第○一五話 『覚悟の炎』
クリスマスの朝、枕元にあったのは紛れも無く『オモチャ』である。
玩具とは本来、子どもが遊ぶためのもの。いや、昨今では子どもすら玩具で遊ばないのかもしれない。
そんな玩具を、聖はずっと欲しいと願っていた。特に変身ベルト。それを持ってヒーローになりたいだとか、そんなことを思っていたのではなく、ただ、それを使って遊びたかったのだ。
果たしてこれまで、聖がこの変身ベルトでしてきたこととはなんだったか。
変身し、ヒーローの真似事をし、他人のオモチャを壊してきた。
ああ、どこからどう見ても、ごっこ遊び、子どもの喧嘩の延長上にしかない行為だ。
それが悪いということはないだろう。結果的に街を救い、ウワサになるほどである。
でも、だが、しかし。
これ以上では、あれない。
「私は今まで遊んでいた。戦ってたんじゃなくて、街を守ってたんじゃなくて……力のあるベルトを使って、オモチャを持った他の子どもと遊んでいただけなんだ」
バレットはどうだろうか。彼はモデルガンを使って、何をしていただろうか。
考えるまでも無い。街を守っていたに決まっている。お遊びの聖とは違い、現実を見据え、先のことを考え戦っていた。だから彼は、人を殺せるのだ。殺さなければ、街は平和にならないと考えるから。
それはそれでいささか行き過ぎな気もするが、絶対に街を守るという覚悟の表れだろう。褒められた手段ではないにしろ、その本気具合から遊びではないことが感じられる。
きっと、ヒーローと呼ばれるのはバレットのような者のことだ。いつまでも遊んでばかりの聖には、到底手の届かない存在。
聖はどうしたいのだろう。このまま遊んでいたいのか。――ならば逃げ出せ。
聖はどうしたいのだろう。ここからどうなりたいのか。――覚悟を、決めろ。
いつまでも子どもではいられない。仮にもヒーローを語っているのだ。たとえ本物のヒーローではなくとも、今までが遊びだったとしても、これから少しずつ、憧れに手を伸ばせばいい。
「……ヒジリさん。オモチャは、遊ぶためのものです」
「私もそう思ってたよ」
無理やり笑みを浮かべつつ、聖は立ち上がる。
「そう思って、精一杯遊んで楽しんで、すっごい満足できてる。でもね、そうじゃないんだ。ヒーローは遊びでできるもんじゃない」
戦って、傷ついて、逃げ出したくなって、でも死ぬ以上に恐い何かがあるから、覚悟を決めて戦える。
ベルトを手に入れたことで、聖の人生はガラリと変わってしまった。
この四ヶ月がとても楽しかった。何度か痛い目も見たけど、なんだかんだで勝てて、私強いって舞い上がったりもした。そうして伸びた鼻をこうしてへし折られたりもして、心も折れかけて、しかし気付けた。
「――私、ヒーローになりたい」
どうやら、聖は欲張りになってしまったらしい。
「……いいんですか。遊んでいただけの今までとは違って、辛くなりますよ、きっと」
まるで脅しているかのように聞こえるが、イヴの顔は心配で仕方ないと言わんばかりに歪められている。普段はふざけてばかりのくせに、こういうときばかりズルい。覚悟が揺らいでしまうではないか。
「口ではそうやって言っていられるけど、いざ戦場に立ったら足が竦むかもしれませんよ? そうして傷ついて、最悪死んじゃうかもしれないんですよ?」
「四ヶ月も私の隣にいればわからないかなぁ。私ってさ、結構頑固なんだよ。一度決めたら、せめて決断したその場でだけは貫き通す。明日違うことを言うんだとしても、今、この場でだけは……この覚悟は揺るがない」
言いつつも、やはり立つ脚は震えている。嫌な汗も流れ続けている。
やはり、どれだけ強がろうと聖は単なる女子高生。戦う力を持っているだけで、使いこなせていなかった女子高生だ。
「ねえ、イヴ」
「はい、ヒジリさん」
バックルを腰に当てると、ベルト部分が飛び出し巻きつく。
「少し、付き合ってくれない? 私が理想を喰らい尽くす――ううん、憧憬に喰らい付くまで」
だから、頼ろう。
聖と共に戦ってくれる友達を――。
「仕方ない人ですね……なんて言ったら、貴女はどう返します?」
「イヴって典型的なツンデレだね、って返す」
「それじゃあデレ増し増しで。――イヴは貴女に喰らい付いていきます、と」
『Entertainment 〝――――〟』
ああ、ああ。燃え滾る。
「変身――ッ!」
セーラー服にサイズの大きいパーカー。そして変身ベルト。
