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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第三章 裏側の片鱗
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第○一○話 『平穏の表裏』



「いらっしゃいませー」

「……げ」

 聖は、店員の顔を見るなり顔をしかめた。なぜならば、そこにいたのはこの四ヶ月で何度も顔を付き合わせた相手――バレットだったからだ。

 普段は隠しているため、実際に顔を見たのはクリスマスの日だけだが、それでも大分強烈な印象だったために憶えている。間違いない、コイツはバレットだ。

 対し、店員はそんな聖の態度を訝しげに見る。ああ、そうか。相手はイーターの素顔を知らないのだ。であれば、知らん振りを決め込むが吉。

「どうしたの、聖。アンタすんごい顔してるけど」

「な、なんでもない。……で、何食べる?」

 久々にクラスメイトと遊びに来て、どこかで昼食を摂ろうと立ち入った飲食店。まさかバレットが働いているとは思わなかったが、今日知れたのはある意味では良かったのかもしれない。これからはこの店はおろか、この近辺には近づかないように心がけることができる。

「あっはっは、これは傑作ですね、ヒジリさん」

 笑い事じゃねえ。

(……そうは言いますけど、いざという時に頼れる相手の所在地は知っておいた方がいいと思いますよ?)

(私がコイツを頼るなんて有り得ない……!)

 まあ? 聖が頼られる方ならば、手を貸すのも吝かではないが?

 というか、年がら年中、日がな一日ここで働いているわけでもないだろう。頼るにしたって、ここにいなければ意味がないではないか。

 結論から言おう。やはりバレットを頼ることはない。

 そもそも、頼らなくてはいけないほどに凶暴なオモチャ使いなどほとんどいない。クリスマス直後は興奮し、理性の効かないままに暴れる輩が多々湧いたが、四ヶ月も経つのだ。今さらオモチャに魅せられ暴れる者はいない。

「さっさと食べて、ここを出よう」

「え? いや、昼くらいゆっくり食べ――」

 お待たせいたしましたー、と目の前に置かれたお子様セットを凄い勢いで食らう聖を見て、クラスメイトが引いたのは言うまでもない。


 ◆


 勤務時間を終え、お疲れ様です、と店を後にするのは伊達夜だった。

 つい先日、嫌な事件があったとはいえ、伊達が立ち直るのは早かった。それも、ここ最近が平和であるおかげだろう。もしもオモチャを使った犯罪が目の前で起きてしまったなら、きっと伊達は怒りを抑えきれず暴走してしまっただろうから。

 落ち着いた今なら大丈夫ではあるが、もっと大人にならねばと思う。

「ヨル様、今日もお疲れ様です」

「ん、ああ、ありがとう。そういえば、出てくるのは久々だな」

 この前の一件でも、イヴは姿を見せなかった。

「ええ、少々気になることがありましたので。申し訳ございません」

「いや、いいけど。ここ最近は目立った事件もないし、気にすることはない」

 非常時にはイヴの力が必要不可欠だ。どうにも、オモチャの真の力を引き出すにはイヴという存在がいなければいけないらしい。イヴがいなければ、このモデルガンは弾丸を撃ち出すただの拳銃にすぎない、というわけだ。

 それでも十分威嚇になりえるのだが、世の中威嚇だけで止まらない大馬鹿がそれなりにいる。そんな奴らを――裁く。

「んでさ、問題なければ教えて欲しいんだが。気になることってなんだったんだ?」

「――――。……いえ、少し。他のイヴと情報の共有を」

「他のイヴ?」

 ええ、とイヴは頷き、

「私は、イヴ=モデル〝Bullet〟です。それは理解頂けていると思います」

「うん、まあ」

「では、他のモデルも存在することは考えられませんか?」

 そういうことか。

 伊達のモデルガンが力を発揮するのにイヴの存在を必要とするならば、それは他のオモチャとて同じ事。思い浮かべるのはイーター。彼女だって、ベルトの力を使うためにイヴを介しているのかもしれない。

「それが、他のモデル」

「はい。そういった他のモデルのイヴたち。その一人と、近況報告を兼ねた情報交換のようなものをしていました。なかなかコンタクトが取れずに苦戦しましたが……この試みは、概ね成功です」

