4:開演
人の名前と顔を覚えるのは
得意な方だ。
ほんの数分、
顔を合わせただけであっても
名前を言われれば
すぐに顔を思い出せる。
だけど、今日はおかしい。
確かに知っているはずなのに
名前が思い出せない。
古びたダンボールの上に
座り込んだ男が
こっちを見上げてる。
なにか考えているようだ。
誰だ?誰だった?
何度も自分に問い掛けるが
一向に出て来ない。
だけど、こいつを見てると
ふとかすかに
何かが蘇る。
嬉しいけど切ない。
楽しいけど悲しい。
胸が掴まれるような
遠い遠い記憶。
男は目を見開き
顔を輝かせた。
「あっ!
建ちゃんじゃん!
なんか見たことあると
思ったら〜。」
笑いながら言った。
だけど、まだ
俺の頭の中では
こいつの顔と
過去出会った男たちの顔の
照合作業は
終わっていなかった。
建ちゃん……
そんな呼び方する奴なんて……
ふと、
思わぬ回路と回路が繋がる。
「冬真!!?
ぇ!?なんでいんの!?」
思わず叫んだ。
冬真とは井上冬真。
唯一、友人と呼べる
何人かの中の一人だ。
「久しぶりだね。
まさか、こんな所で
小学校の友人に会えるなんて
思わなかったよ。
ねぇ、俺の家って行ったよね?
建ちゃん
ここに住んでるの?」
痛い所をつく奴だ。
「そ。
俺、家追い出されちゃって。
今はここが俺の家。
結構住み心地良いんだぜ。」
「ぇ〜!?
あのでかい家、
追い出されたの?
だっせーなぁ。」
そう言って冬真は笑った。
声変わりしても、
笑い方は変わらない。
冬真が笑ってくれると
いつも少し救われた。
馬鹿やって
2人で先生に怒られた時も、
俺が上級生に生意気だと
いじめられた時も。
そして、
家族に見捨てられた今も。
「っていっても
僕も借金取りに家も何もかも
奪われたよ。
人の事笑ってられないなぁ。」
冬真はしょげた顔をした。
「いい年した野郎が
そんな顔するなよ。」
そう言って
ちょこんと座っている
冬真の前に
胡座をかいた。
それでも小さい冬真の目線は
俺より下にある。
「それなら、
ここに住めばいい。
俺と2人じゃ
狭いかもしれないけど
外で野宿するより
全然ましだろ?」
冬真は暫く
きょとんとしていた。
俺は
余計な事を言ってしまった
と後悔した。
プライドを
傷つけただろうかと。
しかし、冬真は
そうは思ってなかったようだ。
いいのか、と呟き、
俺が頷くと
冬真はうれしそうに微笑んだ。
月明かりに照らされた
その笑顔は
男だというのに
なんだか美しかった。
そうして
俺たちの物語は
再びゆっくりと幕を上げた。