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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第三章 裏側の片鱗
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第○一六話 『血の弾丸』


「……うわぁ、これやばそう」

『やばそう、じゃなくて実際にやばいですよねこれ。逃げないんですか?』

 問うも、答えはわかりきっていると言わんばかりの呆れ声だ。当然、聖に逃げるという選択肢は存在しない。

 そしてそれは、バレットも同様だろう。

「ねえ、バレット。どうする、これ?」

「……僕に聞くな」

 全身満身創痍。聖が来るまで、一人で色麻の相手をしていたのだと考えると本当に尊敬する。一足先にヒーローをしていたバレットは、聖にとって先輩に当たるのだろうか。

「なんにせよ、コイツだけは絶対に止める」

「それは、街を守るため?」

「ああ」

 迷いのない即答。今までもこうして、バレットは迷うことなく戦ってきたのだろうか。それとも、聖のように迷い悩み、そうした結果今に至るのだろうか。

「でも、それだけじゃない」

「え」

 バレットが続けた。

「確かに、街を守るために戦っている。でも、僕が守りたいのはこの街だけじゃない。守りたい遺志が、この手の中にあるんだ。その遺志を継いで戦っているという誇りを、傷つけられたままでいられるか」

「……うん、うん。そうか、そうだよね。さっすが先輩だ」

 ヒーローはたった一つのものを守るために存在しているのではない。多くのものを抱え戦っている。だから絶対に負けられない。

「は? ……先輩?」

「ねえ、バレットはアレに対抗できるような手段、ある?」

 バレットの突っ込みには取り合わず、対策を考える。少なくとも、聖一人では色麻を止められそうにない。かと言って、バレット一人でもそれは同じだろう。

「ない、ことはない。奥の手だ」

「それを使うことに躊躇いは?」

「ない!」

 でも、二人ならば?

 今までの二人では無理だった。ごっこ遊びの延長線上にしかいなかった聖ならば、きっとバレットに遅れを取ってしまっただろう。

 今ならば。伸ばした手で憧れに喰らい付き、遅れを取り戻そうとする聖ならば。

 必ず、並び立てる――!

「じゃあ、アレ、止めようか。――伊達先輩」

「ああ、アレ、止めよう。イータ――ん? あれ?」

 バックル部分に手をかざす。浮かび上がる文字列は、

『Entertainment 〝Heater〟』

『Entertainment 〝Bullet〟』

「いろいろ気になることはあるけど……よく聞け、イーター。僕のこれは一発限りだ。外すとか当てるとかよりも、何を狙うかを決めるぞ。狙うのは?」

「うーん、どうしようか。先輩は何狙いたい?」

「……。僕が狙うなら、あのハンマーだ。あれさえ砕けば、色麻は力を使えない!」

「オッケー、ならそれで行こう。……ところで、もし外したらどうするの?」

「その心配は無用。――外すわけがない」

 その自信は経験からか、それとも覚悟の表れか。どちらにせよ、先輩ヒーローがここまで言っているのだ。聖も負けてはいられない。

 バレットがハンマーを狙うのであれば、聖は何をしようか。やはり、今にも振り下ろされようとしている巨大な雷をどうにかすべきか。

 ……うわぁ、大変そうだなあ。

 でも止めねばならない。それが聖の、覚悟だ。

「――良いか、ヒーロー。主らを粉砕する」

『恐れ戦け、小さき蛮勇』

 色麻ともう一つの声が響く。

 ――振り下ろされた。

「ァアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 振り下ろされるのは無数の雷。それが束となり、一つの巨大な槌として聖に迫る。それを真っ向から受けるは巨大な火球である。その火球は姿を変え、炎の翼を生やし、炎の嘴を象り、火の鳥となる。

「燃えろ、燃えろ、もぉーっと燃えろ!!」

 まるで小さな太陽。太陽は空へと飛び上がる。その拳を、神槌へと――!

