第○一二話 『伊達視点の聖』
今回短いです。
妙なことになったものだ、と頬をかくのは、隣に女の子を連れる伊達。その女の子は、名前を宮城聖という。
ついカッとなって、ナンパされているところを助けてしまった際に、少し話しませんか、と呼び止められ、今に至る。聖には特に何か、狙いがあるというわけでもなく、本当にただ話したいだけらしい。先ほどから、世間話程度のことしかしていない。
どこか喫茶店に立ち寄って話すわけでもなく、新都をぶらぶらとしながら言葉を交わす。不思議なもので、歩き続ける疲れなどは感じなかった。
会話が尽きることもなく、ぶらぶらし続けて一時間と少しが経った頃、
「それじゃあ、付き合ってくれてありがとうございました」
「あ、もういいんだ?」
「はい。長々とすみません」
聖の気は済んだのか、礼を言い、ここで別れようと告げてくる。まあ確かに、そろそろいいくらいだろう。
「いや、こちらこそ。なんか変な気分だけど」
年下の女の子とこんなにも長い時間話したのはいつぶりだろうか。そもそも、女子との関わり自体非情に薄い。
それでは、と言い残し、聖はととと、と去っていった。
「楽しくなかった、って言ったら嘘になるけど……結局何がしたかったんだ」
ただ話したいだけ。それはわかった。では、そう思った理由は?
「……わかんね。変な女の子だったな」
「ヨル様のご趣味はああいう……?」
「ストップだ、イヴ。僕にあんな趣味はない」
言い方が悪いか。たぶん、人によっては可愛いという部類に入るのだろう、聖は。しかし伊達の好みではない。
それに何か、根本的に合わない気がする。こう、相性的な問題で。話していて楽しいのに相性は悪い。自分でも何を言っているのやら。
「まあ、もう顔を合わせることもないだろうし、どうでもいいか」
そうして、聖は伊達の記憶の片隅に埋もれていく。
今日も今日とて、川内市は平和であった。
と、思っていたのだが。
その平和は、唐突に崩れ去る。
気づけたのは単なる偶然。視界の端に何かが映り、体が勝手に動いただけのこと。しかしその偶然は、確かに伊達の命を救った。
数瞬遅れで、轟音が鳴る。
ゴォオォォオオオオ――ッ!
耳をつんざくソレは、伊達がつい先ほどまで立っていた地面を抉り、貫いていた。その余波が伊達を襲い、全身が感電したかのように痺れる。
異常。伊達の経験では、こういった事象はオモチャの力によるものだとされている。
――途端、伊達の中でスイッチが入った。
「……ふむ、アレをかわすか」
「……誰だ、アンタ」
どこかから声が聞こえてくる。確かめるまでもなく、今の攻撃を放った敵だろう。
「そう身構えるな。ほんの挨拶、小手調べよ」
周囲には逃げ惑う市民が大勢いる。この中にいるのだとしたら、見つけるのは相当困難だ。
「どこのどいつだか知らんが……僕の前で、市民を危険に晒したな」
伊達は混乱に乗じ、黒い帽子にサングラス、マフラーに上着を着る。
川内市の二大ヒーロー、その片割れ、ブラッド・バレットが顕現する。
「姿を現せ……!」
「おお、恐なんだ。自らは正体を覆い隠しておきながら、他者には姿を顕わにせよと迫る。矛盾していると思わぬか? 幼き少年よ」
声からして、相手は女。どうにも古風な口調ではあるが、声色に混じる幼さによるミスマッチ具合が耳に障る。
「安心せい。挨拶だと言ったはず。これ以上危害を加えることはない。なに、精々首を洗って待っておれ。今に妾が直々に出向いてやるでな」
そして、辺り一帯に満ちていた不穏な気配が消えた。
――消えた、のだろうか。
「言うだけ言って、何がしたかったんだ……」
伊達は、黒ずくめの衣装を脱ぎ去り、普段の姿に戻る。その手際も慣れたもので、ほぼ一瞬である。
「あれ、バレ――伊達さん」
