心の奥
「お前がメイファンと俺の仲を疑ったのは、きっと当然の事だったんだ。俺はお前と結婚していなければ、確かに彼女と関係しただろう…。」
僚のその言葉に、詩織は凍りついた。
だがすぐに、自分を奮い立たせた。
しっかり事実を受け止めるのよ。私には、もうなにも怖いものなんかない。
「そうね…二人にとって、あたしこそが邪魔者だったんだわ。」
「メイファンの勝気そうな瞳に引かれてた。でもいつも思ってた…彼女はどことなく、誰かに似ていると…。でもずっとわからなかった。だが今日お前の姿を見てようやく気がついた。
お前に似てるんだ、と。
強い自立心、いつでも先を見て歩いている姿、やたら正義感が強い強気な態度、意思の強そうな瞳…全てお前とかさねてたんだ。メイファンだけじゃない、今までの女もどこかお前に似ているところを探してた。」
「わ、私は…あの女性とは、似ても似つかないわ!あなたは勢いで結婚したものの、私がいる家に、帰りたくなかった…。だからあんなにも仕事にのめりこんだのよ。
あなたにとって、私は全てのおいて役不足だった。そんな事はとっくにわかっていたわ。だから今更責める気もないし、目移りしたからと言って慰謝料を要求する気もないの!」
一気に涙が溢れ出した。
「せめて、せめてキレイに別れてあげたいと思っていたのに…。ただそれだけが私があなたにしてあげられるたった一つの事なのに…どうしてそれすらもさせてくれないの?
私は、そんないいわけじみた言葉を聞きたくて、わざわざここにきたんじゃないわ。
本当に愛しているのは、彼女なんでしょ?私は本当に何もかもわかってるのよ。お願いだから、これ以上惨めにさせないで!」
叫ぶように言い切った瞬間、詩織は僚に抱きしめられていた。
「本当に、違うんだ!結婚してから、お前の側にいることがどんどん居心地がよくなって…ゆっくり時間をつくるために、必死で仕事をこなしてたんだ。
昇進もかかっていた。あとひとつ上にあがりさえすれば、あちこち出張にいく事もなくなる。俺を動かす原動力はいつだってお前なんだ!」
「何を言ってるの?意味がわからないわ…」
詩織は腕を振りほどこうともがいたが、さらに強く抱きしめられた。
「俺がずっと手を出さなかったのは、絶対に離したくなかったからだ。
俺は最初のあの苦い経験から、自分の女にしてしまえばいずれ別れが来ると思い込んでいた。俺の側からお前いなくなることなんて、考えることさえ出来なかった。だからずっとずっと手をださずに我慢してきた。
…自分でも気づかないくらい、お前は…ずっとずっと…俺の心の奥に…いたんだ…。」