感謝の気持ち
「髪、切ったんだね」車に乗り込んだ途端、話しかけてきた。
「ええ、毛先をちょっとね…」
やっぱり短く切れなかった、少しでも好かれたくて。
「ストレートだと幼く見えるな。」
ふわふわのゆるゆるの巻き髪が好きなのよね。ちゃんと覚えてるわ。でも、もう私は大人になりきってしまって、かわいらしい髪型が似合わないの。
「…その方がいいかも。」
「え?」
「その方がいいよ。」
昔は、詩織の巻いた髪が好きだった。俺のためだけに、キレイにしてくれるというのが嬉しかったんだ。でも今は、ちがう。そんな見方じゃないんだ。
彼女は俺のために出来る限り、何でもしてくれる。
どんなに疲れて帰ってきても、いつでもちゃんと美味い料理を作ってくれる。結婚して初めて持たせてくれたお弁当は、今でも大切に写真にとってある。
肩がこった、腰が痛い、疲れがとれないなどといえば、いつでもマッサージしてくれる。時給850円の少ないパートのクセに給料入ったから、と言っては小さなプレゼントを何気なくしてくれる。それは、小銭入れだったり、マフラーだったり特別高価なものではないが、どれも自分の趣味に合っていて、いかに普段から俺の事を考えてくれるかがわかる。
妻という立場にあぐらをかく事なく、いつでも気を使ってくれる君に、
こんなに穏やかな時間を与えてくれた君に、
つかず離れず、支えてくれる君に、
…心から、感謝している。
この感情を一体なんて呼ぶのだろう…。
「明日の商談で、ようやく仕事が一段落する。そしたら、どこかに出かけよう。寒くなってきたから、温泉とかいいよな。」
詩織が驚いたような顔で、助手席の俺を見つめる。
「どうしたの?どういう風のふきまわし?」
とはいいながら、はにかむ姿を見て、僚は満足げに瞳を閉じた。