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その2・・・妹と私のなりたち

上級生男子に挑み、敗北を味わってから1年ほど経った頃、私は既に小学生としては異常なほどの実力を有していた。


これが空手や柔道だったらウエイトに劣る私がそこまでの力をつけることは不可能だったろう。


しかし、私が修めているのは合気道だった。


自分の力ではなく、相手の力を使って倒す技である。


本来武術とは弱者が身を守るために考案されたものであるから、力の弱い子女にこそ習得されるべきものなのだ(祖父談)。


ちなみに私たちを泣かせた上級生男子の話には続きがあった。


あの事件翌日に、その上級生男子は父親を伴って我が家を訪れたのだ。


なぜそんなことになったかというと、意外にも自己申告したらしい。


とはいっても、本当は私につけられた少なくない怪我の理由を追及され、思わず白状したらしい。


そして、その上級生男子の悲劇はそこから始まってしまった。


父親が厳格な人で、地元の消防署に勤務する正義感の強い人だったということ。


その父親は武道を嗜んでおり、近所の道場に通っていたということ。


その道場で師と仰ぎ、指南を受けていたのが私たちの祖父だったということ。


つまり、そういうオチだったのだ。


その上級生男子の父親は激怒しており「自分の教育が間違っていた。息子の曲がった性根を叩き直すので見届けてほしい」と言いに来たのだった。


その後はもう大変である。


息子を道場に連れて行き、道着に着替えさせると、もう投げる投げる。


「日本男児として恥ずかしい」とか「お嬢様方に謝れ」とか「女子供に手を挙げていいなどと誰が教えた」とか怒鳴り散らしながら投げる投げる。


上級生男子も謝る意志はあったのかもしれないが、そんな猛烈な投げをくらいながらでは謝るどころか喋ることすらできない。


しかし父親は一向に謝らない息子に対して余計に怒りが募り、最終的に合気道の技ではなく、ブレーンバスターを決めようとしたところを祖父に取り押さえられ、最終的には上級生男子のあまりの不憫さに泣いてしまった私と妹が「もうやめてあげて」と言ったことで収まった・・・かに見えた。


上級生男子は全身くまなく打ち身になっており、痛みでとてもじゃないが口などきけない状態だったのだが、ヒートアップしている父親はただいつになっても謝らない息子に相変わらず激怒している。


祖父もあまりの不憫さに「孫たちもこういっていることだから許してやってはどうか」と言うのだが、答えは当然ノーだった。


その後も色々と不毛なやり取りがあったが、結局は上級生男子も祖父の道場に通わせ、心身ともに鍛え直すということで落ち着いた。


こうして私の実験台1号…もとい、上級生男子が道場に通い始めたのであった。


まぁ、その半年後には猛練習をした私の相手ではなくなり、かなり早い段階で雪辱は晴らしたけどね。


プライドからなにからズタボロにしてやったけどね。


妹を泣かせた罰だ、それは絶対に譲れない。


…しかし、実は彼には感謝していたりもするのだ。


結局のところ、私が強くなるキッカケを作ったのは彼なのだから。


そして私が強くなるためのに様々な実験台になってくれたのも彼なのだしね。





と、いうようなことがあって、いくらかの季節が巡り、また春が訪れた頃のこと。


私の実力は小学生だとか中学生だとかじゃない領域に突入していた。


上級生男子は投げられドールと化していた、そんな春の日。


暖かい陽気に誘われて変な人が増える季節、事件は起きた。


妹が、失踪したのだ。


ほんの数分、一人にした隙に。


その日、私が日直で「日誌を出してから帰るから少し先に帰ってて、すぐに追いかけるから」などと言ったばっかりに、妹は何者かに攫われた。


その日の朝礼で、最近学校の近辺に不審な人物を目撃したという情報が入っているから、登下校は一人ではしないようにと注意されたばかりだったのに。


妹の足は速くない。


私が走って追いかければ、下校路の半ば程度で追いつくはずだった。


いや、私が後から追いかけてくるからと、妹はゆっくり歩くはずだから、もっと早く追いついてもおかしくはなかった。


でも、家に着くまで追いつかなかったし、家にもいなかった。


妹が私に何も言わずにどこかへ行くなんて有り得ない。


私は必死に探した。


家で祖父に妹がいなくなったことを告げ、警察官である父への連絡を頼んだ。


そしてもう一度下校路を学校に向かって走った。


でも、変なところはどこにもない。


見たことのない車も止まっていないし、いつも犬の散歩をしているおばあちゃんも見ていないといった。


いったいどこに、妹は消えてしまったのか?


