甘い生活①
翌朝、目が覚めて身支度を整え、寝室のドアをあけると、ちょうど僚も頭をかきながらでてきたところだった。
二人は同時に「おはよう」と挨拶をする。昨夜を思うと、なんだか気恥ずかしい。もう夫婦なのに…。
気にしない、気にしない!いつも通りに過ごそう。
「朝食は?」
「もっと後でいい…。今日はお前もゆっくりとしろよ?」
そう言ったのに、詩織が手にしたのは、ワイパーだった。部屋の隅から隅まで丁寧に掛けていく。終わったと思ったら、さらにもう一度、かけ直す。
「どうして、2回同じことするの?」不思議に思って聞いてみる。
「一回目はドライ、二回目はウエットシートなの。」
「ふう~ん、掃除機使わないの?」
「電気代もかからないし、ホコリもまわないでしょ?」
掃除機の電気代を節約しなきゃいけないほど、俺の給料は少なくないぞ。でもこういう姿勢は…うん、実にいい。
ようやく終わったかと思うと、今度は雑巾を持ってきた。
詩織は、今時こんな昔ながらのやり方するんだな…。
シュッシュとなにやら透明の液体を雑巾に吹きかけている。
「何をかけるんだ?」
「これは、ひば水。抗菌・防カビに優れてるの。天然成分だから、体にも害はないし。おまけにヒバの香りは森林浴効果もあるのよ、ストレス解消にいいんですって。部屋中が、なんとなくさわやかに感じない?」
言われて、すうっと息を吸い込んで見る。本当だ。ほんのり森の香りがする。今まで気づかなかったけど、こんなに気を使ってくれてたんだ。
思わずぎゅっと背中から抱きしめる。
「い、今掃除中だから!」振り向いて真っ赤になって見上げる彼女が可愛らしい。
仕方ない、大人しく掃除が終わるのをまとう。
床が終わったかと思うと、バスルームに向かった。歯ブラシでゴシゴシ排水溝の汚れを落とし、バスタブ、洗面台と移動していく。
次は窓にむかい、ガラスを拭いてから、サッシ一つ一つを拭いていく。レールのくぼみは麺棒を使って丁寧に掃除していく。
気がつけば、もう2時間近くたってる。
「今日は大掃除か?」痺れをきかせて話かける。
「何言ってるのよ。休みの日は必ずやってることです!」少し機嫌を損ねてしまったようだ。
「あ、お腹すいてきたのね?」
…アタリだけど、はずれ。なんだか、ほっとかれているようで、寂しい…ような気がする。
もちろんそんな事は恥ずかしすぎるから、死んでも言わない!!
「すぐできるから少し待ってて。」
茹でたブロッコリーに、トマト、スクランブルエッグ、茹でた焼きたてのトーストが彩りよく盛り付けられ、大きな白いお皿に乗ってきた。玉ねぎがたっぷり入ったコンソメスープもいいにおいだ。
家にいたら、こんなに充実した朝メシが食えるんだ…。
「美味そうだ、いただきます!」早速ほおばる。卵は絶妙な火加減で、トロリとしていて最高。
「お前は、本当に料理上手だ。」
「こんなの料理というほどたいしたものじゃないわよ。」と言いながら嬉しそうだ。
食べ終わると、詩織はすぐさまカチャカチャと片付けをし始める。そんな後ろ姿をみてニンマリする。
女で、こんなに生活が違うものなのか。しみじみ思う。
俺は運がいい、いや運が良くなったんだ。
まず、結婚してすぐに大きなプロジェクトチームの主任に抜擢された。忙しいが、愛妻弁当のおかげで、食事を抜くこともなく、体調はいい。独身時代からの遊びを制限されることもないから、ストレスフリーだ。
これもお前のおかげだよ。
ようやく片付けが終わった詩織に近づいていくと、「メッ」と言われる。
「今から家計簿をつけるの。終わったら銀行にいって、それに買出しもしなくちゃ。」
おいおい、それじゃ、夜になっちゃうぞ。と言いたいところを抑えて、
「それじゃあ、疲れはとれないだろう?」と親切な振りをして言ってみた。
「私の休日はいつもこうよ?家は誰かがしないとキレイにならないの。料理もちゃんとスーパーに行って、買い物して、時間をかけて作らなきゃ、出来ないのよ。魔法の国じゃないんだから。」
その通りだ。今日一緒にいてよくわかった…。
仕事が終わってさっさと遊びに行く自分のほうが、何倍も楽なんだ。
彼女は毎日仕事から帰って、料理をして、家事をする。
せっかくの休日はこうして家の用事で一日潰れてしまうんだ。
…俺が詩織の立場だったら、…ヤダな。
どうして、文句一つ言わずこんなにしてくれるんだろう。こんなワガママな俺の為に。
考えても、わからなかった。