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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
番外章 魔法少女のオモチャ
10/45

第一話 『魔法少女の災難』

繋ぎも兼ねて番外編的なものを。




 クリスマスの朝、とある少女の下に、とあるオモチャが届けられた。

「……えっと、なんでしょう、これ」

 細長い形状。その先端には光り輝く――なんてことのない、むしろ光を飲み込むかのようにつやの無い、紫色の宝石が装飾として施されていた。いわゆるロッドというものか。

「ほぇ、まるで魔法使いの杖みたいですね」

 寝起きだからか、なぜそれが枕元にあったのか、なんて不思議には一切触れず、興味津々で杖に触れる少女。見れば見るほど、魔法使いのソレだ。

「もしかして、魔法を使えちゃったりするかもですか?」

 あはは、そんなわけがない。

 なんて思いつつ、少女はなぜか期待し、杖を一振り、

「……えいっ」

 ポンッ、と現れたのは、可愛らしい女の子であった。

「――――、……は?」

 さすがにこれには驚きを隠せず、寝起きの靄はどこかへと消え去った。完全に冴えてしまった頭で、現状のおかしさを理解しようとする。

 まずもって、寝る前まではなかった杖がなぜ枕元にある。そんでもって、それを振ったら女の子が出てきたとはどういうことだ。

「イリュージョン……」

「イリュージョンれはなく、オモチャれす」

「おも、ちゃ?」

 現れた可愛らしい女の子がその口を開いた。これはいったい。少女は夢でも見ているのだろうか。それともこの子がサンタだったりするのだろうか。

「んー、あー……どういうことなのでしょう?」

「それ、魔法のステッキ……んぁ、オモチャ?」

 いまいち要領を得ない説明だ。どうやらこの杖のことを何か知っているらしいが、舌足らずな話し方は子どものソレであり、説明に適しているとは言えなかった。

 ゆえに、少女はこの娘を子どもだと思って接する。

「あのー、この杖は、魔法のステッキ、ですか?」

「あ、……はい、そうれす」

「このステッキは、あなたが持ってきたんですか?」

「ううん、持って来たのは、……あー、サンタ? ピーター?」

「さ、サンタ……そうですか」

 まさか、この歳になってサンタからのプレゼントを受け取ることになろうとは。

 とはいえ、少女は中学一年生。世の中には中学を卒業するまでサンタを信じる純粋な子どももいると言うし、まあ、問題はないのではなかろうか。

 あるとすれば、このステッキの得たいの知れなさだ。

「あなたは、どこから来たんですか?」

「う、夢の国。うち、妖精……精霊れす」

「……ああ、はい」

 そろそろ頭が痛くなってきた。中学生くらいの見た目に対し、中身が随分と幼いことはわかった。それだけならまだ適応できる。

 だが、その、メルヘンにまで対応できるかというと、そうではない。メルヘンなど小学校卒業と共に捨て去ってしまった身だ。今はそれを恥ずかしいと思う時期であり、そんな子どもの相手をするのは些か苦行に過ぎる。

「あ、そうだ。名前を聞いてません。あなたのお名前は?」

「名前……?」

「ええ、そうです」

「…………」

 あごに人差し指を当て、首を傾げる女の子。数瞬の後、

「――Entertainment Virtual Elemetal、イヴ」

 そんな、予想のはるか斜め上を行く回答を頂いた。思わず口の端が引きつる。

 前半は聞かなかったことにしよう、と少女は逃げた。

「イヴ、それがあなたの名前ですか」

 こくり、と頷くことで応答とする女の子――イヴ。そのイヴは、純粋な眼で言葉を紡いだ。

「うち、おかあさんに、ステッキの使い方、教えに来たんれす」

 ――――。

 今のが聞き間違いでありますように、と祈りつつ、

「……お母さん?」

「? ……おかあさん」

 女の子にわざわざ指を差され、返される。

 決定、クリスマスなんてロクでもねえ。



「おかあさん、待って、待ってくらさい」

「イヴさん、まずはその呼び方をなんとかしてください……周りの人に変な目で見られちゃいます」

 数少ない友人との約束のために外出した少女だったが、それになぜかイヴも付いてきた。家に置いといて家族に見つかるのも面倒だったし、ならば目の届く範囲に置いておこうと思っての判断だが、おかあさん、おかあさんと呼ばれると白い目が少女に突き刺さ――らない?