雷槌イカヅチ――――――――ッッッ!!」

鳳凰ホウオウ――――――――ッッッ!!」


 ◆


「……照準セット」

 頭痛に苛まれ揺れる視界。はっきり言って、今の伊達のコンディションは最悪である。

 だがそんな状態であろうと、外すことはできない。

 イーターと色麻の拮抗は長く続かない。保って数秒だろうか。それすらも見込みが甘いかもしれない。

 引き金を絞りつつ、伊達は考える。もしもここで外したら、と。

 この場面で最悪を想定するのは逆効果である。プレッシャーに圧し負け、照準がブレてしまう。

 ――普通であれば。

「ここで外したら、僕とイーターどころか、この街が消し飛んじまう。そんなのは嫌だ、絶対に嫌だ。親父が守ろうとした街を、この僕の目の前で、壊されてたまるか――!」

 死ぬよりも恐いこと。バレットが戦う真の理由はここにある。

 自分が死ぬだとか、そんなことどうだっていい。

 この街を守ろうとして父親が死んだ。この街は、父が遺した宝なのだ。いわば、父の形見。

 最早父親そのものであるこの街を壊されては、父が殺されてしまうも同然である。

「親父を――二度も殺させはしない!」

 父が死ぬなどという恐いことは、ただの一度で十分だ。

 引き金を、引く。

『Entertainment 〝Blood Bullet〟』

 放たれた銃弾は『血の弾丸(ブラッド・バレット)』。己の血に刻まれた魂を銃弾として放つ必殺技。

 その銃弾を精製するのに、体の血液の大半を持っていかれてしまうため、非常にリスクを伴う。当然、いかに強力であろうと乱発はできない。

「撃ち、滅ぼせぇぇえええええええええええ!」

 吸い上げられた血が弾丸の像を成す――。

「ぬ、ぅぅうう!?」

 バレットの弾丸に気付いた色麻が咄嗟に体を捻る。

 だが銃弾は確かにハンマーに着弾し、そして、



 衝撃が周囲を砕き、瓦礫が降り注ぐ。その瓦礫がまた新たな瓦礫を生み、その有様はまるで世紀末のようで、


 『血の聖誕祭(クリスマス・ブラッド)』以来の惨状が現れる。



 ◆


 全てが収まった頃には、二人の体はボロボロであった。聖の全身は焼け焦げ、伊達の全身からは血の気が失せている。

 お互い、生きているのが不思議なほどの重症である。そんな状態であっても、二人は自然と笑みを浮かべていた。

「はは、ははは。生きてる。直撃してたら絶対に死んでた攻撃を、凌いだんだ……!」

「ああ、もう、疲れた……」

 ふふ、ふはは。

 二人の笑い声は重なり、そのまま倒れ伏す。もはや立ち上がる気力すらない。否、意識すら保っていられそうにもない。

 もういい。このまま眠ってしまえ。

 そう思い、聖はその瞼を閉じる――。



 ――その間際、夢を見た気がした。

「なん、で……なんで生きてるんですか、貴女……!」

 これは、イヴの声だろうか。

「何も不思議がることはない。主らが生きているのならば、妾も生きていて何の不条理がある」

「ヒジリさんたちより爆心地に近かったでしょう!? 少なくとも、そうして無傷でいられるはずがありません!」

「無傷では……ないな。そう見えるだけよ。妾も、もう、疲れた……トール、運んではくれぬか」

「――まったく、不甲斐ない者に遣われる身まで堕ちるとは。神霊としての身も長くはないかもしれんな」

 これは聞いたことのない声。話の流れからして、トール、という者だろうか。

「はは、こんな時まで憎まれ口か……。……おお、そうだ。主らに伝えておこう」

「おい、貴様。何を伝えようと――」

「黙っておれトール。これは妾の、ほんの遊び心よ。……よいか、そこなイヴ二人よ。主らが仕える二人のヒーローだが、この先もっと強くなれる。否、もう強くなるための準備は整っておる」

