結婚の経緯
夫の僚が出かけていった、1人ぼっちの休日。
詩織はフローリングワイパーを片手に部屋の掃除を始めた。
まずはからぶき、それからウエット、それからぞうきんで掃除していく。
掃除機を使わない理由は、時間をつぶせるから。
二人にしては広すぎるマンションは、これだけでゆうに2時間を費やせる。
それが終わると窓のサッシを麺棒でしっかりと磨き終わると、玄関を掃き、ベランダもキレイにする。
お風呂を掃除して、気付くと掃除を始めて3時間も経っていた。
もう、お掃除する所なくなっちゃったわ
詩織はまたもふうっとため息をつく。
全く、私がこんなキレイ好きになるなんてね…
実は詩織は家事の中で一番苦手なのは、掃除であった。
けれど愛する夫がいないこの家は、寂しくて、悲しくて。
テレビで有名な風水師が、ゴミは悪い運の塊なのだと言っていた。
部屋中の全ての汚れがなくなったら、もしかして僚は私のことを好きになってくれるんじゃないか…そう思い始めて、どんどん掃除の量が増えていった。
本当は、言いたい事がたくさんある。
「私も一緒に連れてって?」
「何処にいくの?」
「誰といるの?」
「本当は女の人と会ってるんじゃないの?」
でもダメ!
そんな事したら別れにまっしぐらよ!
自分に何度も言い聞かす…
こんな何の取り得もない私が、僚の妻の座にたつことができたのは、彼の弱みにつけこんだからだけ…
忙しい仕事の合間のぬっての離婚劇は、彼に心身ともに相当のダメージを与えた。離婚の成立とともに、激しい嘔吐と熱でダウンしてしたところ、仕事も何もかも放り投げ詩織は必死に看病した。
消化のよい食べ物つくり、部屋をキレイに掃除し、彼の体を丁寧に拭く。
5日ほどで彼は回復したが、詩織は変わらず彼の世話をし続けた。
そんなある日、詩織の腕によりをかけた料理を前に、僚はこう言った。
「ああ、帰って美味いご飯があるっていいな…」
詩織は、覚悟を決めた。言うのは今しか、絶対にない!
テーブルの下でぎゅっと自分の手を握り締め、口を開いた。
「あたしじゃダメかな…?」
「え?」
「あたし…あたしだったら絶対に僚を幸せにできる…。」
生まれて初めての告白。怖くてまともに彼の顔が見れない。
彼は目を見開き、何も言わない。沈黙に耐えられず、詩織は口を開く。
「僚の、側にいたいの…」
「…俺でいいの?」
そう返してくれた僚の言葉が、信じられなかった。詩織はコクコクっと必死で頷く。
それから、形上は付き合いだしたいうものの、友達の枠は全然超えてないように思った。
彼に手を出される事もなく、ただ少し彼の側にいる日が多くなっただけだ。
元気になった彼はまた、いつもの様に遊びまわるようになった。
電話も返信ない彼。でも…詩織はこう考えたのだ。
私は多くを望まない。好きな人の側に、ただいられるだけで…十分すぎるほど、満足じゃない。
そんな時に、久しぶりに誘われたデート中、僚から言われた。
「詩織も、もういい年だろ?さすがにこのままじゃ、ね…。」
詩織は全身から血の気が引いた。間違いなく別れ話だ。頭の中は真っ白になりながらも、思い切って僚の目を見つめ返す。
「そうね、もう区切りつけなくちゃね…」
今度は僚が目をそらした。
「とりあえず、一緒に暮らそう」
こうして、彼との結婚生活が始まった。