「あれ、存外そうでもないっぽいです?」

「うち、見えてない、れす。おかあさんらけ」

 他の人には見えていない?

 自分は幽霊だとでも言うつもりだろうか、この女の子。

 だが、その言葉を真実だと思っていいかもしれないほどに、周囲は少女に無関心だ。街中であり、それなりに人がいるのに、イヴがおかあさんと呼んでも誰も振り向かない。

「い、いや、こんなのマグレ……そうですよ、都会の人なんてみんな薄情ですから」

 そんな失礼極まりないことを口にして精神を落ち着かせる。ああ、もう。朝から調子を狂わされっぱなしだ。

 振り向き、睨み付ける。確か妖精と言ったか。あれ、精霊だったか。どっちでもいい。もし本当に、そんなメルヘンチックな存在であるのなら、そんな女の子を召喚したステッキはなんなのだ。これもまた同じくメルヘンなものなのか。たとえば、そう、やはり魔法が使えたり、ステッキというくらいなのだから魔法少女に変身したり――、

「お、来た来た。ギリギリ遅刻回避、か。相変わらずドンくさいというかなんというか。だからクリスマスにまで女友達といることになるんだぞー、アンタ」

 馬鹿なことを考えていたら、友人との待ち合わせ場所についた。いきなりお言葉である。

「し、失礼な! ウチは彼氏を作って忌々しいリア充的なクリスマスを過ごすより! ぼっちでクルシミマスしようとしたけど! やっぱりそれも悲しいと思っていたら、そんな時に女友達である貴女が誘ってくれたから! 仕方なくこうして付き合ってあげてるんです!」