 つまりは、他のオモチャ持ちと連絡を取り合えるということだろうか。もちろん、イヴを介してにはなるが、それは戦略の幅が広がることを意味し――いや、そうではない。

 戦略などと、まるで戦うことが前提にあるみたいではないか。伊達だって、戦わずに、殺さずに済めばそれが一番なのだ。市民に害を及ぼす者を許せないのは事実だが。

 ただ、他のオモチャ持ちと連絡を取れる。その事実だけを受け止めよう。

「私共も、オモチャの配布と共に自我が芽生えた身。手探りではありますが、これからできることを増やしていかないとなりません」

「なんていうか……勤勉だな、イヴ」

「日夜働いておられるヨル様も、勤勉ですよ」

 最初の頃より柔らかくなったイヴの笑みに、伊達も釣られて笑みをこぼす。

「さて、あまり遅くならないうちに帰るか」

「ええ、暖かくなってはきましたが、まだまだ夜は冷え込みます。防寒対策の方、きっちりといたしましょう。差し当たっては、鞄の中にある上着を着てはいかがでしょう?」

「上着は暑いから脱いだんだよ……」


 ◆


「そもそも、なんでバレットってあんな簡単に殺せるのかな」

 聖は自室で、そんな問いを空に投げかける。独り言のつもりだったのだが、イヴが反応した。

「そりゃあ、犯罪者が許せないからじゃ?」

「だから、いきなり出てくるのやめてよ……びっくりした」

 犯罪者が許せないから。もっと詳しく言えば、市民を脅かす悪を許せないから。だから殺す?

「ううん、そうじゃなくて……そもそも、なんで殺せちゃうのかなって」

「……ええと、それ、問いの意味変わってます?」

「私は最初から同じことしか言ってないよ」

 ハテナを浮かべるイヴに、聖は、

「普通、誰かを殺すのって凄い勇気がいると思う。殺人を犯す人だって、本当に殺そうとして殺してるわけじゃないと思うんだ。つい、だとか、夢見心地のまま、だとか。現実感のない中で、人を殺してるんだと思う」

 しかし、バレットは。

 彼は、現実を見据えた上で、しっかりと理性を保ったまま犯罪者を裁く。

 それができてしまうには、いくらなんでも彼は若すぎやしないだろうか。

「はぁ……ヒジリさん、貴女も大概ですよ。普通の女子高生はそんなこと考えません」

 果たして、聖は普通の女子高生なのだろうか。

 四ヶ月もこの川内市を守って、ウワサにまでなって。アイドルでもなければ歌手でもない。ただヒーローである。そんな聖が、普通だろうか。

 四ヶ月前の自分とは、考え方の根本からして変わって来ているような、そんな気がする。

「あはは、もしかして、私ってば調子に乗ってるのかもね。ヒーローだなんだって囃し立てられて、もっといろんなこと考えなくちゃ、とか、正義ってなんだろう、とか悩んじゃったりしてる」

 それ自体は悪くないのだろうが、聖の場合、それはベルトという力がもたらした副作用のようなものだ。力があるから、強いから、だから自分はもっといろんなことに気を配らねばならない。そんな傲慢な考えが、聖の中にはある。

「……急にどうしたんです? らしくないことばかり」

 そんな聖を、イヴが半眼で睨む。その言葉に聖はずっこけ、そんなにおかしなことを言っただろうかと、自分の言ったことを思い返す。……おかしな点が見当たらない。

「貴女はもっと、こう、おバカだったでしょう。……あ、ちょっと、首絞めないでください! 苦しいです!」

「私だってもう高校二年生だよ、なっちゃったんだよ。あと一年もしたら受験だなんだってヒィヒィ言わなくちゃいけなくなるの。あっという間に大学生だよ? そしたら大人だよ? 私が賢くなって何が悪いのさ……!」

「ギブ、ギブ……! ――なーんて。イヴ、精霊ですからそういう物理的な攻撃、効かないです。必死になっていたところ悪いんですけど……うわっ!? あの、ヒジリさん? いきなり枕なんて投げられたらびっくりします。いくらダメージがないからって」

