎ、胴体は細い腰に肩を支える胸筋。言うなれば、そう、ゴリラだとか、その類である。
『Evel Sprit 〝Beast〟』
その両腕が、振り下ろされていた。
「え、」
過去形である。いつの間にかその腕は振り下ろされ、聖の真横を薙いでいた。当たりはしなかったものの、不意を突かれたことによる動揺は大きい。
右足元、そして左足元。コンクリートの地面に、鉄球が二つめり込んでいる。その鉄球に付いている鎖は、化物の両腕に繋がっていた。まるで、けん玉のように。
「GRurururu……Ulalalaaaaa!!」
「ぐうッ……!」
化物が跳躍し、聖に迫る。頭部にある二本の角が、聖を刺し殺さんと迫る。
『ガブッ!!』
――咀嚼対象《距離》。再起動、準備。
久々に発動するベルトの咀嚼機能。喰った距離は聖の左側に広がる空間のもの。その距離が消えたことにより、聖の体は数歩分、左にズレる。
「イヴ! なんで避けたの!? 私の後ろには――」
《正義の体現者》のメンバーと、そのリーダーが、為す術もなく吹き飛ばされた。
ドシャッ。路地に響き音は、複数の人間が落ちる音。悲鳴を上げる暇すらなく、彼らは叩きつけられる。その中には、大河原も当然いた。
「ぐぅ……あぁ、ああああ!」
どこか骨が折れたのだろうか。大河原は端整な顔を歪め、のたうち回り、遅い悲鳴を上げた。
『よ、避けなきゃって思って……つい』
イヴの声はどこか震えているように聞こえた。悪気があったわけではないだろうが、今のは失敗だった。何が何でも、聖が止めねばならなかったのに。
『でも、あんなのを喰らったらいくらイーターでもタダじゃ済みません!』
「イーターがタダで済まないものを、変身できない人たちが喰らったらどうなるの!」
呻き、苦しむ彼らから意識をそらさせなければ――!
「くぉんの化物ォ――ッ! こっち向けコラァ――ッ!」
化物が、ゆっくりと首を聖のいる方に向ける。そして一瞬でその距離が詰められた。
「いィ……!?」
『吐きますッ!』
イヴが、喰らったばかりの《距離》を吐き出し、聖の体は先ほどと同じ位置に戻った。聖がいた場所を化物が途轍もない速度で通過し、勢い余って二本の角が路地に突き刺さる。
――ふと、違和感が過ぎる。
「ん? あれ?」
『どうしましたかヒジリさん、ここで余所見はマジで死にますよ!』
「ああ、うんごめん。今の回避はナイスだったよイヴ!」
『責めたり褒めたり忙しいですねぇ!』
違和感は一瞬で消え去った。何か、大事なことだった気がするのだが、今はそれよりも。
「この化物をどうにかしなきゃ……」
間違いなく、この化物は白石小太郎である。……言うまでもないが、人間だ。
真に化物であれば遠慮はいらないのだが、中に人間がいる。この化物を殺すと、中にいる人間も殺すことになる――その考えが、聖の動きを鈍らせている。
どうすればいいのだ、この状況。
「ああ、もう、もう、もう!! イヴ、トランス! モデル〝Heater〟!」
ベルトに手をかざし、文字列が浮かび上がる。
『Entertainment 〝Heater〟』
聖の全身が炎に包まれ、その様相が変化していく。
黒を基調とした衣装は反転、紅を基調としたものに。黒髪は燃え、パーカーも、ロングスカートも燃える。そのスカートには長い切れ込みが入っていた。
「さあ、このすばしっこい化物に喰らい付こうか――ッ!」
解決策は、考え中。
◆
「これが、多賀城さんが言っていた……」
大和は、目の前で瘴気に呑まれ行く伊達を見ている。瘴気は大和のサイコロが放った粉塵を吹き飛ばし、生き物のように蠢きながら伊達を包み込む。
倒れる伊達はそれに抗うこともなく、瘴気を受け入れている。
「『悪霊』、だっけ。こんな気持ち悪い力が……このオモチャの中に」
このままでは伊達が悪霊と化してしまう。その前に、止めねば。
「俺の作った盤面に、こんなマスはないんだけどなぁ!」
『Entertainment 〝Ganble〟』
サイコロの一つが形状を変え、五×五のマスになる。それぞれのマスには数字が書かれていた。形状を変えたサイコロは伊達の頭上へと移動する。
「さーって、ルーレットスタート!」
もう一つのサイコロは九九番まで数字の存在するルーレットになる。それが高速で回転し、止まり、回っては止まりを繰り返す。一度止まった数字は消え、ルーレットは回り続ける。
そのループが、まずは五回。
「よっしゃ、ビンゴ!」
消えた数字五つ。伊達の頭上にあるマスが五つ、破裂した。
――要するに、ビンゴである。
マスはその一つ一つが爆弾であり、ルーレットによって消えた数字とマスが対応している。消えた数字が縦横斜め、いずれかで一列揃えばビンゴ。爆弾の五連鎖というわけだ。
ちなみに、大和のビンゴは真ん中がFREEではない。それでも問題が無いほどに、大和は運が良い。
「そら、二列目ビンゴ!」
再度マスが爆発し、瘴気に呑まれる伊達に攻撃を与える。爆煙によって、伊達がどんな様子なのかは見えない。しかし、無事ではないだろう。
三列目、四列目と爆発して行き、五列目。全てのマスが消えた。
「上から順に五列。被り、外れなし。やっぱ俺の運すげー」
このオモチャは自分と相性ピッタリだ。伊達が悪霊になろうがなるまいが、どちらにせよ殺そうとしていた。予定とは少々違う形になってしまったが、大方の目的は達成である。
「本当はもう少し、いたぶってから殺すつもりだったんだけど……まあいいや。あっはは、川内市の二大ヒーロー、その片割れが死亡! もう一人の方は大河原が上手く嵌めてくれるだろうし……――」
『Evel Sprit 〝Beast〟』
大和の左腕が吹き飛んだ。
「――――ぁ?」
煙が一直線に晴れ、その向こう側には銃口が存在していた。銃口と呼ぶには大きすぎ、大砲のソレと称した方が正しい。
ドォンッ!!
