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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第四章 アナタの手を
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第○二○話 『五年前の事件』



「ああ、見なよ」

 日が沈みかけ、下町が黄昏に染まる。

 都市開発が進む新都を背に、大型複合商業施設――川内ホールドアの屋上にて、青年が呟く。その手の中には二つのサイコロがあった。

「あの男が追われている。ははっ、父親は誰かを追うためにこの街を走っていたのに、彼は追われているんだ。滑稽だよなぁ」

 影は一つ。声も一つ。答える者はいない。

 はは、ははは。笑い声が風に乗って下町へと飛んでいく。バサバサとはためくコートがその声を掻き消さんとする。

「追いかけられて、捕まって、そして後悔しやがれ。――ヒーローなんてなるんじゃなかったって。悪目立ちでしかなかった、って」

 サイコロを握る手に力がこめられる。ギャリギャリと音が鳴り、互いが互いを削る。

 ふっと力を抜き、いつの間にやら笑顔が消えていた表情に、再び笑顔が咲く。否、笑顔が裂く。端整なその顔を、口が三日月のように裂いていく。

 獣のように獰猛な笑みだった。

「さあ、ゲームを始めようぜ。俺が賭けるのは『人生』、お前が賭けるのは『未来』だ。この先真っ当に生きられるかどうか――面白えだろ?」

 手の中にあるサイコロを投げる。二つのサイコロはその形を変え、一つは巨大なサイコロに、もう一つは巨大な盤面になった。

 その盤面には道があり、それが複数のマスに分けられている。まるで、それは、

「まずは俺の手番。そら、〝6〟が出た」

『Entertainment 〝Gamble〟』

 盤面にある駒の一つが、六マス進んだ。


 ◆


「こっちだ!」

 悪かった体調も少しばかり楽になり、手を引かれなくても走れるようにはなった。元々ある程度体力には自信がある。しかし、それでも、

「す、少し休ませてくれ……!」

「あぁ!? んな悠長なこと……いや、そうだな。なんで逃げてるのかわからないままじゃ、いざって時に迷いが生じるか。もう少しだけ走れ。休める場所を探す」

 言って、白石は暗くなってきた路地を進む。急いでいた先ほどまでとは違い、気持ちゆっくりになった。

「聞きたいこと、あるんだよな? 言われなくても全部教えてやるよ」

「…………」

 どう考えたって自分より幼い少年が、どういうわけか伊達よりも強い背中を持っている。後ろ姿を見ればわかる。白石は、今の伊達より遥かに強い。喧嘩とかそういう意味ではなく、心が。

 やがて辿り着いたのは、路地にあった扉。どこかの裏口だろうか。鍵は壊れていて、どうやらもう使われていないらしいということがわかった。

「ここなら大丈夫か……ほれ、中入りな」

「ああ……」

 転がり込み、そのまま床に座る。ようやく息をつける、という安堵から緊張が解け、大きなため息をついた。

「悪かったな、事情も話さないで。でも急いでたんだよ」

「……言い訳を聞くのは、納得できてからだ。一体この街で……下町で何が起こっている? あの脅迫の正体は――」

「一つずつ、だ。えーっと……そうだな、アンタが脅迫って言ってるアレ、俺の元仲間の仕業だ」

 ――お前を見ているぞ。

 かつて、この言葉は伊達を、そして伊達の父を苦しめた。二年前、当時の伊達は大学受験を控えた高校生だった。父のような立派な警察官になりたくて、とある脅迫にも耐え、必死に勉強して、そのための一歩を踏み出そうとした受験当日。

 伊達の父は……伊達旭日アサヒは死んだ。

 父が倒れた、との報せを受け、伊達は受験を放り出し父の運ばれた病院へと向かった。しかし時既に遅し。そこにあったのは、心臓が止まり、息をしなくなった、意識の無い父親の姿だった。

「その時の脅迫文を使ってお前を煽った……それが、俺が元いた集団《正義の体現者》だ。リーダーは大河原オオガワラ圭介。幼い頃からの付き合いだ」

「大河原……そいつが、僕を」

 息が荒くなっていく。意識が熱に呑まれ、目の奥が真っ赤に染まる。

「落ち着け! まだ聞きたいことがあるんだろ?」

 ――――。そうだ、まずは、この男から全てを聞き出してからだ。

「それで、その大河原って奴はどうして僕を狙う。過去を抉り出してまで」

 心当たりが無いわけではない。バレットという存在は既に、この街では有名になりすぎている。犯人を殺す、という解決法も相まって、過激なヒーローとして。

 殺した中の誰かの敵討ち、など、想像できよう。

「いや、そういうことじゃないんだよ」

 しかし白石はそれを否定する。

 どういう意味だ、と問おうとする前に、白石がその先を続ける。

「俺はお前に言ったよな、『五年前の事件、その再来』って。平静を保っていなかったからか知らないけど、お前は突っ込まなかった。その脅迫文の事件は二年前だろ?」

 ああ、そういえば確かに。無意識の内に、脅迫文の事件だと思っていたが……そうだ、伊達の父を死に追いやったあの事件は、二年前だ。

「なら、五年前に何があったっていうんだ」

「アンタの親父だよ。刑事だったアンタの親父が、五年前の事件に関わっていた」


 ◆


 先に話をしておこう。《正義の体現者》っていうのは、俺と大河原がごっこ遊びに使っていた名前だ。ヒーローに憧れた小学生二人が、悪ガキをやっつけようとするごっこ遊び。

 その大抵は勝てず、自己満足で終わっていた。喧嘩は弱かったんだ。

 でもそのままじゃ駄目だ。悪は懲らしめなきゃ、勝たなきゃ、って焦った俺は、仲間を集めようとした。二人で勝てないならもっと大勢で、奴らを懲らしめるんだって。子どもだよな、この考え方。正義に非ず、卑怯な考えだ。

