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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第三章 裏側の片鱗
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第○一四話 『強敵の脅威』



 ああ、やってくれたな。

 平和が崩れ去った川内市の一角。これだけの惨状を引き起こしたのはきっと、厄介なお嬢様だろう。

「これだから神霊持ちは……俺の強運がことごとく意味を成さなくなる」

 手の中にある二つのサイコロを転がしながら、青年は舌打ちを一つ打つ。

 やってしまったものは仕方ない。この有様はすぐに彼らにも伝わることだろう。そして思い知れば良い。エンターテイメントなんてものを求めるからこうなるのだ。

 ……いや、これはこれで面白いとか抜かしかねないか。

「この程度で、あの二大ヒーローが死ぬわけないし。ここからの逆転を望んでるかもな」


 ◆


「――ふむ。この程度で死ぬとは思わなんだ。何もかも、期待外れよな」

 心底つまらなさそうに、色麻はハンマーをブンブンと振り回す。その度に、ハンマーに宿る雷撃の残滓が飛び散り火花を散らした。

 まあ、当然だろうか。

 色麻の中にあるのは単なるオモチャではない。そもそも前提からして、彼ら二人と立っているステージが違うのだ。張り合ってくれるなどと思う方が酷であった。

「あー、つまらぬ! おいトール、もうちと加減はできなかったのか」

 ふわり、と。現れたのは全身をバチバチと発光させる、民族衣装に身を包んだ少女だ。髪は短く切り揃えられ、額には何か紋様が浮かんでいる。

「加減をするのは我ではない、貴様だ。あまり図に乗ると、貴様から貫くぞ」

「おー、恐なんだ。神様とやらは特に短気よ。図に乗っているのは妾ではなく、主であろうに」

「なに……?」

「なにおう?」

 二人が仲良く、いつも通りの流れで喧嘩を始めようとする。喧嘩と言っても子どもの口喧嘩のようなものなのだが。

 いずれにせよ、今、それが展開されることはなかった。


「――ッ!!」


 ドゥンッ! と。瓦礫の中から銃弾が跳んで来る。それに気付いた色麻は右手のハンマーでそれを弾く。

「……ほう」

 ニヤリ。獰猛な笑みが浮かぶ。

「アレで死んだと思っておったが、存外しぶとい。いやはや、ヒーローとは意外性の塊か」

「むしろ、アレで殺せていたと思う方がどうかしているぞ。死んでいたならば、この四ヶ月の活躍も事実かどうか怪しくなりおろう」

「主はいちいち一言余計なのだ」

 しっしっ、と手を払うと、ため息を一つつきトールはハンマーと同化する。

 さて、今の銃弾はどこから跳んできたのか。確か、

「こっちだったか」

 右手が振るわれる。ハンマーは雷を纏い、放たれた。

 稲妻一閃。瓦礫がさらに砕け散り、粉塵が舞う。しかし手ごたえはなかった。

「ふむ? 間違えた?」

 まあいい。ここら一帯にいるのは確かなのだから、一掃してしまえばそれでおしまいだ。

 ……いや、それでは駄目なのだったか。

「オモチャを回収せんとな」

 結局、地道に探していくしかなさそうだ。自業自得なのだが。


 ◆


「――ん?」

 頭がズキズキする。全身が気だるく、鈍い痛みが走っている。少しでも動かそうとすると、まるでそれを拒むかのように鋭い痛みを感じた。

 ゆらゆらと、何かに揺られているようだ。温かい。これは……背中?

「……あ?」

 薄く開いた視界に映ったのは黒。とにかく黒。もしや目を開けてはいないのではと思うほどに黒。

 だがそれは、着ているものが黒いというだけのことで。

 理解してから覚醒までは一瞬であった。

「んなッ! あぁ!?」

「いってぇ!」

 目が覚め、思わず眼前の背中を突き飛ばし転げ落ちる。全身に激痛が走ったが、しりもちによる痛みの方がよっぽど痛かった。

「痛いぃ……」

「そ、それはこっちのセリフだ……」

 前方。おそらく背負ってここまで来たのだろう黒ずくめの男が言葉を投げ捨てる。

 ――ブラッド・バレット。

 意識を失っていたらしい宮城聖を背負い、ここまで来た男。

 そもそも、なぜ自分は意識を失っていたのだったか。

「目が覚めたのか、宮城さん」

 起き上がったバレット――伊達が、聖に手を差し出す。目が覚めはしたが、その前の記憶が曖昧なままその手を握る。

「あ、ありがとう」

「……いや、別に」

 どうにか立ち上がると、伊達はその手をすぐに離してしまう。どうにも態度がそっけない気がするのは気のせいだろうか。

 伊達は、聖がイーターであることを知らないはず。であれば、聖に対しこのような態度を取る理由は一体なんなのか。

 そうして思考を巡らし、唐突に思い出す。

 そう、なぜ聖が意識を失っていたのか。その一部始終だ。

「あ――」

 フラッシュバックする、圧倒的な力。視界全てを包む白線はなんだったのだろう。直撃こそ避けたものの、その白線は聖の背後にあったビルに当たり崩落。そして瓦礫に埋もれてしまった。

 正直、死んだ、と。そう思った。

 だが聖は生きている。なぜだ。

「……奇跡だかなんだか知らないけど、お前は瓦礫に埋もれていた。が、潰されてはいなかった。ちょうど瓦礫同士が支えあう形で、まるでお前を守るかのように積み重なっていた」

「え……?」

「引っ張り出すのは簡単だった。隙間も十分にあったからな」

 伊達が聖を助けた。なぜ? 聖も一市民だから?

