第二話 『魔法少女の苦悩』
「変身!」
『Entertainment 〝Witch〟』
文字列が全身を包み、杖の先にある紫色の宝石が光を呑んでいく。
その身を包むは漆黒のローブ。その頭に乗るはウィッチハット。その手に握られるのは、魔法のステッキ。
少女は、そう。
「魔法少女――!」
「いやそうなんですけど、まったくもってその通りなんですけど……」
相対する敵にその名で呼ばれ、しかし不本意そうにこぼすのは柴田紗凪。こうして魔法少女として戦い四ヶ月が経つ今、この街で少女のことを知らぬ者はいない。
「ウィッチって言ってるんだから、どっちかって言ったら魔女でしょうに」
いつのことだったか、紗凪を見た誰かが魔法少女と呼称した。それを発端に、流れ出るウワサでもその名で呼ばれることになってしまったのだが、正直、紗凪は気に入っていない。
だって、子どもっぽいではないか。紗凪ももう中学生、大人であることを自覚する時期だ。
実際のところ、それは大人になりたがっている思春期のソレであり、どちらかと言えばやはり子どもなのだが。
「クソ……本当に神出鬼没だな。幽霊ですかお前」
「挙句に幽霊……もう頭に来ました。いつも通り、コテンパンにしてやります」
眼前にあるは巨大なぬいぐるみ。いつぞやの因縁の相手である。
クリスマス以降、この街ではオモチャを使って暴れる者が度々見受けられる。それを止めようとしているのはどうやら、紗凪だけらしい、という事実を受け止めるのに多少時間がかかったが、今ではこうして、それなりに街を守るために戦えている。
そんな紗凪の初めての相手が、この男だった。
それからというものの、この男――村田夕碁は幾度となく暴れ、その度に紗凪に成敗されている。
もちろん、前述の通り、この街で暴れているのは彼だけではない。しかし、まあ、
「いっそのこと殺しちゃえばいいんですかね」
「はァ? オイオイ、あんま恐いこと言うなよ。っつか、ンなことできねえよなァ?」
「……まあ、人殺しとかしたくありませんけど」
言いつつ、紗凪は杖を振る。放たれた魔球は巨大ぬいぐるみに向かって一直線。その頭部を破壊する。
「ああッ!? オレのベリーが!!」
「……あの、そろそろ突っ込もうかと思ってたんですけど、ソレ、ぬいぐるみの名前ですか」
「そうだよ、文句あっか? ア?」
文句は無い。
……なんというか、この人。
「ねえ、一つ聞きたいことがあるんです。貴女、なんで暴れてるんですか?」
今の一幕を見ても、村田は根っからの悪人ではないことが伺える。粗暴な見た目には似合わないが、ぬいぐるみや人形に名前を付け、可愛がる優しい心を持っているのだ。
それがどうして。
「――――。……てめェにゃあわかんねえだろうよ。というか、わかってほしくねェ」
「え?」
「さあお喋りはここまでにしようぜ。ほら、いつも通りコテンパンにするんだろ? できるなら、やってみろよォ――!」
コテンパンにしてやった。
◆
クソ、今日も勝てなかった。
声にならない声で呟くのは村田夕碁。クリスマスの朝、枕元に置いてあったのはオモチャ箱。その中に入っていたのは、幼い頃に捨てられたはずのぬいぐるみや人形だった。しかし、そのサイズはかなり小さくなっていて、どれも片手に握れる程度の大きさだ。
小さくなっていても、それは村田が好きだったモノには違いない。成長した今でもそれらを愛する心だけは変わっておらず、泣くほどに喜んだ。
だが、それ以上に魅せられてしまったのはその力だ。村田の下に戻ってきた人形たちは皆、何もかもをぶち壊せる力を持っていた。
これだ。この力があれば、オレは――。
そうして、その力を存分に使い暴れてやった。それがクリスマスに村田が起こした、事件の発端だ。
まず暴れた。ぬいぐるみや人形は巨大化し、村田の意のままに操れた。これは復讐の力だ。あの憎き大人共を滅ぼす力だ。
そうだと思ったから、まずは大人が多そうな場所で暴れた。そうしたら人気が無くなっていき、いつの間にか広い公園にいた。
そこへ現れたのが――魔法少女だった。
見た目はどちらかと言えば魔女であるが、ウワサでは魔法少女と呼ばれているのだからそれで間違いないはずだ。
で、調子に乗って暴れていた村田を、その魔法少女はコテンパンにしてしまった。されてしまった。清々しいまでに何もできず、何も言えず、ただやられてしまった。
それからと言うものの、村田はいつかリベンジしてやろうと何度も暴れては魔法少女をおびき出し戦っている。一度も勝てた試しはないが。
「いつからだっけなァ……胸糞悪い大人達への復讐から、目的が変わっちまったのは」
村田も子どもではない。自分が今、胸に抱いている感情の名前を知っている。
まったく、キャラに合わない。昔からいろんな面でそう言われ続けたが、今回も例に違わずそうだ。
――村田は、魔法少女に恋をしている。
「あぁああああもうちくしょォ! こんなの知られたら死んじまうッ!」
「知られてもいいじゃない」「むしろ知ってもらわなきゃね!」「恋心は伝えてこそだよ」
一斉に喋り出したのはイヴという、仮想……なんちゃらとかいう存在。ぬいぐるみや人形を介して、村田と会話する。最初はかなり驚いたが、今ではどれだけうるさくても慣れている。
「あのなァ、オレがどういうキャラかを隠して、誠実な人間を装って、そんで出会って知り合って告白すンならいいんだ。でもさァ、こうして何度も戦って無様晒して、今さら好きですとか言えるか? なあ、言えるかお前たちはよォ!」
