死んでて安心した
時は2501年の春。
第九十六中等軍人学校第八十一期卒業生である僕は、同じ学校の何人かのクラスメイトと共に卒業旅行として新代村に来ていた。
ここは今から約500年前の日本神国を忠実に再現した総合アミューズメントパークであり、新代の世の混沌とした建造物や園内中に映し出される新代人のホログラムが人気の一つである。
まるで本当に新代時代にタイムスリップして来たかのような錯覚に陥るのだ。
そして僕もまたその世界に飲み込まれそうになっていた。
僕が今いるのは一番人気の東京地区だ。見渡す限りのビルや電光掲示板で目が痛くなる。全くもって品がない街だ。こんな所が昔の首都だったなんて考えただけで恥ずかしくなる。新代人は何も感じなかったのだろうか。
歩く足を止めスクランブル交差点の中心で立ち止まる。ホログラムが僕を透き通り慌ただしく走っていく。
余裕のないその後ろ姿に思わず眉をひそめてしまった。新代はとにかく品がない。人も街も、だ。だから来たくなかったんだ、こんな所。
二、
何故僕が此処に来ることになってしまったのかというと、話は卒業式の三日前に遡る。
第九十六中等軍人学校は言うまでもなく男子校だったので、学校行事などはひどく酸っぱい盛り上がり方をしていた。体育大会での男のミニ浴衣姿で結成された応援団は思いだしたくもないほどだ。そして進学先も決まり卒業間近というこれほどにない解放感に満ちた男子学生達は、その酸っぱさを遺憾なく発揮していた。そしてその火の粉が僕に降り掛かったのだ。
「真鶴!二人で卒業旅行行かねえか?」
そう僕に話かけてきたのはこの学年で三番目に頭が良い観音寺ツヅリだった。僕のただ一人の友人でもある。米国人とのハーフで、人懐こい笑顔とこの国にはない鮮やかな金髪が彼という人間を彩っていたが、不思議と浮ついた印象はなくそれがまた彼の人気の一つでもあった。
「おい聞いてるか?」
「聞いてる、卒業旅行だろ?僕は遠慮しておくよ」
「いいじゃねえか一緒に行こうぜ!」「じゃあ参考までに聞くけど何処に行くつもりなの」
「おう!新代村だ!」
「絶対行かない」
「な、何で!?」
「君知ってるだろ?僕は新代時代が好きじゃないんだ」
「あー…それ本当だったのか。てっきり歴史のテストで新代時代の点数が悪かったからその言い訳だと思ってたぜ」
「そんな訳ないだろ。いくら新代時代が嫌いだからって勉強まで手を抜くほどじゃないよ」
「なら今回の卒業旅行もその勉強の一環だと思ってさ、なぁ行こうぜ真鶴ー」
「何が悲しくて金払ってまでそんな所まで行かなきゃならないんだ。とにかく僕は行かないから」
「まーつーるー」
捨てられた子犬の様な表情に僕の中罪悪感が少し軋む。幼なじみである彼は僕よりも体格がいいのにまるで手のかかる弟みたいだ。
「……旅費が君持ちなら行ってもいいけど」
パァっとツヅリの顔が明るくなる。
「任せとけ!」
三、
そして今ツヅリは飲み物を買ってくると言って僕を置いてどこかに行ってしまった。
彼は歴史マニアで今は特に新代時代テレビで放送されていたの「あにめ」に夢中なのだそうだ。そしてこの新代テーマパークはあにめ好きの聖地的存在らしい。僕には理解出来ない趣味だ。
歩き続けふと顔をあげるとそこには芝生公園があった。東京地区を抜けてしまったのかもしれない。公園に足を踏み入れベンチに座る。遊具はあまりなく端から端が見られる程度の小さい公園だ。
公園には僕以外いないようだった。ホログラムもない。朝からツヅリに連れられ歩き回ってばかりいたので僕は疲れきっていた。軍事訓練が終わった後の疲労感とは全く違う疲れだ。多分精神的なものが大きいのだろう。それに加えさっき昼食をとったので心地よい満腹感で急激に眠気が襲ってきた。園内を見渡すと丁度日陰になり寝心地の良さそうな場所を見つける。限界だ。
フラフラとそこに近づくと………なんと、先客がいる。気持ちよさげに寝ている。しかも女子だ。茶色の髪をしている。しかもしかも何故か新代時代の服をきている。
ツヅリが言っていたこすぷれいやーというやつか?いやホログラムか?昼寝をするホログラムなんてあるのか?まさか不審者なのか?
