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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第四章 アナタの手を
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第○一七話 『夕暮れの影』

伊達くんメイン(たぶん)章、開幕です。

 複数の足音が追いかけてきている。

 ああ、なぜだ。なぜなのだ。なぜこうなってしまったのだ。

 ただ街を守るヒーローになりたいと、そう願って、なぜ悪人にされなければいけないのか。

 何かおかしいのだろうか。街を守るためだと謳うのがそれほどまでに悪なのだろうか。もしそうなのであれば、自分が尊敬して止まない、川内市の二大ヒーローは悪だというのか。

 そんなはずがない。彼らは紛うかたなき正義だ。

 例えばこんな時、自分を助けてくれる。そんな、正義を体現したかのようなヒーローこそが、イーターとバレットであり――、

「あ、」

 転んでしまった。マズい、もうそこまで迫っている。

「いたぞ、あそこだ!」

「悪に、正義の鉄槌を――!」

 何が悪だ、何が正義だ。お前たちなんかに、ヒーローになる資格はない。

 ――だが、そうだ。勝てば官軍、負ければ賊軍という言葉もある。自分の主張は、ここで勝つことでしか通らない。負ければ単なる負け犬の遠吠えなのである。

 だから、立ち向かわねば。

 いかに自分が非力で、敵がどれほどの数であろうとも。

 ここで覚悟を決め、自らが正義であると証明せねば、報われない――ッ!

「クソぉおおおお――ッ!!」

 立ち上がり、己の武器を構える。それは、とある人物から譲り受けたオモチャ。……ああ、元はと言えば、この力を手にしたから、自分は夢を見たのだったか。

「うぉぁああ!」

 手にしたけん玉――剣玉を振るい、なだれかかってくる敵を屠っていく。殺さず、致命傷を避けつつも、しかし確実に一人ひとり戦闘不能に追いやっていく。

 戦える。まだ拙いけれど、戦える。

 正義のヒーローになる。いつか子どもの頃に思い描いた夢。大人になって、力を得て、ようやく叶うと思った夢。

 この場で立ち塞がる敵を倒し切った時、ようやくその夢を叶える為に戦えると思っていた。それを、

「あ、」

 振り返ったところで、完全に見失ってしまう。

 そこにいたのは、自分では到底敵いそうもない数の敵。そして、その中央に立つのは、

「……そのオモチャを渡して」

 ウワサに違わぬ露出度。痴女と揶揄されるほどに白い肌が晒されており、それが暗い路地にもよく映える。

 思ったよりも小さくて、しかし圧倒的な貫禄、存在感。全身を、黒を基調とし、紅いラインの入った衣装に包む少女。腰周りには例の変身ベルトが存在している。そして目元を覆う黒い包帯に、その奥から覗く炎揺らめく二つの眼。

 これこそが、この川内市を守る――、

「ヒーロー……」

 なぜここにヒーローが……もしかして、自分に加勢しに来てくれたのだろうか。そう思うには、無理のある言葉。

 オモチャを渡せ。つまるところ、このヒーロー――イーターは、自分の敵としてここにいる。

 周囲には自分が切り裂き、負傷した敵が。自分の持つ剣玉は、その鉄球が、剣先が、血を帯びている。

「許せない……けど、そのオモチャを渡せば、貴方を傷つけたりはしないから」

 なぜだ。お前がその正義を向けるのは自分ではない、その後ろに連なる外道共だ。だというのに、なぜ――、

 その正義が、自分に振るわれる。


 ◆


 休日に出かけるのはいつ振りだろうか。電車の窓から覗く、新都では滅多に見ることができないのどかな景色を眺め、伊達夜は思い返す。

 あの日、クリスマス以来の惨劇の場に居合わせた伊達は重症を負った。目に見える傷もそうだが、圧倒的に血の量が不足していたのだ。意識も朦朧とする中、救急車に運ばれたことは憶えている。そして一ヵ月後となるつい先日、無事に退院。

入院している間に、警察にあれやこれやと聞かれたが、瓦礫の崩落に巻き込まれ記憶が定かではない、と主張し続けると、やがて引き下がってくれた。病院に運び込まれたのが伊達だけではない、というのも簡単に引き下がった要因だろう。

