初恋@通学電車
満員電車に乗ると、ホームとは反対側のドアに押し込められて、僕の体はぺしゃんこになりそうだった。
顔はドアのガラスに押し付けられ、息をするのもやっとだった。
そして、外を見ると、反対側に止まった電車があって、こちら側のドアのそばに彼女が立っていた。
横顔しか見えなかったけど、毛先が内側にカールしたマシュマロボブのヘアスタイルにシャープな顎がクールに見える。
可愛らしさに凛とした清楚な女子高生だった。
携帯電話に見入っていて、視界に僕が入っていないと思われた。
ガラスに押し付けられた顔なんて、変顔に決まっている。そんな恥ずかしい顔は見られたくないなぁって思っていた。
笛の音が聞こえると、電車のドアが閉まる。そして、しばらくして、電車は動き出す。
遠ざかっていく彼女の姿を、名残惜しそうに僕は見ていた。
毎朝の日課は通学で乗り換える駅にて行き違う電車の彼女の姿を拝む。意思疎通は無い。ただ、携帯電話をいじってばかりいる状態を僕は眺めているだけ。
彼女見たさに、時間を合わせて乗り込もうとするが、電車は時刻どおりに動かなかったりする。
その日、彼女を見かけることができなかったならば、運が悪い日なんだと思ったりした。
偶然友達と一緒になったときには、わざと列車を別にする。すれ違った一瞬の間だけ、彼女の姿を拝む。
それだけで、幸せな気分になった。
電車の遅延で、双方の電車が一行に動かなかった時は、こころの中で狂喜乱舞した。
いつもより長く彼女を見ることが出来て、時間が止まればいいのにと思った。
僕は彼女に夢中だった。好きだという気持ちを伝えない不毛さがどんなに愚かなものか、気づくことができないでいた。
つまり、夢中になって携帯電話を操作するのには理由があったはずなのに、相手が誰なのかと考えることを僕はしなかった、いやできなかった。
乗り換える駅のそばにあるショッピングセンターで、偶然、彼女と会った。
通路でいつものように、携帯電話をいじる彼女が立っていて、僕は予想もしない突然のできごとにずっと立ち尽くしていた。
彼女が携帯電話をいじる指が止まる。じっと見つめたかと思うと、顔を上げた。
僕のほうをじっと見ているかのようだった。僕の心臓は激しき鼓動を打つ。
彼女が僕をみながら、ニコッと笑って見せた・・・と僕は思った、感じた。
しかし、僕の横を一人の男性が通り過ぎ、彼女の目線がその男性に移っていくのがわかった。
気がついた時には、その男性の後姿しか確認できなかった。後姿だと、父親にはみえなかった。
彼女は嬉しそうに相手に話しかけ、腕を組んだ。その様子は恋人同士のようだった。
天国にでもいるかのような幸せな気持ちから、どん底に突き落とされるような思いがした。
携帯電話をいじる姿を思い出し、それは恋人に対する一所懸命さだったのだとようやく気づかされた。
こころの傷はすぐにいえなかったけど、彼女見たさにあわせた時間をずらすことによって、忘れることができた。
すっかり忘れたわけではないけれど、その時間帯に僕は電車に乗り合わせた。
いつものように、彼女は携帯電話をいじっていた。横顔は僕が好きだったあの時のまま。
僕の視線を感じたのか、彼女はふっと、顔を上げて、僕を見た。
ニコッと、失恋したあの時の笑顔をみせて、首を傾げたかと思うと、手を振った。
僕は驚いた。彼女の目は僕を見ていた。間違いは無い。
なぜ、僕に手を振るんだろうと、考える余裕が無いままに、笛は鳴り、電車は動き出した。
遠ざかっていくのに、彼女は僕を目で追っていて、手は振られたままだった。
僕の心臓は止まりかけた。
後日談で、彼女の制服を調べて高校が判明した。その高校は統合されることになって、いつものあの電車に乗ることができなくなることがわかった。
気がつかなかっただけで、彼女は僕の存在を知っていたのかもしれない。
そして、いつも見かける僕と、もう会えなくなるから、手を振ってくれたのかなと思いたい。
僕の不毛だけれど淡い初恋だった。