指輪の行く末
詩織は左手にはめられた指輪には、目もくれず話はじめた。
「もう、無理なのよ。このままやり直しても、私はいつも浮気を疑って、どんどん嫌な女になっていくだけ。
あなたも今はやり直すと言ってくれてても、いつかこんな私を苦痛に思う時が、必ずくるわ。離婚以外に、もうこれ以上…あなたに何もしてあげることはないの。」
そういってうつむく詩織の頭を、僚は優しく撫でた。
「お前は小さい頃から父親にずっと我慢して、姉に遠慮して、継母の理不尽な扱いに耐えて、1人で頑張ってきた。だから人に何かをすることで、自分の価値を図るクセがついてるんだ。
でも時としてその我慢が全く意味がないときもある。」
今度は詩織の頬をそっと触れた。
「ずっとずっと側にいてくれたから…それが当然で…中々気づけなかったが、お前はその存在だけで俺の全てを励まして癒して、元気にさせてくれていた。
俺が惚れたのは…お前自身だ。だから俺ために、生活のためにと、もう頑張らなくていい。お前は…ただお前らしくいてくれればいいんだ。」
詩織は全てを否定するように、首を横にふった。
「私はこれ以上我慢なんかできない…。」
「できない我慢なんてしなくてもいい。
一緒に生活するのに歩みよりは必要だが、不満があれば言えばいいし、怒ればいい。俺達は出会ったときから結婚するまで、ずっとずっとそうして来たじゃないか。
だから、これからも変わらずそのままの俺達でいればいいんだ。」
「出来ることなら、戻りたいわ。あの頃に…。でもここまできてしまったの。もう私達に未来なんかない…。」
「お前と結婚したのは、たしかに勢いだった。保が本気でお前を口説き始めたときに、絶対に渡したくない、保にも、誰にも…そう思った。
俺は、お前がパーティで男に飲み物を勧められただけで、保に腕をつかまれただけで、抑え切れないくらい怒りがこみ上げてくるほど、お前に対してだけは嫉妬深い男になりさがって…そんな自分を認めたくなかった。
だが、俺の居場所も心も、いつもいつもお前だった。お前の居場所も未来も、きっとこの俺とある。
離婚は絶対に間違ってる。俺はこんなにもお前の優しさを必要としていて、お前にも…俺の強さが必要なはずだ。
あいにく中国出張が控えているが、それが過ぎたら今度こそ、少し休みがとれる。そしたら二人で旅行に行って結婚式を挙げよう。」
「…あなたはやっぱり私をわかっていないわ。」
「詩織?」
詩織はバラとシャンパンをテーブルの上にそっと置くと、左手の薬指にはめられた指輪を、すっと引きぬいた。