「お前に死なれちゃ困るんだ。聞きたいことがある」

 もしかして、

「バレ、てる……?」

 聖がイーターだと、バレットにバレてしまっているのだろうか。

 そんな聖の動揺を悟ったのか、伊達は「ああ」とこぼす。

 ああ、やはり、正体を隠すのであればもっと徹底すべきだった。あの少女も言っていた。もっとマトモに隠せと。

「あの、別に騙してたわけじゃ……ただ、興味本位で」

「あー、いや、別にそれを責めたいわけじゃない。僕だって勝手な勘違いで、危うくお前を殺すところだったから……」

「え」

 いきなり過激すぎやしないだろうか。

 今までもイーターとバレットは対立を重ねてきた。だが、バレットが本気でイーターを殺そうとしたことはかつての一度しかないはずだ。

 というか、勘違いって?

「ともかく、これはお互い様ってことで。お前が僕にどんな理由で近づいたのかは知らないけど、それが街を壊そうってんじゃないなら良い」

「あ、はあ……」

「ところで、」

「?」


「――お前のオモチャって、どんなのなんだ?」


「――――」

 ――――。……勘違いしていたのは、聖も同じのようだ。

 あれ、おかしいな。聖がイーターだと気付いたならば、そのオモチャが変身ベルトであることにも気付いて当然である。なのにどんなオモチャなのか、と聞く時点で、その前提が破綻する。

 つまり、えーっと?

 伊達は、聖がイーターだと気付いていない。

「……オモチャ、ですか」

「ああ、そう。持ってるんだろう? この前、初めて出会った日。別れた場所にあった破壊痕を、まるでこんなの見慣れているとばかりにマジマジと観察していた。アレはオモチャを持っているからじゃ、と思ったんだ」

 なんだ、気付いていないのか。焦って損をした。

 聖は深々とため息をつく。さて、問いに答えよう。

「どんなオモチャかは言えません。お互い様とは言いましたけど、殺そうとしてた、なんて言う相手に手の内を明かすもんですか」

「うぐっ……し、しかし、……いや、そうだな。それが当然だ」

 少し笑いながら言うと、何も言えなくなってしまう伊達。やはりこうして見ると非常に人間らしい。

 そうしてふざけていられたのも束の間、

「――――ッッッ!」

 轟音が耳をつんざく。聖を襲ったあの白線。それが放たれる時の音だ。

 そしてまた、瓦礫の山が生まれる。

「あの野郎……!」

 伊達の顔つきが一瞬で、バレットのソレになった。

「宮城さん、さっさとここを離れて。逃げるんだ」

「で、でも」

「お前のオモチャがどんなのか、この際どうだっていい。どんなオモチャでも、勝てない相手がいる。僕はソイツを……裁いてくるから。だから早く逃げろ。ここもすぐ危なくなる」

 まだ崩落していないビルを影にし、二人は体を休めていた。しかし、徐々に破壊音は近づいてきている。ここも危ないというバレットの言葉は正しい。

 しかし、今バレットは自分で言った。「どんなオモチャでも、勝てない相手」と。そんな相手に、バレット一人が勝てるものか。

 実際に、あの少女の持つオモチャ、その力は絶大なものだ。たった一振りで全てが消失するハンマーなど、どう戦えばいいのだ。

「いいか、本当に、早く逃げろ」

「ま、待って!」

 聖の制止も届かず、バレットは飛び出して行ってしまう。彼のことだ、街がこれ以上壊されるのを黙って見ていられないのだろう。たとえ、死ぬ可能性があったとしても。

「……はぁ、どうしろってのよ」

「ヒジリさんは行かないんですか?」

 イヴが顔を出す。ということは、ベルトは無事だということか。そういえばベルトの無事を確認していなかった、とベルトを取り出す。ああ、良かった。

「ベルト、失くしてなかった」

「……ええ。あの崩落の中、ベルトだけは手放しませんでしたからね、貴女」

 だが、ベルトがあったからといって何かが変わるわけでもない。オモチャを持った少女が一人戦場に立ったくらいで、戦況を覆せる相手ではない。

 あの少女は、恐ろしく強い。

「体中あちこち痛いし、もう怖くて怖くてしょうがないし、めんどくさいし、バレットが言ったとおり、帰っちゃいたいよ」

「それで、いいんですか」

「いいわけない」

 聖が憧れたヒーローはそんなことをしない。強敵を前にして怖気付いたりしない。何かを中途半端に投げ出したりしない。

 せっかくヒーローになれたんだ。ヒーローを語っているんだ。そんな真似、絶対に、絶対に……――。



「――ねえ、イヴ。私って、今までこのオモチャで遊んでただけだよね?」



 その事実に、ついに、気付いてしまった。




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