「お、おう……めんどくさいな、アンタ」

 懇切丁寧に説明したらめんどくさいと。中々な売り言葉ではないか。その喧嘩、買った。

「まあまあ落ち着いて! アタシたち彼氏いない同士、いや、同志? 傷を舐め合って寂しいクリスマスデートを楽しもうじゃない!」

「ぐるるるるるる……、……ふう、まあいいでしょう。それで、どこに行くんですか? やはり定番は映画ですかね。でも混んでそう……」

「とりあえず最初はウィンドウショッピング、って言うのかな? 街をテキトーにぶらぶらして、気に入った店があったらそこに入るって感じでどうよ」

「なるほど、合理的なようで非合理的、と思いきややはり合理的なプランですね。わかりました、それで行きましょう」

「やっぱアンタめんどくせえ……」

 その言葉はあえて見逃すことにした。

 ――さて、イヴのことだが、やはり見えていないらしい。マジですか。

 この友人が、少女が女の子を連れているのを見て何も突っ込まないはずがない。これほどまでに説得力のある納得を自分でしてしまうとは、なんというか。

「あなた、本当に見えてないんですね……」

「うち、嘘、つかないれすから」

 ああ、どこまで非現実的な存在なのか。

 少女は別に、そういうことが嫌いだとかいうわけではない。ただ信じていないだけなのだ。信じる心を、忘れてしまった。

 それはつまり、少女が子どもではなくなったということなのか。そんな気はまるでしないから、ただ単に大人であろうと強がっているだけなのか。

「あの、すみません」

「ん? なに?」

 呼び止めておきながら、問うかどうかを逡巡してしまう。だけどまあ、この友人なら、と。

「貴女は、サンタさんとか、妖精とか、そういうものってまだ信じてますか?」

「え?」

 友人はやはり、ポカンとした顔で呆けてしまう。それも当然か。

「ああ、今のやっぱり無しで――」

「信じてないよ」

 キッパリと。友人は迷うことなく答えた。

 うん、そんなものだろう。そうであって、それが正しい。

 なにせ、自分たちはもう子どもではないのだから。

「でも、」

「え?」

「信じたいとは思う、かな。いたらいいな、って。そんな御伽噺が、あったらいいなって。そう思うよ?」

 今度は少女が呆ける番だった。意外だ。この友人の口から、そんな言葉が出るなんて。

「な、何よその顔は」

「いえ……意外だったので」

「でしょうねえ、その顔見りゃわかるわ。……でも、別に不思議なことじゃないと思うよ。アタシらの歳だと、なおさらさ」

 それは、どういうことだろうか。友人はそれ以上は何も言わず、少し先を歩き続ける。

 むぅ、少女の友人は優しくない。そこまで言ったのだから、もっと丁寧に教えてくれてもいいだろうに。いつも重要なところは口にしない。友人らしくはあるのだが。

「意地悪……」

「おかあさん、すねてる、れす?」

「はい、少々」


 ◆


「はは、はははは……んですかこれ。楽しすぎンだろォ?」

 自分が引き起こした惨状に頬を引きつらせながら、しかし笑みを浮かべ続ける。

 このオモチャは、この力はなんなのだ。そしてその使い方を教えてくれたイヴという少女は何者なのだ。

 いいや、そんなことはどうだっていい。これさえあれば、見返せる。

 自分たち子どもを見下し、嘲り、突き落とそうとする彼らを。

 もう誰にも、大きな顔などさせない。

「はははは、あっははははは」

「いい感じいい感じ。この調子でどんどん遊んじゃおうネ☆」

「遊ぶ? ……ああ、そうだなァ。今まで散々弄ばれたんだ。仕返しくらい、したっていいよなァ。だってオレ、子どもだもン」

 言動に不釣合いな熊のぬいぐるみを右手に提げながら、その少年は笑みを抑えきれず零し続ける。

 ああ、ああ。ああ――!

「まったく、ありがとうよ、サンタさん!」

 まさか、こんな言葉を吐く日が来ようとは。人生、何があるかわからぬものだ。


 ◆



 ズゥゥゥン――。


「……なんだろう、この音。地震、にしては断続的っていうか」

「地震ではありませんね。どちらかと言うと地響き、地鳴りとか、そっちの方が近いです」

 ショッピングと言いつつ何も買わない一時間が過ぎた昼頃。異常が少女とその友人の耳に届いた。それと同時に、イヴも口を開く。

「――あっち。おかあさん、オモチャれす」

「え? ……オモチャ?」

 うん、と頷くイヴ。オモチャとはなんだったかと思考を巡らせ、そうだ、朝のステッキのことをそう呼んでいた、と思い出す。

「ステッキなら、なぜかここにありますけど」

 朝、机の上に置いてきたはずのステッキは、いつの間にか少女の鞄の中に入っていた。

「うち、入れたんれす」

「……あなただったんですか」

 まったくこの娘は、などと呆れ、これではまるで本当に母親のようだ、と思う。

「うーん、何があるかわかんないし、一度ここ、離れようか」

「そ、そうですね。それが良いです」

 友人の判断は適切だ。ここを離れ、ニュースなり何なりで何が起きているのかを確認して、それから――、

「あ、イヴ」

「…………」

 ――イヴが、何かに導かれるかのように地響きの鳴る方へ歩いていく。

「そっちは危険です! 戻ってきてください!」

「? アンタ、誰に向かって……」

 呼びかけてもイヴは反応しない。ああ、もう、まったく!