 そう、伊達は単なる被害者の一人。あの日に起きた事件にたまたま居合わせただけの不幸な市民。何が起きたのかなんて、知る由も無い。

「だから大丈夫……のはず、なんだけど」

「何か心配事でも?」

 ふわり、と現れたイヴが問いかけてくる。それに対し伊達が浮かべる表情は苦笑。

「いやさ、あの場にイーター――宮城さんもいたんだよな、って。あの人、上手く誤魔化せるのか……」

 それなら心配要らないはずだ、とイヴが視線で答える。

 そういえば、彼女は自分がイーターであることを隠して伊達に接触して来たのだったか。もしかしたら彼女も、伊達がバレットであることを知らなかった可能性も考えてみたが、

『先輩』

『伊達先輩』

 あの戦場での、この言葉を鑑みる限り、初めから知っていたように思える。そもそも、クリスマスの夜に一度顔を見せてしまっているわけだし、在り得ない話ではない。

 それらの点を踏まえ、あの少女は中々に賢いことがわかる。適当に誤魔化せるだろう。

「……となると、僕はなんでモヤモヤしてるんだろう」

 電車に揺られながら、あの事件以来消えないモヤモヤを何が原因なのかと考え続けている。今の宮城がどうのこうのというのも、それが原因ではないかと悩んだ顕れだ。

 そういったものを解消する目的でも、下町に出かけるのはそう悪いことではないはずだ。新都の方はしばらく、復旧作業でどこに出かけるにも面倒だろうし。

 バイトの方も、怪我をしたというのと、最近の新都は物騒だから、という二つの理由から休みを貰っている。

「別に、悩むことは悪いことではありません、ヨル様」

「悩む、ってのもまた違う気がするんだよ。なんていうか……アイツに勝った直後は達成感とかで感じなかった寸胴を、背中に乗せたままっていうか……なんだろうなぁ、言葉にできないし、それが余計モヤモヤする」

 下町での散策が、それを紛らわしてくれれば良いのだが。


 ◆


「ぶえぇっくしゅ!」

 ずびび、と鼻水を垂らしながらティッシュを取り出す。そしてさらに大きなあくびで目に浮かんだ涙を指ですくい、そんな自分を鑑み、一気に腑抜けたなぁ、と自己評価を下す。

 右手を頬にやれば、そこには湿布が存在する。もう一ヶ月前になるか、あの事件が起きたのは。五月晴れが聖にはまぶしく、目の上に手をかざし空を見上げる。

「あー……行きたかったな、修学旅行」

 怪我のせいで入院していた聖は、修学旅行に行くことを断念せねばならなかった。前身生傷が残る身で参加することに躊躇いなど無かったが、医師と、そして仲の良いクラスメイトに止められてしまってはどうすることもできない。そんなわけで、聖はこうして一人、下町で暇を潰す羽目になる。

 学校に行っても一人浮くだけ、かといって家にいてもすることがない。ぐーたらごろ介になるのも悪くはなかったが、本来であればクラスのみんなと共に東京に行っていたのだ、と考えると家にいるのがもったいなく感じてしまう。

 では、こうしてただぶらぶらと歩くのはもったいなくないのか、と問われると何も言い返せない。目的も無く見知った街をふらつくのは、家でぐーたらするのと大差なし。

「うぁー!! 暇すぎるぅー!!」

「あはは、これも街を守るための小さな犠牲だと思えば良いじゃないですか。ヒジリさんは、自らの青春の思い出を懸けてこの街を守り切った! 女子高生にとって大事な青春を棒に振って!」

 イヴの煽りが突き刺さる。

「やめて! やめろぉ! 私の前で青春とかいうクソ甘ったるい二文字の単語を口にするなぁ! 私はね、その青春とやらをヒーローに捧げてるの! 甘酸っぱさとかそういうのは一切ナッシン反吐が出る! 熱い心、燃え滾る魂、正義のヒーロー! これが私の掲げる青春三大理論、だからそんなんじゃないの!」

「本音は?」

「私だって修学旅行っていう青春くらい経験したかったよぉおおおお!!」

 道端を歩いていて突如叫び出す女子高生。この時点でマトモな青春など送れていないのは明白だ。

「ああ、やっぱりヒーローって悲しい宿命を背負っているのね……生半可な覚悟じゃなれないわけよ……」

「ヒジリさーん、憧れに喰らい付く云々はどこ行きましたー?」

「何も聞こえない」

 一生に一度の、高校時代の修学旅行。それを逃してしまったことによる怨嗟は留まるところを知らない。

「そもそもッ! なんでうちの学校は修学旅行が春にあるわけ!? 中学生でもなし、普通秋でしょうが!?」

「確か、秋は大規模な文化祭があるから、ってヒジリさん前に言ってませんでしたっけ。夏休み近くからもう文化祭の準備を始めて、それ以外の行事をこなせなくなるから、修学旅行は春にあるんだ、って」

