1:消失
僕の家。仕事も。家族も。
すべて僕の手から
滑り落ちていった。
砂で作ったお城は
波が来て
無惨に壊していく。
僕はそのお城が
鉄筋コンクリートだと
信じ込んでいたのに。
波打ち際に
残されたのは
僕の体一つ。
行くあても
帰る場所もない。
頼る親も友人も。
僕は
一体なんという人生を
歩んできたのだろう。
目の前の物が
全て消え去ると
頭の中は白くなり
自分の位置が
すべき事が
わからなくなる
とりあえず
今夜の宿を
探そう
他に術も知恵もなく
とりあえず
近くの公園に
野宿することにした。
もちろん
初めての野宿だったし、
夜の寒さの
しのぎ方なんて
さっぱりわからなかった。
よく話しに聞く
新聞紙と言うものを
拾って来たものの、
薄っぺらい
煎餅布団のようなものだ。
やはり、
11月に外で
寝れるわけもなく、
辺りを見渡した。
僕は
視界の下の方に
ぼやけた灯りの列を見つけた
河原沿いにら
連なる灯は
公園のすぐ下から
遠くまで続いている。
僕は
引き寄せられるように、
土手から
降りていった。
ブルーシートの家。
それが
灯りの正体だった。
一つの家から
老いた男性が
現れた。
面影からして、
昔は格好良かったであろう、
その顔から生える髭は
綺麗に整えられており、
髪も綺麗な白髪を
後ろに束ねていた。
そういった人々の
イメージに
大きく
かけ離れていたために、
僕は咄嗟には
ホームレスなんだと
気付かなかった。
よく見れば、
彼の服は
あちこち汚れ、
ズボンの裾は
ほつれ初めていた。
それまで
こちらを
気にしていなかった老人は
視線に気付いたのか
僕を見つめた。
ふと目が合い、
老人は
僕に優しく微笑みかける。
だけど僕は
気味が悪くなった。
どうして、
あの人は、
あの場所に立って、
微笑むことが
出来るのだろう。
家もなくし、
きっとまともな
仕事もないはずだ。
僕よりも状況は
悪いかも知れない。
なのに、彼は微笑み、
僕は悲痛な顔をしている。
僕は、
彼の微笑みを無視して
その場を立ち去った。
仲間なんだと
思われたくなかった。
自分の置かれた状況なんて
自覚したくなかった。
ただ、
僕は
無心で
歩き続けた。
歩いても歩いても
ブルーシートの家は
連なり続け、
とうとう行き止まり。
この辺なら、
公園よりは
雨風も避けれるだろう
と思い、
仕方なく
ブルーシートの
家と家の間に
寝床を置く事にした。
ただ、毛布くらいは
借りれるだろうかと
近くの家に訊ねようかと
考えた。
しかし、
頭が思うようには
体が動かない。
そんな頼み事を
ホームレスになんかに
出来るか、と
くだらないプライドが
邪魔する。
悩み続けた後、
寒さには負けきれず、
大きめの家を
訊ねる事にした。
最初から、
声を掛けるなら
ここだと心に決めていた。
他の家々が
悲しみに
ひしめき合っている
ようであるのに、
ここには懐かしさがあった。
何かによって
引き寄せられるように
目が離せなかった。
玄関らしきものの前に立ち、
声を掛けようとした。
その時、
チリン
ダンボールに引っ掛かった鈴が鳴った。
ふと鈴に目をやる。
赤い紐の付いた
小さな小さな鈴。
その先には、
錆びた自転車の鍵。
頭の中で
バラバラになった
ピースが
大きな音を
立てて
あちこちから
飛んできて、
巨大な絵が
現れた。
忘れたはずの、
小学生の自分が
蘇る。
そうだ。
ここに来たのは
初めてなんかじゃない。
ここは
――――我楽多ハウス
僕らの秘密基地。