甘い生活③
大学時代、周りは皆、親の金で遊んでいた。
そんな中、真面目に授業を受け、終わるとバイトに直行し、懸命に働く詩織は、僚の目には新鮮だった。
僚は、詩織が親の援助が一切ない事を知っていた。だからこそ、尊敬してた。
同じ年だというのに、地に足をつけ、しっかり生活している。
自立した女が好きなのは、詩織の影響かもしれない…。
彼女を知ってから、いつまでも実家にいて、好きなだけ自分のために金を使う女は、恋愛の対象にもならなかった。付き合ってすぐに結婚をほのめかす女達も「結婚したら専業主婦」という見え見えの考えに嫌悪すら感じた。
あいつはあんなに一生懸命働いて生きているのに、なにやってんだ、お前達は…。そんな風に思ってしまうのであった。
最初の大失恋の時も、あれだけ惚れた妻との破局の時も、いつも本当に側にいてくれたのは詩織だった。あの真面目な詩織が仕事をやすんで気がすむまで、いてくれた。支えてるのは俺のほうだとずっと思っていたが、全くの逆だったんだ。
たくさんの女に囲まれて過ごしてきた僚であったが、誰よりも、影響も受けたのは、詩織だ。
あのセリフを言われたときは、天と地がひっくりかえるほど、驚いたものだ。
ありきたりのすき、とか愛してるとかなく「あたしじゃ、ダメかな?」詩織はそういった。
正直、恋愛対象には全く見ていなかった。大切な、大切な友人。なのにいつの間にか俺の女になった。長い間友達でいたから、ずっとその感覚が抜けなくて、恋人らしいことなどなにひとつしてやらなかった。電話もメールも、逆にそっけなくしてしまった。
そんな俺の様子を見て、保が再び詩織を狙いだした。彼女を見つけては、ピッタリと寄りそい、離れない。
「こんな冷たい男じゃなくて、俺にしない?」
そういう保の目は、笑いながらも半ば本心であることも、俺には手にとるようにわかった。保も、百戦錬磨の女たらしだ。チャラくみえるが、商社に勤めていて、頭はいい。女を見る目はかなりこえている。
本気を出されたら、詩織を取られる。
そう気づいたら、いてもたってもいられず、「一緒に住もうか」と言った。
結婚式も披露宴も、新婚旅行も指輪さえも「いらない」という欲のない彼女に感心し、
「この年で同棲もないよな」と婚姻届にサインさせ、一緒に暮らし始めて一ヵ月後には入籍した。
ロマンチックなプロポーズも、甘い新婚気分もなかった。なんだかあせって結婚してしまって、もの足りなく感じてたのは事実だけれど。
でも、あいつは、これから幸せに生きていかなきゃいけない。
今まで親に暴力を振るわれ、付き合った男には浮気され、それでも彼女は一生懸命仕事をし、誰に頼るでもなく、たくましく生きている。
一緒にいればいるほど、詩織のよいところが見えてくる。心地よすぎて、なれてしまのがこわいくらいだ。
俺はわかってるよ。いつでも、どんなときも、お前が頑張ってる事。
甘い情事のあと、僚の横で子どものように丸まって寝ている詩織の寝顔をみると、昔のようにそうっと髪をなでてやりたくなる。
しかし、ぐっとこらえる。
…彼女は触れられるのが、キライなんだ。
すやすやと寝てる妻を起こさぬように、そっと寝室を出た。