もう一発、今度は右腕が吹き飛ばされた。
「ぁ、あ? おぉお、おおお?」
血液は遅れて噴出した。
煙が完全に晴れ、現れたのは金属の鎧を纏った化物だった。
四つ足で狼のように立ち、その全身に黒い光沢が見られる。顔に当たる部分、顎と思しき部分には引き金のような形をしたものが付いていた。
そして印象的なのは、その両肩口に存在する二つの銃口。それが大和の両腕を奪った銃弾を放ったのだろう。
「Fshulululu……」
ああ、ああ。これが『悪霊』。
「――ッぃぁあああああああああ!!!! 腕、俺の右う、ああ、ァああああああああああああああああああ!!!! 左もない、全部ない、無い、俺の、俺のォおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
狂い、叫び、喉を枯らす。何も見えない、聞こえない、感じない。腕があるべき場所に腕がない。ない、ない、ないないないなiなinaいnainai――。
両腕が、ない。
倒れる体を抑える両腕がない。這い蹲るための両腕がない。立ち上がるための両腕がない。その喪失感は大和を極限まで追い詰め、狂わせ、腐らせる。
そんな大和を一瞥し、化物は吼える。
「――――――――ッッッ!!!!」
遠吠えは、さほど遠くない聖たちにまで聞こえることとなる。
◆
倒れる《正義の体現者》たちから引き離そうと戦っているうちに、舞台は打ち捨てられた公園となっていた。
「せいやァアアアア――ッ!」
炎の翼による推進力が、聖のキック力を増加させる。まるで流星であるかのように、聖を炎が包んでいた。
そのキックは、しかし化物には当たらない。当ててはならない。
化物のすぐ傍に着弾し、その余波が化物を吹き飛ばす。即座に構え、例の突進に備える。
『ヒジリさん……』
キックを外したことをイヴが責める。だが、それでも……!
「私は、私は……!」
覚悟を決めた。この街を守るために戦うと決めた。お遊びはここまでだ、と決めた。なのに、人一人殺せやしない。
『あれはもう人じゃありません、見ればわかるでしょう!?』
「なんでそんなことが言えるの!? 暴走してるだけ、白石小太郎って人は、まだ生きてる! そうは思えないの!?」
こんな時、バレットならば。伊達ならば。ああして苦しむ彼を、殺してやれるのだろうか。
「――あ、」
繋がった。違和感の正体が、ハッキリとした。
この違和感が本物ならば、やはり、白石小太郎の意識は消えていない。
「……イヴ、やっぱり生きてるよ、あの人。殺しちゃ駄目だ」
『生きていたとして! あんなの、どうやって止め――』
「止まるよ、きっと」
そして、聖は変身を解いた。
「え、な、何やってるんですか!」
変身を解いたことにより、ベルトとの同化が解けたイヴが聖の横でわーわーと喚く。
なびく黒髪。いつも通り、セーラー服の上にサイズの大きいパーカーを着た、単なる女子高生の宮城聖が現れる。
イーターでもない、正義のヒーローでもない。この姿では戦うこともできず、悪を裁くなんてこともできない。今の姿の聖は、正義を体現することなどできやしない。
「初めまして、白石小太郎さん。私は宮城聖です。突然襲い掛かってごめんなさい」
イヴが、信じられないものを見た、と言わんばかりに目を見開いて驚いているのがわかる。襲い掛かってきたのは、どう考えたって化物の方だろう、と。
そうではない、そうではないのだ。この白石は被害者である。やはり、《正義の体現者》の方が悪に近い。
しかし、白石は悪を裁くために殺す、なんて真似はしない優しい男なのだろう。違和感の原因は、その心にこそある。
「ねえ、イヴ。言ったよね、この化物の突進を喰らったら、いくらイーターでもタダじゃ済まない、って。そして私はこう返した」
――イーターがタダで済まないものを、変身できない人たちが喰らったらどうなるの!