「すみません、ちょっとあっちに用事があるので行って来ます。ご心配なく、無茶はしませんので。すぐ戻ります」

「あ、ちょ、……こら!」

 友人の制止を振り切り、少女はイヴを追いかける。

「待ちなさい! この、こら、止まれ!」

 イヴは振り返りこそすれ、止まることはない。どういう理屈なのか、歩いているだけのイヴに走っている少女は追いつけない。

 いよいよもって、この女の子は本当に妖精の類ではないのかと思い始める。

 そして、それ以上にメルヘンチックな現場を目撃する。

 地響きに大分近づいた頃、イヴと少女は広場にいた。昼間ならば誰かしらいるはずの公園には、今は影が一つしかない。

 ……その影は、とてつもなく大きい。

「――――、……は?」

 朝起きてからここに至るまで、もう驚き疲れた。

 少女の眼前にそびえる巨大なソレは、熊のぬいぐるみであった。

 イヴはソレを指差し、

「アレ、オモチャ」

「――――」

 やってられるか。

 この巨大な動くぬいぐるみがオモチャ? 冗談も大概にしろ。これではまるで、兵器ではないか。このぬいぐるみが歩くだけでどれだけの被害が生まれると思っている。

「あ――」

 見れば、そのぬいぐるみの足元には一人の少年がいる。一歩間違えれば踏み潰されそうな位置だ。

「危ない! 早く逃げて!」

 少年は声に気づいたようで、その顔をこちらに向ける。――笑った。

「え?」

 それと同時に、ぬいぐるみの進行方向が変わる。その顔が少女を捕らえ、少年と同じように、ニタリと笑った……ように見えた。

 ぬいぐるみの左足が持ち上がる。物理法則を無視した巨体が、少女に狙いを定めている。

 ウソ。

 死ぬ。

 覚悟を決める間もなく、死が眼前に近づいて、それで、少女は――、


「おかあさんは死なないよ。だって、おかあさんは戦えるもの」


 ――トランス。モデル〝Witch〟

 鞄の中にあったステッキが光を放つ。いつの間にか、それは少女の右手に握られている。簡素な装飾しかなかった杖が、紫色の宝石が、周囲の光を呑んでいく。

「さあ、おかあさん。変身、しよ?」

「な、ななん、なん――っ!?」

「せーのっ」

 こうなりゃ、自棄だ。


変身(トランス・ウィッチ)!!』


『Entertainment 〝Witch〟』

 巨大なぬいぐるみを押し返したのは、紫色の波動であった。

 それが収束する頃、少女がいた場所には少女の姿は無く、代わりに、漆黒を基調とし、ところどころに紅蓮の装飾を施されたローブを身に着けた少女がいる。その頭には、あたかも魔女であることを証明するかのようにウィッチハットが乗っかっている。

 そう、魔女がそこにいた。

「……なんですかこの格好。魔法少女っぽくない」

『誰も魔法少女なんて言ってないよ、おかあさん』

 その声はステッキから聞こえた。先ほどまでのたどたどしい口調はどこへやら、まるで歳相応に成長したかのように、ハッキリとした物言いになっている。

「いや、だって、流れからして魔法少女になるものかと。もっとこう、フリフリとした可愛らしい衣装を着て……ううん、そんなの絶対嫌ですけど」

 むしろこんな格好でよかった。そこまで恥ずかしくないし、こういうおどろどろしい雰囲気の方が好きだ。

 それにしても、サンタさんに妖精、動く巨大ぬいぐるみに、ついには魔女に変身、ときましたか。

 ここで、メルヘンがどうだと言うのは頭が堅いだけではないだろうか。

「ええ、そうです。今目の前で起こっていることが真実。だとすれば、メルヘンは確かに存在した――それでいいじゃありませんか」

『うん、それでいいの。おかあさんはただ、このステッキで遊べばいいだけ。さあ、相手はあの大きな熊さん。精一杯、楽しんじゃおう?』






 ――これは、とある少女の物語。

 ――これは、変身するもう一人のヒーローの物語。

 ――これは、魔法少女の災難を描く物語。


 魔法少女、柴田シバタ紗凪サナギの災難は、始まったばかりである。









ところで、魔女の被っているトンガリ帽子の正式名称ってなんなんでしょう。そう思って調べてみたのですが、中々それらしいのが出てこなくて苦戦しました。

魔女帽子、トンガリ帽子、三角帽子などがほとんどの中、エナンという説も見かけたけれど、それもイメージと違くて……結局ウィッチハット(魔女帽子)に逃げました。

本編はもう少しお待ちください。

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