嫉妬
保に指定されていた場所は最高級ホテルのスイートだった。
そういえば俺もこのホテルの予約をとったな、詩織のために。結局2回もキャンセルすることになったが。
しかし、保がなんでこんな所に離婚届を置いたりしたのか、さっぱりわからない。
早く取り戻して、さっさと提出しなければ。それが詩織の何よりも望みで俺達の結末なんだ。カードキーを受け取り、重厚なドアをあけ広い室内へと足を踏み入れる。
部屋は、市内が見渡せる最高のロケーションだった。窓辺に近づき、眼下に広がる景色にぼうっと見入っていると、先ほど自分が開けた扉が、再び開いた。
そこには詩織が立っていた。
「詩織…」と思わず声をかける。
彼女は、あのパーティの時と同じ服装をしていた。僚が言いたいことが伝わったのか、詩織が気まずそうに話を切り出した。
「…これしか着てくる服がなかったの。荷物はほぼ全部つめこんでしまったし。」
シワにならないように一番上においておいたこの服を引っつかんで着てきたのだ、と仕方なさそうに言った。
僚は詩織をじっと見つめた。彼女は美しかった。
離婚を決意し吹っ切れた女はこんなにも堂々たる態度なのか…。
あのパーティの時と服装は同じだったが、髪型だけは違った。後ろの少し高めの後ろの位置で一つにギュっとしばってるだけだ。
そしてすっかり強さ取り戻した彼女の瞳は誰かに似ているような…?
僚ははっと息を飲んだ。…そうか、そういう事だったんだ。
「とても…似合っている。」
「何言ってるのよ、今更。」
詩織らしい返事だった。そして同時に、彼女は景色や雰囲気にごまかされるような女ではないとあらためて実感した。
…俺達は別れしか道は残っていない。もう一度自分にしっかりと言い聞かせる。
「全く保のやつ…悪かったな、詩織。手間をかけさせて。あいにくと今日は週末だ。月曜に必ず離婚届を出しに行こう。」
詩織はただ黙って頷いた。
「しかしまたなぜここに来た?…保のいう事はやたら素直に聞くんだな。」
言ってしまってから自分でもやけに嫉妬深いセリフだと思った。
「保さんが、ここにくれば全てわかると言ったのよ。どういう意味か教えてくれないかしら、僚。」