「あ、そうじゃん。文化祭あるし、修学旅行なんてどうだっていいや」

 この変わり身、もはや呆れよう。イヴは「なんて単純なんですかこの人……」とため息をついている。割とマイペースでハイテンションなイヴでさえ疲れるのならば、一体ヒジリはどれほどまでにマイペースでハイテンションなのか。

「うちの学校、下町代表として文化祭するから毎年大勢の一般客来るんだよね。だから学校側も宣伝に必死だし、学生も儲けようとして屋台を頑張る。必然、町内会のお祭りレベルになるし楽しみだねえ。それに今年は、新都とも合同でやるみたいだし」

 下町代表の学校と、新都代表の学校とで合同の文化祭を行うという企画は、去年の夏には挙がっていた。しかし準備や予算などが間に合わず、結局去年はできなかったのだが、それを今年こそは、というリベンジ企画。最早学校の文化祭というよりも、川内市の文化祭。こんな何かの物語に出てきそうなほど大規模な文化祭を、自分たちの学校が開催の一手を担うとなれば気分も浮かれよう。

 だから、そう。修学旅行なんてどうだっていいのだ。

「修学旅行なんて……」

「ああっ、また落ち込んで……なんてめんどくさい人なんですか」

 そうやって、傍から見れば一人芝居をしているようにしか見えない聖を、複数の影が見ていることに、聖は気付いていなかった。


 ◆


 下町の中でもそれなりに盛んな地域の駅の名がアナウンスで流れる。ここで降りようか、と席を立ち、ドアの前に立つ。

 ひとまずはここでいろいろ見て回って、満足したら次はもっと田舎の方まで行ってみよう。そんなことを考え、ドアが開いたため降りようと右足を一歩前に出し、



――お前を見ているぞ。



「――ッッッ!!」

 ぞわり。

 背筋を嫌な汗が伝う。なんだ今のは、幻聴? まさか。誰かがすれ違いざまに、そう呟いたのだ。

 誰だ、と振り返るも、電車の出入り口は降りる人と乗る人とでごった返しており、誰が呟いたのかなんてわかるはずもない。伊達は降りようとした足を引っ込め、車両内を見渡す。

 今の声は男性のものだ。おそらく伊達とそう変わらない歳の、青年のもの。

「おい、今のはお前か」

「へ? あ、はぁ?」

 咄嗟に近くにいた青年の肩を掴み問う。しかし返ってくる反応は、いきなり声をかけられたことによる戸惑い。コイツは違う? ならば、

「お前かッ?」

「な、なんですか……」

 コレも違う。

「お前か」「何が?」「お前か!」「痛ってーな」「お前かぁッ!!」「ンっだよテメェさっきからうっせえなぁ!」

 そうこうしている内に電車は発車してしまう。

 一体誰なのだ。片っ端から疑ってみるが、誰なのかがさっぱりわからない。気味が悪い。

 狙われているのか? そういえば以前、似たような経験をしたことがあるような――、

「痛ッ!?」

 ガキンッ、と、何か鈍器で殴られたかのような頭痛が走る。思い出したくない記憶を掘り起こしてしまうような感覚。

 ――お前を見ているぞ。

「そうだ、そうだ! その言葉、あの時の!」

 伊達の脳裏を過ぎるのは五年前の出来事。思い出したくも無い、しかし決して忘れることは許されない、最悪の事件。

 思い出と言うには悲惨な、伊達の父を中心に巻き起こった事件が、再び伊達を蝕む。

「そんなはずが……犯人は、親父が――お父さんが、捕まえたはず、なのに、」

 なぜ今になって、あの悪魔の影がチラつくのか。

「ヨル様? どうされました、ヨル様!?」

 動悸が激しくなり、膝に力が入らなくなる。揺れる電車内に膝をつき、両手で頭を押さえる。

 もしも、伊達の父親が捕まえたはずの犯人が、今になって再び伊達の傍に現れたのなら、伊達は、なんとしてでもその犯人を捕まえ、裁かねばならない。

 だがそんなことがありえるのか? 父が捕まえたはずの人間が、今こうして、伊達の前に姿を現すなど。

「有り得る、有り得ないじゃない……それが本物だろうと偽者だろうと許すもんか……」

 膝が震え、脂汗は止まらず、フラッシュバックする記憶が頭を内側から殴る。そんな状態であっても、伊達は、伊達は――僕は。



「僕は、お前を殺す……殺す、殺す殺す殺す――ッ!!」


 イヴの心配する顔も、声も、今の伊達には何も見えないし、聞こえない。





夕暮れの影って、長く伸びますよね。

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