離れた距離
翌日、暖かい南の島についた詩織は、大歓迎を受けた。
「来てくれてありがとう!!本当にごめんなさい!!まだまだ新婚生活のあなたに無理やり、こんな地での仕事を頼んじゃって。でもきてくれて本当に助かったわ!」
「いえいえ、こうして先輩にご恩返し出来てよかったです。予定より来るのが少し遅れて申しわけありません。」
詩織がまだこの業界に入って右も左もわからない頃、いつも励まして支えていてくれたのは10歳年上のこの女性だった。
しばらくして彼女は退職し独立、この南の島のリゾートホテル内で、エステティックサロンを開業していた。しかしたった一人の従業員が自転車で転倒して腕を骨折し、全治には数ヶ月かかると診断されたのだ。
彼女はすでに予約の埋まっている状態で途方にくれてたとき、結婚して仕事を辞めた詩織を思い出し、わらにもすがる思いで、詩織に泣きついたのだった。
「さあ、早速仕事はじめましょう!」詩織はぐっと腕をまくった。
島での仕事は楽しく、刺激的で、あっと言う間に日は過ぎていった。
とある夜、手際よく後片付けをしてるところに、声をかけられた。
「今事故した女の子から、連絡があったの。もう少しで戻ってこれるみたい。それまで悪いけどもう少し、お願いできる?」
「それは、よかったですね!もちろん彼女が復帰するまで、頑張りますよ。」詩織はテキパキとタオルをたたんでいく。
「あなたが、ここに来ることを承諾してくれた旦那様にも、よくよくお礼をいっておかなくちゃね!あのステキなダーリンは今度はいつここに来るの?ああ、あんなに男前で理解のある夫がわたしも欲しいわぁ…。」
何もしらずにそう言う彼女に、思わず苦笑した。
あの日、ダストボックスに自然と落ちていった離婚届を詩織は拾いあげようとしたが、僚は彼女の手をしっかりつかんで、そうはさせなかった。
しかし二人にはゆっくり過ごす時間は残されていなかった。翌朝に僚は中国へ、詩織はこのリゾート地へと向かった。
詩織も、そして僚すらもこの離れた距離が、二人にとって吉なのか凶なのかわからなかった。
しかし前回の出張の時は全く彼の様子は違い、彼からは2日と空けず電話がきて、最初は頑なだった詩織も徐々に和らいでいった。
今回は通訳のソン・メイファンは、他の仕事のために日本にいて一緒ではないらしい。それを聞いてほっとしたのは詩織以上に、僚本人らしかった。
「あの日お前との生活を話してしまってから、もの凄く怒られて、どういうつもりだとか、妻をなんだとおもってるんだとか、それから…」
詩織はその話を聞いて、思わず電話中に笑い出した。「という事は、随分素直に話したのね?」
「とにかく話す機会があるたびに、お前を大事にしてるか、言葉で態度で感謝の言葉をあらわしてるかとか、とにかく毎回毎回遠慮なくしつこいくらい聞いて来るんだ。
あれを3ヶ月間やられたら、俺は…耐えられない。」
「保さんが聞いたのはこのきっとその会話だったのね…。」
「どうした?」
「…なんでもないわ。私の勝手な聞き間違いだったという事よ。」
「?」
僚は休日が出来れば飛行機で詩織の元にすっとんできた。時には滞在がほんの4、5時間で、詩織の顔を見てはとんぼ帰りする時もあるくらいだった。
先輩は「愛よね、愛だわぁ…。」と繰り返し羨ましげにため息をつく。
しかも僚は、このリゾート地に到着した最初の日、詩織のここでの仕事が終わる日をしっかりと確認すると、その日ちょうどに彼女の荷物を二人のマンションに戻すよう、さっさと手配した。
それに怒った詩織は、先輩からまあまあとなだめられた。
「あなたに早く帰ってきて欲しい、っていう男の気持ちくらいわかってあげなさいよ。それに新婚のあなたに泊り込みでこんな仕事を何ヶ月も頼んじゃった私が一番悪いんだから、そう責めないでいてあげて。」
詩織の滞在が、残りわずかとなったところで、またも僚からの確認の電話が入った。
「確かに終わるんだろうな?」
「終わるもなにも、あなたが荷物から航空券まで、全部手配しちゃったじゃないの。」
「今日は報告があるんだ。昇進が決まった。」
「じゃあ、まずはあなたのお祝いしなくちゃね。ケーキやシャンパンも用意して…」
「…そういってくれると信じてた。」
結局二人は3ヶ月後、住んでいたマンションに戻っていた。