それらを炎が、包んでいく。
◆
「イヴ! トランス、モデル〝Bullet〟!!」
「はい、ヨル様!」
イヴが、伊達が構えたモデルガンと一体化する。単なる銃弾しか放てなかったモデルガンの銃口に文字列が踊る。
『Entertaniment 〝Bullet〟』
紅蓮に輝く文字列が銃口内に集約し、放たれる。
「撃ち滅ぼせ――!」
放たれたのは黄金の煌き。かつてイーター相手に使った、雷を纏った銃弾だった。
しかし、その銃弾は弾かれる。
バチィ! と激しい音を立て銃弾が消滅した。
「カカカ、やはり愉快よ。小賢しい計画など、妾には合わなんだ……死なずにいてくれたこと、心から感謝せねばな!」
瞬間。先ほど伊達が放った銃弾とは比にならない雷が襲う。
撃った直後にその場を離れていたため直撃は免れたが、それでも余波は凄まじい。
「クソッ、なんなんだこの力……本当にオモチャなのかあれ!?」
『少なくとも、ヨル様のモデルガンをはるかに凌いでる……!』
嘘偽りのないイヴの言葉に、焦りかけた心を落ち着かせる。
瓦礫の物陰に身を隠し、反撃の機会を疑う。
あの色麻童とかいう少女、ああ見えて油断ならない。いやまあ、只者ではないと思ってはいた。しかしこう何度も攻撃を防がれてはたまったものではない。
あれこれ策を弄そうと、そのことごとくを圧倒的な力で弾かれる。ならばどうすればいい。
「どうにかできないことは……ない。一つだけ、対抗できるものがあるんだとしたらアレだけだ」
『しかしヨル様、負担が大きすぎます。瓦礫から抜け出した際の傷だってあるでしょう!?』
どの道、このままではジリ貧だ。倒されでもしたら、このモデルガンも奪われてしまう。そうなればもう、伊達は川内市を守れなくなる。
「ここで黙って確実に倒されるか、一か八かに懸けて、生き残るか死ぬかの道を選ぶ、か……迷ってる暇は、ないよ」
一発。ドゥンッ! と放たれた銃弾は周囲の瓦礫によって跳弾し、色麻の下へ。
「む?」
しかし、否、やはりその銃弾は、右手の一振りによって蒸発してしまう。バチィという音がした。
「今度はそちらか……ちょこまかとすばしっこい奴よ――うら!」
再度振るわれる右手。雷があらぬ方向へと飛んでいく。伊達が体を休めている場所とは違う場所だ。
瓦礫から抜け出した伊達が、聖を担ぎながら逃げおおせた理由はこれだ。銃弾の反射による位置座標の混乱。この四ヶ月で身に着けた技能だ。
「オモチャ特有の謎パワーを使うだけが戦いじゃない」
『謎パワー……』
イヴが『いくらなんでも』と言わんばかりに漏らす。
だが、この戦法もそろそろ限界が見えてきた。いくらなんでも、あちこちから銃弾が跳んで来る状況をおかしく思わないわけがない。底の見えない少女だ。もしかしたら、気付いた上で弄んでいるのかも――。
「なあ、イヴ。やっぱりこのままじゃ――」
『いけません、ヨル様――』
そうして、互いが言葉を交わそうとした時だ。
――隕石が落ちてきた。
◆
「――ふむ?」
上空から、何かが落ちてきた――隕石だろうか。
軌道は色麻に一直線であり、確かに攻撃の意思を感じる。
「はて、これはバレットの銃弾か?」
『いや、違うな。そも、これは銃弾ではなく……』
トールがその答えを告げる前に、色麻は自分で気が付いた。
「……もしや!」
その目は、映る炎によって爛々と輝いている。
「あは、あははははは! やはりそうでなくては愉しめぬ! 二大ヒーローを相手にできるとは、やはり直接出向いて正解であった!」
色麻が右手を振るい、雷を放つ。雷と炎がぶつかり合い爆ぜた。その衝撃が色麻を襲い、周囲に土煙をばら撒く。
――声がした。
「ヒーロー、遅れて参上ってさ」
浮かび上がるシルエットは揺れ動いている。声は透き通っている。熱量は、有り余っている。
「遅れたから、必死で追いついて、」
やっと晴れた土煙の向こう側にいたのは――紛れも無い、ヒーローだ。
燃える長髪、燃えるパーカー、燃えるロングスカート。
黒を基調とし紅いラインの入ったタンクトップは反転、紅を基調とし、黒のラインの入った意匠になる。
『Entertainment 〝Heater〟』
「――喰らい付いて、燃やし尽くす!」
◆
仮面ヒーロー的に表現するのであれば、これは聖の新フォームといったところだ。
今までのは、タンクトップにホットパンツ、オプションとしてパーカーを付けたイーター。しかしそれは、どうやら『素体』の状態であったらしい。
