私が選んだ、
「あ、」
「……よお」
彼が軽く右手を挙げる。私も礼儀として同じく右手を軽く挙げた。
家だって反対方向で、学校も違うんだから、もう絶対会わないと思ってたのに。こんな近場の公園で会うなんて偶然、だな。
「あんた、こんなとこで何やってんの」
「別に。お前こそ何やってんだよ」
「私は……散歩かな」
ベンチに座る彼を通り過ぎて、自動販売機に120円を入れる。何にしようか迷っているとある物に目が留まった。
「……はあ」
彼が好きだと言っていた缶コーヒーだ。私は苦いものが超が付いても足りないくらい大嫌いなのだけど、いつも彼におつかいを頼まれた時は言われなくても反射的に買ってしまっていたので自然と体が覚えてしまったんだろう。
“分かってるじゃん”
そう言ってくしゃりと頭を撫でてくれる彼が、好きだった。
こんな小さなことで一喜一憂している自分に悲しくなる。今更何を考えようが、もう一緒に過ごせる日は戻ってこないのに。そんなことは分かっているのに。
どうしてこんなにも、胸が痛むのだろう。
「好きなんだよ、ばーか」
「なんか“ばか”って言わなかった?」
「別に。っていうかどうしてそこだけ反応すんの」
「あーっ。じゃあやっぱり言ったんじゃんか」
心の中で思わず苦笑。そういう変に地獄耳なとこも、妙に頭が働くとこも前に見た時から変わってない。
――どうしてだか、彼の変化の無さに安堵する自分がいたのを、私は気付いただろうか。
がこんとアルミ缶が落ちる音がする。ぴったり120円入れたのでお釣りは来ない。
取り出した私の手に握られたのは、黒色で『ブラックコーヒー』と書かれたものだった。
「ん、なにそれ」
「見て分かんない? コーヒーですぅ」
「……へえ」
彼の隣に座って缶を開けると、やっぱり私の苦手な何とも言えない匂いが漂う。
ただ今は、なんとなく嫌じゃなかった。彼が隣にいたからかもしれない。
「よし、」
思い切って一口。口内に入った液体が私の舌を痺れさせた。やっぱり、私には合わない。
隣に座った彼がくくっと笑った気がした。
それが堪らなく悔しくて、私の神経を逆なでして、負けてやるもんかと言うように一気飲みする。大嫌いな苦味が私の口を支配したけど、彼に追いつけた証のようで。
やっぱり、堪らなく嬉しかった。
「おぇぇ。不味い」
「ばっかみてぇ。意地張るからだろ」
くくっ、とまた彼が私を笑う。今はそれすらも心地よかったんだけど。
「ふーんだ。いいもん」
アルミ缶をゴミ箱に投げ入れると、綺麗な放物線を描いてナイスボール。
もうすぐ2時。そういえば、母さんに今日の夕飯の買い物を頼まれていたんだっけ。そろそろ行かなきゃ。
じゃあね、ばいばい、さようなら。どれも似合わない言葉だと思ったんだ。
だから、
「またね」
明日また、彼に会える気がした。