「「「無理だね」」」
「舐めんな」
そのまましばらくぬいぐるみたちと取っ組み合いの喧嘩をするも、常日頃から魔法少女と戦っている彼らには敵わないのである。
そもそもどうして好きになったのだったか。やられ続けることで特殊な性癖にでも目覚めたのか。好きに理由などいらないというが……。
「暴走するオレを止めてくれたから、かァ……?」
ハッ、なんてロマンチスト。相変わらずキャラに合わぬセンスだ。
「正直なところ」「私たちにもわからないなぁ」「なんであんなチンチクリンが好きなのか」
チンチクリンて……確かに背は小さいが、村田と同い年程度だろう。釣り合わないわけではないはずだ。年齢の話だけで言えば、だが。
どちらにせよ、今のままではどうにもなるまい。村田は彼女に、好きだ、と言えないのだから。
だからせめて、彼女と関われる時間を増やす口実として暴れている。最近は街を壊すこともしていない。ただぬいぐるみたちを巨大化させているだけだ。もしかしたら、そのことに彼女は気付いているのかもしれない。
そんなことを思いつつ、村田は今日も暴れるための準備を始める。
『Entertainment 〝Doll〟』
「さ、て、と……今日も来てくれるかねェ」
まるで、王子様を待つお姫様のようなことを呟きながら、村田は彼女を待つ。
やっときた彼女に、再度コテンパンにされた。
◆
「最近、彼、そんなに暴れてませんよね」
ふと気付いたのだが、最近の村田は今言ったとおり、ただぬいぐるみを巨大化させ、そこに居座るだけだ。暴れるのも紗凪が現れてからだし、そもそも現れてからもそこまで派手に暴れない。
一体彼は何がしたいのだろうか、なんて、また一人、暴れるオモチャ使いを相手にしながら考える。
「っと、そろそろトドメ、決めましょうか」
『おかあさん、あんまり余所見しちゃ駄目だよ?』
「この場合は余所見というか……余所思考?」
『Entertainment 〝Witch〟』
杖の先に紫色の魔球が現れ、それがどんどん大きくなっていく。
「ひ、ひぃ! 助け――」
「大丈夫、命までは取りませんから」
その魔球が相手を呑み込み、動きを止める。
その状態の相手からオモチャを奪い、それを――破壊する。
「あ、あぁ……あぁぁ」
目の前でオモチャが破壊される瞬間を、己の体の自由が無い中で見せられる。それはどれほど苦痛なのだろうか。
そう思わなくも無かったが、これくらいしないと、きっと反省などしないのだ。
「だから、そう。ウチは間違ってません。よね?」
『……どうだろ。おかあさんは、正しいと思うけど』
なぜか最近はもやもやする。自分がしている行いは正しいはずなのに、後味が悪いというか、なんというか。
「そもそも、彼らがあんな顔するからいけないんです。まるで私が悪いかのように……」
市内某所の喫茶店で、抹茶ラテを啜りながら愚痴をこぼす女子中学生とはこれいかに。
多少周囲より大人びている自覚はあるが、また同時に、子どもっぽくもあると思っている紗凪だ。いろいろと考えすぎる癖は、そのアンバランスさから来ているのだろうか。
「悪い敵をやっつけてやったー、って言えるのは子どもだけ、ですか……」
最初こそ、この力で敵をばかすかとやっつけよう! と張り切っていた。しかし悪の怪人なんて現れるはずもなく、同じくオモチャを手にし暴走する子どもを止めるために戦った。ある意味ではそれも、力に溺れた紗凪の暴走ではないかと思いながら。
「なーにを悩んでんだお前」
「何を悩んだってウチの勝手でしょう……、……? ……ちょっと待ってください、誰ですか貴方」
「なんだよ、普段から相手してンのに、まさか知らねェとか言うのか?」
「……あ、」
村田夕碁。
え、なぜ、ここに。そう思ったのは、紗凪だけではなかった。
◆
やっべーどうしよう。見かけて思わず声をかけてしまったけど、この後どうすればいいのかがわからない。とりあえず何かに悩んでいる様子だったが、それをどうにかできるのだろうか自分は。
というかそもそもだ、村田と魔法少女は敵同士である。こうして喫茶店で気軽に声をかけられる仲ではない。
どうにも最近焦っていたようだ。こんなことをしでかすなど。
少女の目が猜疑に染まり、それを向けられるのがたまらない。
そもそもなぜこんなところにいるのだ。偶然立ち寄った喫茶店にいるなんてなんと間の悪い……まあ、そのような状況で声をかけるだけの胆力が自分にあったことに驚きだが。
「あ、その……いやまあ? オレに戦う気は、今日のところはなくてだな……」
「はぁ……ならいいですけど」
――あれ?
今にも襲い掛かってくることを想定していたために、予想外の反応に困惑する。
「……なんですかその顔は」
「オレ、いつもは暴れてんだし、ここでとっちめたりとかしなくていいワケ?」
「別に、今日はその気がないというならそれで構いません。何もウチだって、戦いたくて戦ってるわけじゃありませんし、それに、貴方だって最近は大人しいでしょう」
大人しい、という言葉が何を指しているのかはわからないが――いや、待てよ。もしかしてやはり、バレてしまっているのだろうか。村田が街を壊していないことに。
「…………」
「…………」
奇妙な空気が、喫茶店の一角を包んだ。
――――To be continued.
次回は四章終了後です。




