物的証拠
僚は手にしていた離婚届をぎゅっと握り締めた。
「この離婚届は、別れようとして書いたものじゃない。ただ一言、お前から“信じる”という言葉を、どうしても直接聞きたいがための手段だった。もうこれしか思いつかなかったんだ。
俺は絶対にやり直すつもりだった。物的証拠だってある。」
僚は抱きしめていた詩織を離し、離婚届をテーブルに放り投げると、バラの花束を持ち上げドサっと渡した。
「あの夜…こうして柄にもなく花を用意して…」
今度はいくつの重ねて置いてある大きなチョコレートの箱のリボンを解き、ひとつつまむと詩織のアゴをひょいと持ち上げ、口に放り込んだ。
「チョコレート屋の行列に並んで、方端からできるだけ買い占めて…」
ワインクーラーからボトルを取り出し栓を抜く。
「そして、このシャンパンを用意して待っていた。これは、昔お前が俺に差し入れしてくたのと同じシャンパンだ。」
二つのシャンパングラスにとくとくと注ぎ、両腕に抱えている詩織の右手をそっと取り、グラスを持たせた。
「…覚えていたの?」
「空になったボトルをずっと今でも…とってあるんだぞ。これだけじゃない、結婚して最初につくってくれた弁当だって、写真に残して保存してある。」
「う…嘘…。」
そして僚は胸ポケットから箱を取り出し、ラッピングをほどいた。
でてきたのは、間違いなく僚が用意した、美しくウェーブを描く二つの結婚指輪だった。
…ありがとうな保。お前は最高の親友だ。
両腕に花を抱え、右手にシャンパングラスを持ったままの詩織の今度は左手を取ると、小さい方の指輪をとりだし、薬指にすっとはめた。
「そして、こう言うつもりだったんだ…。
このすれ違った結婚を、もう一度初めから…やり直そう、と。」