僕がぐるぐる思考を巡らせていると女子はこっちをじっと見ていた……見ていた?見ていた!?
「うわあ!」
「なぁお前、一つ聞くが」
「は、はぁ驚いた。なな、何だ?」
「ここは何処だ」
「……はぁ、ここは新代村だが」
「新代村?」
女子はそういうと何やら考え始めた。よくよく観察するに歳は僕と同じくらいだろうか。新代博物館で見た新代時代の高等学生が着用していたというぶれざーを身に纏っていた。
不意に女子が口を開いた。
「お前は死後の世界を信じるか?」
「僕は信じてない。天国地獄などただのまやかしだ」
「そうだな。私もそう思っていた。だが実際に来てしまったのなら信じるしかあるまい」
「はぁ?」
女子は意を決したように僕に向き合った。
「ここは天国か?それとも地獄か?」
「天国でも地獄でもない。ここは日本神国だ!」
「日本!?馬鹿な、そんなはずは……今!西暦何年だ!?新代村って……年号は!」
混乱した様子の女子を前に僕も少し混乱した。西暦?年号?西暦はとっくの昔に廃止され今は神暦になっているし、年号も新代を最後に西暦と同じ年に廃止されたはずだ。
「君の言っている西暦とやらはおそらく300年前に終わっている。神暦なら今は2501年だ。年号はない」
「は、神暦!?」
丸い目をさらに丸くした女子は、徐々に落ち着きを取り戻していった…のか?複雑そうな顔をしていた。
僕もはっと我に返る。何をのんびり質問に答えているんだ。見るからに怪しい女子、しかも日本神国を知らないときた。これは即刻軍に連行すべきではないのか。
僕は未だ複雑そうな顔をしている女子を睨む。
とぼけているだけで実はスパイやテロリストなのか。
腰に隠してあった銃にそっと手をのばす。
もしかしたら僕は初めて人を殺してしまうのかもしれない。もしかしたら僕は初めて人に殺されてしまうのかもしれない。
「日本神国第四級軍人漆谷真鶴の名において君を軍まで連行する」「連行か、どうぞしてくれ。」
はい、と両手首を差し出された。緊張感のない奴。それさえ計算だというのか。
銃で牽制しながら女子にゆっくり近づく。そして両腕を抑えた。
すかっ
抑えようとした…が出来なかった。僕の手は女子の両腕を透き通っていた。
まるでホログラムのように。
「………………え」
「やはり触れられなかった、か。私の推測は正しかったようだ。全く嬉しくないが。ってお前、大丈夫か?鳩が核爆弾を食らったような顔をしているぞ」
頭が真っ白だ。いや待てこいつはホログラムだったのか?だとしたら僕は立体映像相手にものすごく恥ずかしい事をしてしまったのか?だとしたら…………
「死のう」
「ちょっと待て早まるな。何故体操座りして顔を埋める。死んでもいいことなんてないぞ」
「だって僕ホログラム相手に………」
「ホログラムが何なのかはよく分からないが私は多分ホログラムではないぞ」
「だってだってじゃあ何で触れなかったんだよ………」
「それは私は幽霊だからだ」
僕が顔を上げると女子は笑みを浮かべていた。
「私の名前は海亀。西暦2012年新代24年に恐らく此処で死んだ」