信じられぬ光景
「保さんが、ここにくれば全てわかると言ったのよ。どういう意味か教えてくれないかしら、僚。」
見つめ合ったまま、長い沈黙が続いた。
僚は詩織が言ってる意味もわからなかったし、保が一体自分に何をさせたいのかも全くわからなかった。
結局、先に口を開いたのは詩織だった。
「保さんが、あなたが家に引きこもって、部屋もメチャクチャで、どうしようもない状態だと行ってたわ。でも私があなたのマンションに行った時は、とてもキレイに片付いていたし、何一つ困っている様子もなかった。
…だからとても信じられなくて。そんなわけはないと言ったら、本人に確かめてみろ、と。」
確かにその通りだ。
夜遊びは元妻が捕まったことでする必要はなくなっただけだが、部屋は足の踏み場のないほどに散乱していた。
独身時代ルームシェアをして頃からよく遊びに来ていた保は、いつも整然と片付けされている僚の部屋にいつも感心していたから、そんな部屋の状態を見てさぞかし驚いたのだろう。
“なんだか、びっくりして…。”と保が、開口一番に言ったくらいなのだから。
「あなたが黙っているということはやっぱり彼の嘘だったのね?私はまんまと口車に乗せられたんだわ。」
「保の言ったことは真実だ。俺が家にこもりっきりだったから、心配してマンションまで様子を見にきたんだ。
お前が離婚届をもって出て行って…、ただ淡々と落ち込んで、何も手につかなくなった。保のいうように部屋も生活も荒れ放題さ。」
「でもいろんな女性に慰めてもらった…そうでしょ?」
さもわかりきったような口ぶりに、僚は思わず言いかえした。
「酒や女に頼ったりなんかしてない。出来るはずないじゃないか。
この俺が頼ったり、慰めを請うような存在などお前の他に誰がいるというんだ!?」
そう言い切って、僚は思わず詩織から目をそらした。
そうだ、自暴自棄になるのも、寝込むのも、女と遊んで疲れ果てるのさえも、いつも支えてくれる彼女がいたからなんだ。
一体今まで、どれだけ詩織の無償の愛に救われていたのだろう…。
だが、詩織は相変わらず強い表情を浮かべたまま、話題を変えた。
「そういえば離婚届はどこにあるのかしら?すぐわかるところににおいて置くと言ってたけど。」
詩織の言葉に僚はようやく我に返る。
ホテルでわかりやすい所といったら…、一つしかないじゃないか。
僚は部屋の奥へと進み、寝室につながる大きな扉をバタンと開ける。
予想通り、優雅なキングサイズのベットの上に離婚届はあった。
全く保のやつ…、覚えておけよ。
用紙をつかもうと手を伸ばしたその時、信じられない光景に僚は自分の目を疑った。
離婚届を押さえるように小さな箱が置いてあった。それは確かに、池に捨てたはずの指輪の箱だった。
いいや、そんなわけはない。保と共に、池の底に沈んでいったのを確かに見届けたはず…!!
思わず小箱を手にとって確認したが、包装はまったく汚れてもいないし、濡れた形跡もない。
「僚?」詩織が後ろから追いかけてきて声をかけた。
僚は、わけがわからないまま、とっさに箱を胸のポケットにしまいこみ、ふり返った。