 だがもっと卑怯な奴らがいた。俺が声をかけた連中だ。

 奴らはこぞって俺を敵視した。余計なことしやがって、って、そんな目で俺を見たんだ。

 許せなかった。何よりもコイツらが悪なんじゃないかって思いもした。……だけど、気持ちがわからないでもなかったんだよ。強い奴に歯向かう方が馬鹿だって、そう思うのも。

 だから結局、俺と大河原の二人でやるしかないって思って、それで、

「――もう、やめようよ。こんな無意味(ヽヽヽ)なこと」

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 他の奴らが言うなら理解できた。だけど、圭介は、圭介だけは! 俺と一緒に正義を体現しようと戦ってきたのに! なんでそのお前が俺を裏切る!

 そうして小さな《正義の体現者》は解散。お互いあまり話さなくなって、そのまま中学に上がってからも疎遠だった。

 だから、知ったのはつい最近だ。

 中学に上がった圭介が、俺の知らないところで《正義の体現者》を再結成し、五年前の事件を起こしたんだって知ったのは。



俺と圭介が再会したのは二ヶ月前、偶然だった。違う高校に入った俺たちが会うのはたった一年ぶりのはずなのに、随分大人びていたよ。

 そこで奴は言ったんだ。

「小太郎、私は――僕は、またやり直したいよ、キミと」

 新しく《正義の体現者》を作ったって言って、この街がオモチャっていう脅威に晒されていることを知って、それを守るために、今度こそ戦おうって誘われて。正直凄く嬉しかった。あの圭介が、ここまで強くなってるなんて。

「ああ、ああ、ああ! やろう、今度こそ……俺たちが、悪を裁くんだ!」

 高校生になっても、俺はガキのままだったって実感した。

 だけど、圭介はガキのままじゃなかった。

「――バレットを、裁く?」

「うん、そうだよ。これがその計画」

 並べられた言葉は、いかにしてバレットを追い詰め、精神的に殺すか。その計画の概要だった。

「なんでだよ……バレットはヒーローだろ? この川内市を守ってる、正義なんだろ!?」

「違うんだよ、騙されちゃ駄目だ。知ってるかい? バレットは犯罪者を裁くために、殺しているんだ。結局はアイツも……父親と同類だったってことなんだよ!」

 バレットがオモチャを使い事件を起こした犯罪者を殺している、という話は知っていた。しかし、だからといって、街を守るために戦うヒーローを裁くなんてことが……、

「それが、正義なのか? お前の……」

「そうさ。だから、一緒に戦ってくれよ、小太郎。……これがそのための力だ」

 渡されたのはオモチャのけん玉だった。

「これ、ウワサのオモチャか……? なんで圭介がこんなものを」

「五年前に知り合った人がね、今でも協力してくれている。その人がくれたんだ、これは悪を裁く力だ、って。僕も貰ったよ」

 ――五年前。

「教えろ、お前は五年前、誰と知り合ったんだ。何があったんだ!」

 川内市に蔓延しているオモチャ。凶悪な事件をも起こすその力を圭介に渡した人物。嫌な予感がして、聞いたんだ。

「そうか、そういえばあの頃は、僕らは疎遠だったね。……五年前、僕は再結成した《正義の体現者》で、正義を執行した(ヽヽヽヽヽヽヽ)。その時に力添えをしてくれたのが――」


 ◆


「――大和ヤマトさん、という男らしい」

 長々と話していた白石は、そこで一息つく。

「大和……か」

 白石と大河原の、オモチャの入手経路は伊達とは異なっている。伊達のモデルガンは、クリスマスの朝、枕元にいつの間にかあったものだ。この違いはなんなのだろうか。

「さて、本題に入ろう。ようやく五年前の事件の話になるわけだけど。知らないか? 五年前、この下町で暴力事件が起きた。それもかなり大規模な」

「いや、知らない」

 伊達は新都に住んでいて、下町の方には滅多に来ない。今日だってこちらを訪れたのはたまたまだ。そのたまたまで、こんなことに巻き込まれることになったのは幸か不幸か。こうして、何かがハッキリしようとしている。

 二年前の事件、五年前の事件、父親の死。その全てに関わる何かが、ここで起きている。

「その暴力事件の主導者が……圭介だったんだ。アイツは悪さをした奴を裁こうとして実力行使に出たんだよ。きっとそうするように煽ったのが、大和って男だ。その事件で《正義の体現者》の当時のメンバーが何人か捕まった。……それを捕まえたのが、」