そのタイミングで、不思議な声を聞いた。知らないわけではない。むしろ、つい先ほどまで聞いていたものだ。いや、姿の見えぬ敵ではなく、
「宮城、さん」
帰ったのではなかったか。なぜここにいる。
そう考え、先ほどの轟音だ、戻ってきてもおかしくはない、と思い直す。気になって来て見れば、そこに別れたばかりの伊達がいたから声をかけた。そういうことだろう。
「……何ですか、これ」
「関わらない方がいい」
破壊痕を見て聖がこぼす。見ていて気分がいいものでもないだろう、何かが破壊された痕など。ゆえに、関わらない方がいいと告げたのだが、
「――?」
ふと、違和を感じた。
聖の顔つきが、先ほどまでとは違うのである。何がどう違うとは説明できないが、何か、日常とは別の世界に生きる人間のような顔つき。そう、非日常に身を置く人間の顔だ。
聖は破壊痕を見て、その表情を恐怖に染めるわけでもなく、困惑に染めるわけでもなく、ただ、観察している。こんなの、見慣れているとでも言わんばかりに。
そして、伊達は一つの可能性に思い当たる。まさか、とは思うが、もしや、とも思う。
思い返せ。先ほどの姿の見えぬ声、それは女性のものであった。古風な口調ではあるが、やけに幼さを感じさせるソレ。
「……あ?」
カチャリと、何かがハマった気がした。
一度疑い始めれば際限が無かった。
あの後、特に言葉を交わすこともなく二人は別れた。それ以降、伊達は常に聖のことを考えている。
きっかけは偶然だったとしよう。たまたまナンパされ、それをたまたま伊達が助けた。
そうして顔を合わせた二人は、特に違和もなく言葉を交わし――て、いただろうか。そもそも、少し話しませんか、と振ってきたのは聖だ。あの流れはいささか不自然ではなかっただろうか。
ああ、そうだ、そうか。
聖は偶然で得たきっかけを利用し、タイミングを図っていた――!
「つまり、あの声の主は……宮城聖。市民を脅かす攻撃を放ったのも、宮城聖!」
あろうことか、あの少女がオモチャ使いだった。
油断した。人は見かけによらぬと、そんな当たり前のことも失念していた。
「次に出会った時は確実に仕留める……街を、市民を脅かす敵は、絶対に許さない」
こうして、事実はすれ違い、真実が埋もれていく。
◆
「とまあ、こんなところでどうよ?」
爽やかさを売りにする青年は、その口元に似合わぬ獰猛な笑みを浮かべる。
難しい力だが、彼の幸運を持ってすればこの通り。見事に嵌ってくれている。
「これで、動きやすくなったんじゃないか、おチビちゃん」
「ふん、つまらぬ。何が起こるかわからないからギャンブルは愉快で滑稽なのだ。初めから勝敗の見えたイカサマギャンブルなど、見るに値せぬ。これほどのハンデ、むしろ妾にとっては邪魔以外の何でもない」
青年に微笑まれ、しかし出てくるのは憎まれ口。相当に嫌われていると、言葉の節々から感じ取ることができる。
「お気に召さなかった、か。まあガマンしてくれよ。これも、スムーズに進めるための一手なんだから。おチビちゃんの癇癪一つで計画をパーにされたんじゃ笑い話にもならないぜ」
「妾にとっては、その方が余程腹を抱えるに足る。どれ、一つぶち壊してみせようか」
相変わらず、扱いづらいじゃじゃ馬だ。
何だってこんな子どもを使うのか。思い通りに進めたいのであれば、それこそ青年一人いれば十分だろうに。エンターテイメントの追求だかなんだか知らないが、胃が痛くなって仕方が無い。
「ふ、少々戯れが過ぎたか。許せ、このところ退屈なのだ。実際にどうこうする気も無い。余興にしては不十分ではあるが、それは妾の華にて艶やかに飾り立てようぞ」
「勢い余って壊したりとかしないでくれよ、マジで。使えるままに回収したいんだから」
「わかっている。目的は――、」
「――あやつらの持つオモチャ。ベルトとモデルガン、であろう?」
少しずつ、動き出す。