「あれ、今回は目元を隠す包帯とかないんだ」
『隠さなくても、もはや誰かわかりませんから、今の貴女』
それもそうか、と改めて自身の格好を見やる。うーん、カッコいい。
「どうして最初からこっちに変身させてくれなかったのよー」
『いえ、イヴだってこんなの知識の中にありませんって……正真正銘、新しい力ですよ、これ』
そうなのだとしたら、この力は聖がヒーローになる覚悟を決めたからだろうか。そうでなくても、そうであって欲しい。なんか主人公っぽいし。
さて、状況を再確認しよう。
眼前には何故か笑っている色麻童という少女。その右手には、どうやら雷を纏うらしいピコピコハンマーがある。
そして、後方にはバレットがいることにも気付く。色麻には居場所がバレていないらしい。
「ひとまずは、言ったとおり遅れを取り戻さなきゃ。どんくらいぶっ飛ばせばいいかな」
『そんなことできるんですか? いえ、できそうですけどね』
さて、と。右掌に火球を生み出す。それを前方に撃ち出し、「飛んでけー!」『雑!?』色麻へと火球が飛んでいく。
「ふんぬっ」
が、やはりその程度は弾かれてしまう。
「なんだ、姿は変わっても結局その程度なのか? 拍子抜けにも程があるぞ、イーター」
色麻の声のトーンが落ちる。勝手に期待しておいて、随分な言い草である。ならばせめて、期待に沿えるように努力をしようではないか。
「えーっと……こんな感じかな、っと」
突如、聖の姿が揺れた。その揺れは大きくなっていき、次第に聖の姿が完全に二分され、二人になった。
「お、できた」
その調子で三人、四人、と数を増やしていく。
「ふむ、ふむ……なんだそれは!」
「陽炎分身!」
とっさに名づけたが、中々語呂がいいではないか。聖は両手に火球を纏い、
「そんじゃ、フルボッコ開始ぃー!」
計四人が、一斉に色麻に襲い掛かる。
四人の内三人は実体が存在しない。しかし、その正体は名前の通り陽炎である。熱は時に、物理的なダメージよりも重い。
「ぬぅ……! 煩わしい熱波よ! チリチリと熱くて仕方が無い!」
「くぬ、この! かわすなよ!」
「平時であればそれも聞き入れるのだがな、今はそのような余裕など無し!」
色麻の右手が振るわれる。ハンマーが雷撃を放ち、四人の聖を貫かんと迫る。それをかろうじてかわすも、分身は揺れ動き、消えてしまう。
「ちぇー、ここまでか」
「はぁっ、はぁっ! 熱い! なぜ急にこんな……主はもっとこう、ハイテンションではあれど気だるげな感じであろう!」
『あー、それわかります。ですよねえ、ヒジリさんってそんな感じですよねえ』
「それ矛盾してない? あれ、私って周りからそんな風に見られてるの?」
色麻、そしてイヴから不当な評価を得て唇を尖らす。
そんなやり取りの最中、ドゥンッ! とバレットの銃弾がどこかから跳んで来る。先ほど確認した位置からは遠く離れていた。移動したのだろうか。
色麻はそれを事も無げに弾くと、口角を上げニヤリと笑う。
「ああ、ああ……そうか、そういうことか。道理で当たらぬわけよ」
雷が跳ぶ。それは銃弾が跳んできた方向ではない、あらぬところへと跳んで行き――、
「ビンゴ♪」
そんな可愛らしい、歳相応の声で色麻が呟いた。
当たった瓦礫が崩れ去り、土煙が舞う。その奥より転がり出でたのはバレットであった。
「あ、あれ?」
「カカカ、主らは真に愉快よの。これだけ手を合わせ、しかし退屈せぬ。いやはや、妾の攻撃を受けながらこれほどまでに策を弄せたのは他におらん」
豪快に笑い、獰猛に笑い、――そして、
「だが、もう手は無いようだ。ならば飽きた、早々に消えよ」
その顔から、色が消えた。
冷え切った表情無き表情で、色麻が右腕を振り上げる。少女が現れた直後から空を覆っていた暗雲が、バチバチと白い稲妻を走らせていた。
「存分に愉しんだ。妾の目的は達したも同然である。では、初めからやり直すとしようか」
ヤバい。
「とくと聞け。そして地獄の淵でこの名を叫べ。――妾、色麻童の名と、主らを砕く神の名を」
構えはするものの、その程度でどうにかなるのか。見ればバレットも、空を見上げ固まってしまっている。
「トール、トランス。モデル〝神槌〟」
『二度と、貴様に遣われることはないと思っていたのだがな』
文字列が踊る。
『神霊光臨 神器〝神槌〟』――。