「親父、なのか」

「そういうこと」

 つまり、今日の一連の出来事は『伊達夜』という人間への恨みではなく、

「『伊達旭日』……親父への復讐。でも親父は死んでるから、息子の僕を」

「もう圭介が掲げてるのは正義でも何でもない。アイツは……堕ちちまったんだよ。それを察した俺は、圭介の計画をぶっ壊そうと裏切った。だけどアイツはもう、計画を実行に移してやがった」

 それが今日。

「なあ、バレット。お前はもう下町を出ろ。お前が下町からいなくなれば、圭介の計画は破綻する。俺の目的の一つが叶うんだ」

 そうやってすがり付いてくる白石の目は、この逃走劇を始める直前のように、昏く光っている。

 逃げる。そうすれば、もう、伊達は苦しまなくて済むのだろう。しかし、それでは、

「……駄目だ! 僕は、逃げちゃいけない。そもそも、逃げられない!」

 ――お前を見ているぞ。

 どこまでも伊達を追いかけ、追い詰めてくる脅迫。逃げることができないのだとしたら、今ここで、断ち切るしか手段は無い。

 伊達の『未来』を、臆病に生きないためには、それしか。



「――よくわかってる。お前は逃げられない、ブラッド・バレット」



 いつからそこにいたのか、路地の扉が開き、そこに一人の青年が立っていた。

「お前が『未来』に生きることはねえよ。一生『過去』に引きずられ喘いでいろ」

「……お前、あの時の」

 思い出されるのは一ヶ月前。色麻童の襲撃を受けた日。

 爽やかな笑顔を浮かべ、宮城聖をナンパしていた男。

「憶えていてくれたんだ、嬉しいねえ」

「なんでここにいる……!」

「なんで、か……――俺の名前が、大和だ、って言ったらわかるんじゃない?」

 その言葉に激情を見せたのは伊達ではなかった。

「テメェが、小太郎を――!」

 懐から取り出したけん玉、その突起部分が延びた。

『Entertainment 〝Lancer〟』

「おっと、激しいなぁ。落ち着けよ」

「アイツは優しかったんだ。臆病だったんだ、弱かったんだ! それがどうしてあんなになってる!」

 振るわれる刺突のことごとくをかわし、大和は笑う。

 路地に転がり出た小太郎を追い、伊達も外に出る。

「いいことじゃねえか。臆病だったのかあんなにも大胆に、弱かったのがあんなにも強く。成長したんだろ? 褒めてやりなよ」

「大きくなっても、その心が悪なんじゃ意味がねえ……」

『Entertainment 〝Hammer〟』

 刺さりっぱなしであったけん玉の鉄球が巨大化する。それが大和に向かって――、

「お前たちの相手は俺じゃないんだけど。良いの? 彼ら、ここにもうすぐ来ちゃうぜ」

『Entertainment 〝Gamble〟』

 突然現れた巨大なサイコロ二つに防がれる。そのサイコロが爆発し、粉塵を撒いた。それが晴れた頃にはもう、大和の姿はなかった。

「げほっ、……ああ、チクショウ!! 逃げるぞ、バレット! アイツの言葉が本当なら、《正義の体現者》が来る!」

「また逃げるのか!?」

「ああ、そうだよ! 今のアイツらには大和から貰ったオモチャがある! オモチャ無しの喧嘩なら負ける気はしねえけど、オモチャを使った喧嘩なら数が多いほうが圧倒的に有利だ、正直勝てる気がしねえ!」

 クソ、すぐそこに答えがあったのに。

 全てが解決する、その答えが目の前まで、手の届く位置まで来ていたのに――!

「クソがぁああ!」

 伊達の叫びが、夕日が差し込む路地に響き渡る。


 ◆


「皆さん、裏切り者の位置がわかりました。それと――バレットの居場所も」

 リーダーの少年が携帯電話で、メンバーにそう伝えた。

「どちらも我らの正義を邪魔する者です。すぐに向かい、正義の鉄槌を!」

「ちょ、ちょっと待って。バレットは今、下町にいるの!?」

「ええ、そのようです。協力者から情報が」

 バレットは基本的に新都を中心に活動している。自然、住んでいるのもその辺りだと考えるべきだ。そのバレットがなぜ下町にいるのだろうか。

「さあ、宮城さん。貴女の力を貸してください。悪を裁くのです」

 悪? 白石小太郎が、ブラッド・バレットが。そんなはずがない。そんなはずがない、けど、

「……考えるより、動かなきゃ」

 嘘と本当と、いろんなものがぐちゃぐちゃになっているのなら、この目で真実を確かめねばならない。

 そうだ、確かめて、それでこの少年を笑ってやればいい。ほら見ろ、悪なんてどこにもいない。いい加減にしやがれ、と。

「行くよ、イヴ」

「モヤモヤしっ放しは、嫌ですもんね」

 聖は集会場を飛び出し、伊達と白石のところへ向かう。

 まるで、そうするべきだと言わんばかりに。


 ――何者かに、導かれるかのように。




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