理由
「僚?どうしたのよ?」
僚は離婚届を乱暴につかむと、リビングへと戻り、キョロキョロとあたりを見まわした。
そして、リビングの奥のダイニングテーブルの上に、大きな箱がいくつも置かれているのに気づいた。
それは、保にくれてやると渡したチョコレートの箱の山。
そして、その横には大きなバラの花束。僚があの晩に詩織に用意したのとほぼ同じくらいの…。いやもしかしたら、それ以上の量かもしれない。
さらにそのテーブルの奥には、しゃれたワインクーラーのなかで一本のシャンパンが冷えていた。まぎれもなく、僚が詩織のために用意したシャンパンだった。
すぐ横には2つの美しいシャンパングラスが並んでいる。
詩織はインテリアの一部とでも思っているのだろう、まったく気づいていないようだ。
僚は、胸のポケットにおさまっている小箱を服の上からそっとなでる。
あいつが昨日風邪を引いていたのは、演技なんかじゃなく、このせいだったんだ。
保はこの寒さの中、たった一人であの池に入って指輪を探し出してくれたんだ…!
冷たい水の中で必死に探し回る保の姿が目に浮かぶ。そして包装も全部元どうりに直してくれたのか…。
僚はじんと目の奥が熱くなるのを感じた。
そんな事情を飲み込めてない詩織は、怪訝な顔をしながら、口をはさんだ。
「保さんは、マンションの名義の事、離婚届をだした後でね、としか答えてくれないの。あなたが裁判を起こすなら、私は事実を知らなきゃいけないし…ねえ、聞いてる?僚?」
「詩織、お前はどうして結婚したか、と俺に聞いたな。」
「…ええ。確かに、そう聞いたわ。でも答えなんか最初からわかっていた。あなたはただ私と勢いで結婚してしまっただけ。私は、きっと従順で都合のよい妻になるかのように見えたのよね。…がっかりさせて申し訳ないと思っているわ。」
「それは、違う。
俺はお前を従順な女だと思った事は一度もないし、自由に遊ばせてくれる妻を望んだわけでもない。例えお前が料理が下手だろうが、多少の散財クセがあろうが、俺は…お前と一緒になってた。」
「何を言ってるの?そんなわけないじゃない。」ぴしゃりと言い返されたが僚はひるまなかった。
「頼むから否定せずに聞いて欲しい。
俺はお前と結婚して本当によかったとつくづく幸せを感じていた。俺はそっけないお前の態度に、いつしか物足りなさを感じ始めて、拗ねたりもしたんだ。」
「私が冷たかったから、あの女性に目移りしたとでも言いたいの?」
「お前がメイファンと俺の仲を疑ったのは、きっと当然の事だったんだ。俺はお前と結婚していなければ、確かに彼女と関係しただろう…。」
僚の言葉に、詩織は一瞬にして表情を強張らせた。