 この精霊、口にガムテープでも貼って黙らせてやりたい。

「ふん。変わったって言うなら、イヴこそ変わったじゃん。最初の頃の神秘的な雰囲気とかどこ行ったのって感じだし」

「子は親に似ます。ええ、貴女に似たんです」

 聖はここまでアホっぽくない。

「いいえ、アホだと思います。というか、お子様? よく言われませんか?」

「言われないよ、そんなこと……」

 お子様と言われる要因があるとすれば、聖が無類の仮面ヒーロー好きだという点だろうか。だがこれに関しては、周囲には秘密であるし、そんな素振りも見せない。部屋には少し女気が足りないが、そこはボーイッシュな趣味を持っているという体で通っている。

「そもそも、そういうこと言われるほど仲のいい友達とかほとんどいないしね」

「あれ? 度々言葉を交わす、あのクラスメイトさんは友達ではないのですか?」

「あー……あの娘は、なんていうか、腐れ縁?」

 友達ではあるが、それだけではない何かが、二人の間にはある。それを言葉にするのは少し、難しいけれど。

「ってぇ、そんなこたーどうでもいいのよ。なんでバレットの話から私の友達に話が移りまくってんの。ハーレム系主人公の好意かよって」

「ヒジリさん、喩えが酷すぎます」

 ――結局、ブラッド・バレットとはどういう人間なのだろうか?


 ◆


「――どういうことなのでしょう」

 王城、謁見の間にて。

 一人の美しい少女が、言葉を紡ぐ。

「私たちに自我を与えたこともそう。オモチャを配ったのもそう。どれもこれも、意図が理解できません」

「ふむ……それを話したところで、どうするというのだ、精霊よ」

 どうもしない。ただ気になったから。しかしそのままにはしておけなかったから、こうして出向いたまでだ。

「疑問に思った。それ以上、問いを投げかけるのに理由は必要でしょうか」

「そうか、そうか、なるほど。いや、必要ないな。疑問に思った。だから問う。そこには何の矛盾もない。なるほどなるほど。では、問い返すことを許せ。――聞いたところで、何をしようという気はない。そういうことだな、精霊?」

 試されている。と気づいたのは、答えてしまってからだった。

 少女――精霊――イヴが頷いたのを見届け、相手は続けた。

「では話そう。まずは一つ目、精霊たちに自我を与えた理由だな。簡単なことよ、お前たちにはオモチャの所有者と友達(ヽヽ)になってもらいたい」

「とも、だち……?」

 新たに疑問符を浮かべるイヴを無視し、

「二つ目、オモチャを配った理由。これに関しては、今は教えることはできない。その疑問の種は土に埋め、育つのをとくと待つが良い。なに、成長を待つ楽しみというのは、存外悪くない。せっかく与えられた自我で、植物の栽培でもしてみてはどうだ」

 では、話は終わりだ。そう告げ、イヴは謁見の間から締め出される。時間にしてぴったり五分。元々多くを聞けるとは思っていなかったが、成果は半分。知恵をつけたばかりの身としては上々の結果だろうか。

「はぁ……私だけがおかしいのでしょうか。聞けば、自我を持った精霊がこのようにして帰ってくることも稀らしいですし」

 イヴ=モデル〝Bullet〟は、王城の外に出た後も頻りにため息をついた。主を放り出しておきながら、この程度しか成し遂げられないとは不甲斐ない。

 イヴは自らの在るべき姿――身の丈ほどはあろうかという大きな本を宙に浮かべ、そこに聞き出した情報を書き連ねていく。連ねるほどわかったことはないが。

「……主と、友達に、ですか」

 思い浮かべるのは、義理と使命感に溢れる、一見冷徹で、しかし隠し切れない熱血が魅力である主人。伊達夜。

 関係性として主と僕。友達など、恐れ多い。

 ――恐れ多い、か。

「無意識の内に、ヨル様を恐れているのでしょうか、私は」

 違う。これは、恐れは恐れでも、畏怖である。強者であれば誰もが持つ存在感のようなもの。イヴはまだそれに慣れていない、あるいは未熟なだけなのだ。

 いつかは隣に並び立つ事ができるよう。ひとまずは、

「この情報を、できうる限り、多くの精霊に――」


 この後、他の精霊との交信に思いの外苦戦し、その身で接触するしかなくなったためにたった一人としか話せなかったのだが、それは苦い記憶としてイヴの脳裏に刻まれる。




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