その1・・・妹のことと、妹のためのこと
いなし、極め、投げる。
稽古でも実践でもやることは同じ。
しかも小学生のころから続けていることだ。
10年以上の時間をかけて、それはすでに私にとって生活の一部、完全なルーティーンとなっていた。
特別ではないし、大変でもない。
やることが当たり前。
日課であり、日常であり、義務である。
最初のキッカケは祖父に勧められたことであったが、今では趣味や特技と言えるほどのものになっている。
頭を使うことや、手先を細々と動かすことが苦・・・というか嫌いだった自分には、体を動かすことが性に合っていた。
さらに、理屈や理論といったものも苦手で、感覚とか根性だとか言われたほうが腑に落ちるとこが多かった。
そこにプラスして「おじいちゃんが好き」というのもあったから、「おじいちゃんが自分をかまってくれる」というだけで、自然と稽古にも気合が入ったものだ。
しかも、たまたま才能があってくれたようで、道場主であり師である祖父からは「もうすぐ師範代をやってもいい」と言われている。
しかしまぁ、私と同じく頭を使うことが苦手な部類の人間なので、師範代だとかそういう基準は祖父の感覚的なものなのだが。
とりあえず、他の方面ではからっきしの私でも、これだけは大成してくれたようだ。
実際に祖父以外の大人や他の道場との交流試合などで、私は負けなしだ。
私には全く似合わない言葉だが、業界では一目置かれ「天才」と呼ばれている。
しかし、この呼称は私にとって不本意だ。
才能などという言葉で片付けてほしくないほどの努力をしたのだから。
それだけの時間と体力をかけて今の実力にたどり着いたのだから。
そしてその全てが…愛する妹のためなのだから。
妹はまさに完璧超人だ。
家事は万能だし、勉強もできるし、面倒見がいいし。
どこに出しても恥ずかしくないスペックを持っている。
でもそんな中で、唯一運動だけは「人並み」である。
これは妹の性格も影響していると思う。
とにかく優しい性格なので、他人との争いは全く好まないし、傷つけるなんて以ての外である。
だから他人と競い合うことに直結しやすい武道や運動が好きではなかったのだ。
順位がつくという意味では勉強にもその側面があるが、妹の成績がいいのはテストで良い点数や良い順位を取りたいという訳ではなく、単に真面目で予習復習を欠かさないからである。
妹にとっては勉強とは予習復習をやって当たり前、それが生活の一部でありルーティーンなのだ。
競争しているという意識がないからトップをとっているのである。
そんな妹の性格が顕著に表れた事件があった。
そう、あれは事件だった。
祖父の道場を訪れた時のことだった。
私が初めて道場に訪れたのは小学校にあがってすぐの時で、その時目にした祖父の強さに感激し「おじいちゃんかっこいい!!」と目を輝かせて「わたしもやりたい!」とせがんだのだ。
それに気をよくした祖父は、まだ幼稚園児であった妹も道場に連れて行った。
当然祖父は妹も私と同じ反応を示すと思っていたのだろう。
可愛い孫から尊敬の眼差しで見てほしかったのだろう。
しかし、結果は真逆であった。
調子づいた祖父の稽古風景(人が空を飛ぶ風景)を見た妹は「おじいちゃんこわい!」と大泣きをし、それからしばらく祖父に近づかなくなってしまった。
祖父は1週間ほど道場を休んだ。
その後、妹は祖父に近寄らなくなった分、祖母にべったりになった。
武道一筋で厳格な祖父に対して、祖母は家庭的で暖かな人であった。
料理や裁縫を趣味としており、私や妹の手提げ袋などはすべて祖母の作であった。
妹は祖母にべったりになっている間に、その両手から作り出される料理や小物などに魅了されていった。
そして祖母プロデュースの第1号として妹が作り上げたのが、少し形がいびつなおはぎだった。
実はこのおはぎは祖父の好物であり、大人げなく落ち込んでいるのを見かねた祖母が気を利かせてチョイスした作品だった。
このおはぎを妹に持たせ「おじいちゃん、これたべてげんき出して。おじいちゃんげんきになるように、みみ、がんばってつくったよ」と言わせたのだ。
祖父は3秒で復活した。
私がいくら励まして「ななにをどうじょうにつれてって!かっこいいおじいちゃんにもどって!」などと言っても全く効果がなかったのに、なんなのだこの差は。
正直私はショックであった。
そんなこんなで私は祖父と合気道、妹は祖母と料理や手芸という生活が始まったのだ。
幼いながらに趣味を見出し、楽しい生活を送り始めた私たち姉妹だったが、唐突に事件は起きた。
それは妹が小学校に上がって少し経った頃だった。
妹が上級生の男子にいじめられたのだ。
まぁ、いじめられたといっても、小さい頃にありがちな「好きな子には意地悪をしたくなる」というパターンのやつだ。
しかし、当時の私にはそんなことが分かるはずもなく「妹を守るんだ!」という決意のもと、上級生に挑んでいった。
もちろん結果は惨敗。
小学校低学年の女子が上級生の男子に敵う訳もなく、逆に倒されてしまった。
しかもたまたまであったが、顔面にいいのをもらい鼻血ダラダラで号泣するという失態を演じてしまった。
それを見た妹は余計に大泣きして、大泣きしている妹を見て私も更に泣いて、その鳴き声を聞いて駆けつけた教師に連れられて保健室で治療を受けて私の鼻血が止まるまで、二人で号泣し続けた。
悔しかった、負けたことより妹を守れなかったことが悔しかった。
そして、これもありがちなパターンだが「もっと強くなって妹を守るんだ!」という決意のもとに猛練習し、今の天才と呼ばれるほどの実力になったのだ。
おかげで今では妹に近寄る悪い虫を一蹴できるだけの力は手に入れた。
妹はあまりにも可憐なので、寄ってくる虫が後を絶たないのだ。
私という試練が立ちはだかっていても、諦めの悪い連中が多いのでほとほと困ってしまう。
つまり、結局のところ何が言いたいのかというと…だ。
それほどまでに、私の妹は可愛い、ってことなのよね。