こんなにも暖かい、気持ちのいい春の陽気なのに。


下校路の公園の花壇で釘付けになっていると思ったのに。


と、そこまで考えて思い至った。


花壇。


…妹が好きな場所が他にもあった。


ただそこは下校路から外れていたので、真面目な妹が学校帰りに寄るという発想がなかった。


そこは大きな公園で、敷地の四隅に大きな花壇がある。


広さゆえに通りからは見えない場所が多々あり、しかも妹が気に入っている花が植えられている花壇の場所が一番人目につかない位置になっている。


思い立ったら即行動。


気付いたら私は世界記録も超えるのではないかというスピードで疾走していた。


そして目的の場所に辿り着いた瞬間に目に入ったのは、妹が見たことのない男に人目につかない茂みに引き込まれそうになるのを必死に抵抗している姿だった。


悪、即、投。


とりあえず、ぶん投げた。


なるべく痛いように、受け身を取れないように投げた。


その男は重量級な感じだったので、自分のウエイトの分余計なダメージを負ったようだった。


しかもかなり軟弱なようで、たった一度投げられただけで起き上がれない。


こんなんじゃあウチの道場の低学年のほうがマシだなどと思いながら、妹に駆け寄る。


抱きしめる。


ごめん、ごめん、一人にしてごめん。


もう大丈夫、お姉ちゃんが守ってあげるから。


みみに悪さする奴は全部お姉ちゃんがやっつけるから。


そこまで言った時点でようやく妹は状況が把握できたのか、私にすがり付いて泣き始めた。


怖かった、怖かった。


ごめんなさい、勝手に寄り道してごめんなさい。


お互いに抱き合いながら、わんわんと泣いた。


と、そんな中でぶん投げた変態男がようやく起き上がりそうになっていた。


起き上がってくるということは、まだやられ足りないということである。


少なくとも、道場ではそういうことである。


なので、今度は先ほどよりも倍の衝撃が伝わるように投げてあげた。


当然のごとく悶絶する変態男。


しかし、どことなく様子がおかしい。


苦痛に歪んでいる顔の中に、満足というか喜びが見て取れる。


何かおかしい。


気持ち悪くなったのでもう一度投げた。


今度は頭から落としてみた。


すると変態男はより一層うっとりとした表情になった。


そしてズボンが盛り上がっていた。


とても気持ち悪くなり、触ることも嫌になったので、近くにあったもので攻撃することにした。


場所が公園だったので、花壇を作るのに使ったあまりらしき石があった。


ちょうどランドセルの半分くらいの大きさである。


とりあえず、気持ち悪さを引き立てているズボンの山に向かって、勢いよく、投げつけた。


すると変態男は今度は苦悶の表情を浮かべて、口から泡を吹いて動かなくなった。


そこへタイミングよく父たちのパトカーが到着した。


私は駆けつけた父に「変態やっつけてみみを守ったよ!」と言った。


父は「なんて無茶なことをするんだ!」と怒った。


何か言いたいことがあるようだった。


しかし、変態男に目を移した瞬間、何故か苦悶の表情を浮かべて前かがみになりながら「我が娘ながら恐ろしすぎる」と言っていた。


この事件が今の私たちの関係を作り上げた原因となった。


「妹は絶対に私が守る」と「私のために頑張ってくれるお姉ちゃんのために、私も何かしなくちゃ」という関係が完成したのだ。


まぁ、姉妹の絆を強固にしてくれたという意味ではあの変態男にも感謝してやらないでもないかな。


私たちの絆の礎になってくれたわけだから。


だから、もしまた会ったら、もっと強めに投げてあげるとしよう。

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