「は、はあ……?」

「精霊の枠に収まるな。知識を持つだけのナビだと思うな。主らイヴは、本来そのように矮小なオモチャなんぞを頼らずとも――」

「喋りすぎだ、行くぞ」

「ぬぅ、もう少し、もう少しだけ! ――神霊。この言葉だけ、覚えておけ。これが主らと、二人のヒーローを次の舞台へと導く」

 足音が遠ざかっていく。

「ああ、あと。《大人達アンチルドレン》には気をつけろ。ではな」

 まるで、その言葉を聞くためだけに意識が保たれていたかのように、聖は眠りに落ちた。


 ◆


「……イヴ、僕はどれくらい気を失っていた?」

「たったの一○分です。もう少しお休みになられてはいかがでしょうか?」

「いや、いい……」

 頭痛鳴り止まぬ状態で体を起こし、しかしそれに失敗しまたも倒れ伏す。

「……無理か」

「当然です……あれほど血の力を使ったのですから」

 かつて、これほどまでに血の力を使ったのはいつだったか。まだ戦いに慣れておらず、無鉄砲さ極まる中でイヴが教えてくれた奥義だった。このままでは埒が明かない上、これを使おうと使うまいと伊達が死んでしまう。そう判断したイヴの優しさ――否、厳しさだった。

「確か、これを使えば否が応でも動けなくなるから、って」

「はい。無理をなされては困ります。使えば一撃必殺。その後の心配をする必要もなくなりますし。……今回は、そうは行きませんでしたけど」

 伊達の頭に疑問符が浮かぶ。

 そうは行かなかった、とは、どういうことなのか。

「ヨル様があの少女を直接狙わなかった、というのもありますが、あのハンマー、破壊されていませんでした」

「なんだって……!?」

 『血の弾丸』は、伊達の魂そのものが銃弾の形をしたものだ。この街を死んでも守るという想い、覚悟。さらには、継いだ父親の信念までもがその銃弾には込められている。それほどの力を持ってしても、あのふざけたオモチャは破壊できなかったという。

「ハンマーの柄の部分に、わずかにヒビが入った程度。……それが現実です」

 マジかよ。思わず悪態を付かずにはいられない。

 確かに、伊達が扱うモデルガンとは別次元のように感じられた。しかし、それでもこの結果はあんまりだ。

「……それで、そのふざけたオモチャ使いはどこへ?」

「わかりません。退いたのは確かです。その際に、気になることも言っていました……が、それは傷が癒えてからです。騒ぎが収まったことで、そのうちここにも人が集まりましょう。まずはゆっくり休んでください」

「――――。……ああ」

 ゴロン、と仰向けに寝転がり、すっかり晴れた青空を見上げる。

 新都はどこもかしこも摩天楼に閉ざされていたからか、これだけ広い空を見上げるのは久しぶりだ。

 たまには下町の方にも行ってみようか。都市開発の進んでいないあちら側ならば、これほどの空をいつでも見れるのでは。

 そういえば、イーターはどうなったのか。見たこともない姿となって颯爽と現れ、色麻に応戦していた。正直、イーターがいなければ確実に死んでいたであろう。それに、最後、伊達が狙撃に集中できたのは、イーターが敵を抑えてくれたからだ。

 感謝の言葉の一つくらい、投げかけても良い。そんな気分になって、イーターの姿を探して、

「……へ?」

 とんでもないものを見つけてしまった。

 ぐーすかと、伊達と同じように、大の字になって寝ていた少女は見覚えがあった。セーラー服に、少しサイズの大きいパーカーを合わせて着る少女。

 どう見たって伊達より年下で、しかし何かしらのオモチャを持っている少女。

 否、ここにいるということは、少女が持っているオモチャは、きっと。

「――宮城さん」

 変身ベルトを巻いたまま、清々しい笑顔を浮かべつつ眠る宮城聖を、伊達は見つけてしまった。

 え、あれ、どういうことだ。つまり、どういうことなんだ。

「ちょ、ねえ、あの、イヴ? イヴ!?」

「…………」

 問うても、イヴは答えようとはしない。というか、必死に目を逸らしている。

 この様子からして、イヴは宮城聖がイーターであることを知っていた?

