???フェイト其の壹
始まる。
今度こそ。
終わらせるために始まる。
今度こそ、始まる。
目の前に白い世界が広がっている。
汚れひとつない、白だ。
私、常盤正志は思う。
ああそうか、
死後の世界はこうなのか、と。
私のような化け物でも、こんな白い世界に辿り着けれるのか、と。
そう思う。
「……?」
が、
それは勘違いだった。
「……ここ、は?」
そう気付く要因となったのは、背中から感じる感触だった。
硬い感触。
床?
その感触の正体を確かめようと私は顔を回す―――と、別の物が今度は視界に入る。
それは果たして私を地獄へと導く深淵からの使者だった。
とかそういうことはない。
机だった。
学生が使うような、至極普通の勉強机だった。
身に覚えのない部屋だ。
人間だった頃、結月さんのアパートに上がらせてもらった時がある(部屋の掃除を手伝って欲しいと言われてのその経験だが、当時の記憶が正しければあまりのゴミ屋敷っぷりで、なんか掃除と言うより開拓工事だった、いや、マジでシャベルが大活躍しちゃう程でしたもん)から、彼女の部屋でないことだけは確かだ。
いやしかし、なら誰の部屋だ?
先に結月さんの可能性を潰してから言うのもなんだが、少なくとも私の部屋ではない。
本当に、誰の部屋なのだろうか。
いや、誰のかはともあれ、とりあえず他人の部屋の中に不法に土足で這入って――侵入してしまった事が、何よりその「誰か」さんに申し訳なかった。
生まれて初めて、
化けて初めて、
不法侵入と言うものをしてしまった。
とか、
そんなことを考えながら部屋を見渡していると、何故か開けっ放しになっているクローゼットの中に、あるものを見つけた。
「……え?」
それは、チェーンソーでバラバラにされた壮年男性の腐乱死体だった。
わけがなく、
じゃあ何を見つけたのかと言われれば、鏡を見つけたのである。
正確には、
鏡の中の「人の姿をした自分」を、だ。
「……え?」
え?
え、である。
思考が一瞬ストップしてしまったことについては、理解して頂きたい。
だって―――そうだろう。
人としての私は死を迎え、この世(今私が佇んでいるここをこの世だと過程するなら、だが)から消え去ったはずだから。
人としての私は消え去って。
化物としての私が生まれ落ちた。
そのはずなのだ。
だのに、何故?
「…いや、それよりもまずここが何処なのか把握しないと」
己の疑問はさて置こう。
とりあえず状況の整理が先だ。
窓を見、時計(壁かけのアナログタイプだ)を見る。
夕焼けが見える。
五時半だ。
つまり逢魔が時、だ。
この世の妖怪変化に出遭いやすい時間帯。
この世の妖怪変化が出現しやすい時間帯。
そんな時間帯の真っ只中、今私はここにいる。
ここというのがどこなのか判らない状況下ではあるものの、あえてそう言いたい。
そして、ようやく現在地の確認をしようと、行動を開始しようと、部屋の外に出ようと―――すなわち、ドアノブを掴もうとしたその時だった。
ガチャリと。
ドアが勝手に開いた。
いや、ドアが意識、自我を持って自分から開いたとか、そういったことはない、単純に誰かが向こう側からドアを開けたのだ。
ドアが開くなんて、長くて二秒の出来事なので、身を隠す暇(元々隠す気は無いが)は無く。
私と、ドアを開けた人は、対面したのだった。
ばったり、という効果音が似合いそうなシチュエーションである。
その人は、少年だった。
少年は、高校生だった。
中肉中背の少年だった。
ていうか。
誠くんだった。
「……」
「……」
沈黙が訪れる。
某不死身男が、時を止めたみたいになっていた。
いや、冗談抜きで。
時は止まる。
常盤、止まる。
止まる。
止まった。
ずっと「己の正義は正しいか」と問い続け。
ずっと「己の正義は正しいか」と言い続け。
黄泉を自問自答しながら走りつづけていた私は、ここでようやく立ち止まる。
過去を越え。
死を越え。
そして今。
宿命を、運命を越える物語が始まる。
だがしかし。
私が宿命を越えるのではない。
私が運命を越えるのではない。
勿体ぶる必要はないだろう。
先に伝えさせて頂く。
これは、結月世黄泉が宿命と運命を越える物語。
続くためではない。
これは、終わらせるための物語。
よよみフェイト。
続く。
結月世黄泉の物語。
とは言ったものの、語り部はこの私、常盤正志となる。
さあ、続けよう。
終わらせるために。