当然、より悲惨な結果になるはずなのだ。しかし、
「あ……彼らは、死んでない」
「吹き飛びはした。怪我もした。けど、あそこにいた人たち全員、それだけで済んだんだ。コンクリートの壁もぶち壊すあの突進を喰らって生きてるなんて……あの人たちが普通の体なんだとしたら、この化物が踏みとどまった証拠」
そして、踏みとどまるだけの理性が残っている証拠でもある。
だから白石の意識はまだ生きている。殺してはいけない。生かしたまま、元の状態に戻さなくては。
聖が変身を解いたのは、この状態であれば白石の理性が表に出てきてくれるのでは、との思惑からである。彼は、変身した聖だったからこそ加減ができなかった。
「一か八かの賭けだけど……きっと、私はこの賭けに勝てる」
「なぜ、そう思えるんですか?」
そう問われるだろうとは思っていた。だから、答えは考えてある。
「女の勘よ!!」
自信満々に、馬鹿らしく、大声で叫んでやった。
「……言いたかっただけじゃないですか、それ?」
イヴに呆れられてしまった。しかし、聖は微塵も疑ってはいない。白石は、聖を襲わないと。
その証拠とでも言うべきか、こんなアホなやり取りをしている間、白石は聖に襲い掛かってこない。静かにこちらの様子を伺っている。
やがて、
「……ヒーロー」
化物が、そう言葉にした。
「ヒーロー、ヒーロー……ミヤシロ、ヒジリ……!」
「お、おぉう。そうです、聖です」
喋った。獣らしい唸りしか上げなかった化物が、初めて喋った。やはり、聖の見立ては間違っていなかった――そう喜んでいたのだが、
「ナゼ襲ウ、ナゼ間違ウ……正義ハ、正シイハズナノニ……! オ前ハ、間違エタ! 正シクナイ! ヒーローナンカジャ、ナイ――ッ!」
……あれ?
少し、雲行きが怪しくなってきた。
「――――――――ッッッ!!!!」
さらには、どこかから遠吠えまで聞こえてきた。空気の震え方が、目の前にいる化物の唸り声と似ている。もう嫌な予感しかしない。
「ヒジリさん、少し、痛い目見てみます?」
イヴがさっさと変身しろと促してくる。実際、今すぐ変身して化物の攻撃に備えた方が良いのだろう。
しかし聖は、ついに腰に当てていたベルトを外した。完全に、戦う意思を捨てている。
「嫌だなぁ、イヴ。まだ私は賭けに負けてないよ?」
「どう見たって負けでしょう……! 理性らしきものはあったかもしれません。けど! 襲う気満々ですよあの化物!」
それならそれで構わない。
だって、この化物は――白石小太郎は言ったのだ。「なぜ襲う」と。つまり、聖が最初に襲ったと考えているから、白石も襲ってくるのだ。ならば、聖から襲わないという意思表示をしなければいけない。
聖が彼を襲うのは間違っていて、それはヒーローではない。そう口にしたのだ、彼は。その理性を持って。
「だから、私はもう戦わない」
「ヒジリさん――ッ!」
これが、私の覚悟。
死んでも構わないという、私の覚悟――ッ!
――――――――。
――――――。
――――。
化物は、聖に襲い掛からなかった。
◆
ああ、眩しい。どこまでも暗く、閉ざされた空間で彼はそう思った。
ああ、苦しい。どこまでも明るく、まっすぐな彼女を見て彼はそう思った。
ああ、自分はどこまで醜く、愚かだったのか。
ああ、ヒーローは、やはりヒーローなのだ。間違えていたのは自分の方だった。
彼は、暗く閉ざされた空間に伸びた一条の光を求め、手を伸ばし始めた。
いつまでも拗ねているのはやめよう。
ああ、眩しい。そろそろ、目を覚まさねば。
彼は、夢から醒める。
◆
一方で彼は、暗く、閉ざされた空間で自らに問う。
自分は間違っていたのだろうか。振りかざしてきた力は、守るためのものではなかったのだろうか。
殺してはならない。殺してはいけない。殺しては駄目だ。
その願いを踏み躙り、多くの人間を手にかけ、それを守るための力だと豪語してきた。
違う。この力は、奪う力だった。他者の命を救うために、他者の命を奪った。
それが、今まで為してきたこと。
どうしようもない大罪を犯した、彼の正義は、どこへ行くのか。
化物の描写って難しいですね。
唐突ですが『女子高生のオモチャ』の略称『生チャ(なまちゃ)』ってよくね? と思いました。生茶を飲みたいと思ったら生チャを読み、ご友人が生茶を飲みたいと言ったら生チャを勧めてみてはいかがでしょう(宣伝)