 第一印象は『ナンパされている不思議な女の子』、

 それからは『伊達や街を襲おうとするオモチャ持ち』、

 そしてそれが勘違いだと気付き、瓦礫の下にいた彼女を見つけ、咄嗟に助け、逃げろと告げ、しかしここにいる。

 もしかして伊達は、一人恥ずかしくも、勘違いに勘違いを重ね踊っていたのではないか。

「……あれ、なんだろう。急に生きていることが恥ずかしくなってきた」

「な、なぜですか? 生きている、ただそれだけで素晴らしいと、誰かが仰いました……よ?」

 普段は伊達を尊敬して止まない、という雰囲気をかもし出すイヴまでもが、そんな伊達を見て声を震わせている。

 動けない状態で、伊達は叫んだ。


「いっそ殺せぇ――――ッ!」


 二人のヒーローが守った川内市は、案外狭かった。


 ◆


「――――」

 人影が四つ。

一つは、スーツを着込み、目を血走らせた男。

 一つは、こちらもスーツを着込み、タイトスカートから黒のストッキングを覗かせる女。

 さらに一つは、サイコロを手に、爽やかさのみを漂わせる男。

 そしてもう一つ。

「……相変わらず、薄気味悪い集団よ」

 セーラー服に天女の羽衣を纏う童女。

「妾に用があるとな、聞こうぞ。と言っても、大方察しはついている」

 色麻童は、口を閉じたままの三人を前にし、威風堂々とした態度を崩さない。

 ――《大人達アンチルドレン》。子どもではなくなってしまい、しかし子どもという存在に未練たらたらの、子どものアンチ

 そのリーダー格が口を割った。

「……察しが付いている、と。それは本当かね?」

 この三人の中で、一番薄気味の悪い男。血走らせた目を色麻に向ける。

「その目を妾に向けるでない。……先日の単独行動の件、違うか?」

「いいや、違わないとも。だがきっと、キミは勘違いをしている」

「?」

 男は立ち上がり、その両手を広げる。

「――素晴らしいッ!」

「っ!?」

 唐突に、想像もしていなかった言葉が飛び出て色麻は思わずのけぞる。ああ、やはりこの男の前でだけは超然とした態度が崩れてしまう。

「な、何が素晴らしいと……」

「キミの勝手な行動がもたらした結果を見ただろう? イーター、そしてバレットの共闘を見ることができた、イーターが進化した、オモチャを使う子どもたちの、人知を超えた戦いを見た!! 私の凝り固まった思想や計画では決して成しえなかったであろう、熱く、燃え滾る展開だッ! 心から感謝しようとも、色麻童。これからも、風の如く思うままに吹いてくれ。我々はそれをサポートすることにしよう」

「……てっきり責め立てられると思っていたゆえ、少々不意を突かれた。なんだ、それともまた得意の演技か?」

「そんなわけがない。私がどれほど彼らのファンであるか、知らないわけではないだろう?」

 ああ、当然、それも含めて薄気味悪い。

 この男は大人だ。紛れも無く、子どもを卒業してしまい、それゆえにオモチャを手にできぬ大人である。

 しかし、時折見せる邪悪な無邪気さ。それが悪意無き子どものように見えてしまい、怖気が走る。

「ああ、ああ。やはり良いな、ヒーローというものは」

「それには同感だが……なんだ、自分がヒーローになるという夢は、もう良いのか。――多賀城タガジョウ

 色麻に多賀城と呼ばれる男は、その目を再度色麻に向ける。

「よしてくれ。それを言われると、古傷が疼く。……私はね、もう子どもじゃないんだ。大人として、子どもの夢を応援せねばならない立場だ。辛いがね」

 それは本心からの言葉なのだろうか。色麻には、どうも多賀城がその夢を諦め切れていない気がする。

「して、妾を責め立てるのでないのならば、用とは一体なんだ」

「ああ、それなのだがね――」


 ――《大人達アンチルドレン》。子どもの敵が、その片鱗を垣間見せる。







第三章終了です。次回は番外編『魔法少女のオモチャ』の予定。その次に四章です。ここまで結構ハイペース……?

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