行間〜消えたprologue〜
行間という割には長すぎなことは、一応勘弁していただきたい。
「とりあえず、この世に対してまだ何か未練があったんじゃないんですか?」
お互い(誠くんが持ってきた)座布団に正座し、話を始める。「未練、か…」
未練。
あるだろうか?
「うぅむ、麺の手打ち体験とか私はないけどなあ…」
「い、いや、そういう"練る"じゃないと思いますけど」
「蕎麦もないし…」
「いや、種類の問題でもないですって」
「あぁ、あと」
「うどんとか言わないで下さいよ」
「パンはあったかな」
「そうきたか!――ていうか、パンはあったんですか」
既に麺じゃなくなってるし、とぼそりと言う誠くん。
ふむ。
普段は隼人くんとこんな具合でコント(案外失礼な物言い)をしているのだろうか。
なんだろう。
人間だった頃の私と結月さんみたいだな、と思う。
最も、その場合私がツッコミに回るんだが。
「まあ、冗談はともかく…、未練と言われても私には思い当たる節が無いんだ」
いや。
「違うか―――無い、んじゃなくて、未練そのものはあるはずなんだけどそれを思い出せない」
思い当たる節が無いのではなく。
思い当たれる節が無いのだ。
「―――というわけでみんなに集まって貰いました」
「いや、どういうわけだよ!」
次の日。
土曜日、つまり学生の休日の昼頃、神林さんを除く例の事件の当事者を最寄りの公園に集めた誠くんは、そんな具合で隼人くんにツッコまれていた。
ていうか、おや珍しい。
「まさか誠くんが隼人くんにツッコまれる時が来るとは…」
「いや、誠だって少々抜けているトコあるからね」
と、私の独り言にツッコミを入れたのは綾乃さんだ。
うーん。
昨日の誠くんといい、たった今元気よくツッコミを入れていたものの露骨に私と顔を合わせようとしない隼人くんといい。
別に私自身は畏敬がられるキャラを目指しているワケじゃあないが、それでも彼等の反応がおよそ正しいだろう。
しかし綾乃さんは、完全にとはいかないものの、なんか打ち解けた態度になっている。
割り切った、が正しいか?
まあ、どちらにせよ綾乃さんのその態度、対応も間違いでなくむしろ正しい。
因みに綿原さんは……うん。
なんか、ライオンと同じ檻に入れられたウサギみたいになっていた。
効果音で言うと、ガクガクブルブルである。
((((゜д゜;))))、だ。
「要は、手掛かりになるような事を見つけたいんでしょ?」
「まあ、そうですね」
初めから藁にすがっている状況下だが、むしろ私には藁しかない。
藁しかなく。
当てがない。
思い当たれる節がないように。
訊く当てもない。
「あー、そういや常盤サン」
漸く割り切った(振り切った、が正しいか?)隼人くんが訊いてくる。
「所持品は何もねーのか?」
「所持品?―――あぁ、財布と携帯と手帳が服の中にあっただけだよ」
それが一体どうしたのだろう。
「いや、なんとなく訊いただけ」
「……」
なんとなくだった…。
私の君への期待を返せ。
「あ、あの…」
と。
綾乃さんの後ろに隠れていた綿原さんがおずおずと、しかし律儀にも授業中の先生に対してするように手を挙げながら。
「手帳…」
「うん?」
「え、と…手帳の中身はどうなってるの?」
と訊いてきた。
「中身、か」
しかしなんというか、直前の隼人くんのアレがあったが故、とりあえず手帳の中身より質問の中身を知りたくなる。
ので、訊いてみた。
「それを訊いてどうかするのかい?」
「あ……えーと、別にプライベートを探ろうとしてるワケじゃ…」
「いや、今案じてるのはソコじゃない」
そしてツッコんだ。
うむむ、今回はヤケにツッコミが錯綜するなあ。
つうか話が進まない。
次に読者は、漫才シーン長ェよ、と言う!
…いや、私はジョジョファンではない。
ASB買わねーし。
PS3持ってすらねーし。
閑話休題。
「う、うん、つまりね、もし日記とか付けてたら其処からヒントを得られるかな、って」
「日記…まあ確かにこれ手帳というか日記帳ですけど」
なんとなくじゃなくて助かった、と言いかけて踏みとどまり、そんなことを言って誤魔化す。
「でもヒントに成りうるものが有るのかがちょっと怪しいですがね」
何せ自分の手帳もとい日記帳だから、どんなことを書いていたのかは自分で把握しているのだ。
だが全部頭の中に入っているワケではないので、私は日記帳を取り出して開く。
「しかし疑問よね、"人間の"常盤さんは死んでいるから、そのときの所持品であるそれは本来、墓の中とか親戚の家とかにあるハズでしょ?」
「まあ…」
それはもとより疑問に思っていたことだ。
中でも、携帯のデータが残っていたり財布の中のキャッシュカードがATMでキチンと認識されたことが特に。
いや。
それよりも。
「綾乃さん、えっとさ」
そこなんだけど、と誠くんが綾乃さんに言う。
今朝、役所で確認した最も不可解なことを。
「常盤さんさ…死んでないことになってるんだ……、何故か」
「―――は?…それって」
今朝。
役所で適当な理由を付けて窓口で私の身分証を出してみた。
普通なら、「常盤正志は死亡している」ので書類は通らないハズだが。
だが。
通った。
普通に通った。
異常なことに、書類が普通に通った。
「――それって、まだ死んだことが、死亡届が、役所に出てないだけってことは…」
「そうじゃない」
私は言う。
言って、あるものを取り出し、みんなに見せる。
「なにこれ…――新聞?」
正確には、新聞の切れ端だ。
取り出す際、上にした方を表と言うのがセオリーだが、その「表側」は表と言うには真っ白過ぎだ。
むしろ、政治の記事が事細かに記述されている裏側の方が表に見えるくらいだ。
が。
「そこには、例の人身事故の記事が"書いてあっ"た。」
「え…でも」
「役所に行った後、神林さんに会ってその新聞の切れ端をお借りした」
彼は。
あの時の地獄を忘れないように片時もその記事を肌身はなさず持ち歩いていた。
「昨日の夕方まではその記事は記されていたそうだ―――でも急に、本当に急に、その記事が消えたらしい」
「消えた、って…」
「なあ常盤サン、それって…アンタの死が隠蔽されたってことか?」
「その線もあるけど」
誠くんが、隼人くんの予測を肯定しつつ否定する。
「僕は、死が隠蔽されたというより、死が抹消されたと思ってる」
「抹消…」
「うん、死んだ事実そのものが」
世界中から、私が死んだ事実が消えた。
事実でなく、虚実になった。
真っ白に―――抹消された。
因みに。
神林さんも私に会うなりびびっていた。
ていうかいつも携帯しているらしいサバイバルナイフを構えかねないくらいだった。
多分、綾乃さん達と会う順番が逆だったら、大の大人の前で大の大人が泣く絵面が出来上がっただろう。