夢
間延びした空間だった。怠惰で、それでいて綺麗な、童話のような部屋の中に俺はいた。手元を照らすオレンジ色の照明の明かりは、この小さな部屋の半ばまで緩やかに伸びていた。途中で飽きたみたいに半端な仕事をしている。俺の思考もそんな明かりのように曖昧で、うとうととまどろんでいた。紙の饐えたような匂いが鼻についた。この部屋の主というふうに古びた重たそうな机と椅子に納まって読書をしていたら、眠気に負けてしまいそうだった。
思わず目を擦るとその拍子にページがめくれた。そこは、もう読んだ――読んだ、だって?何語だろうか。アルファベットのようだけれど、なにか違う。前のページを読み返しても、不思議な文字の羅列が連なっていた。話を思い出そうと記憶を探ってみたけれど、追った先から内容が零れ落ちていって、もう、思い出せなかった。
夢を思い出せない感覚に似ていた。夢を見ていたのだろうか。
だからこうして眠いのか。
寝息のような、穏やかな呼吸が聞こえた。ああ、自分のか。
もういいだろうか。
寝てしまっていいだろうか。
枷が外れて、あとはジェットコースターのよう。
目を閉じて、落ちる、落ちる、落ちる。
くらやみへ。目を閉じているのにくらやみが見える。
しばらくして、最後に何も見えなくなった。
おやすみなさい。
地の果ての炎が空を焼いていた。
その鮮烈な熱を乗せた生暖かい風が、低く唸りながらじっとりと頬を嘗めて過ぎていく。その幽かな音が耳につくほど、ここは酷く静かだった。静かで、そして黒い。この街はもう炎に飲まれた後で、廃墟と化した家が点々と連なって、家で無くなった瓦礫や鉄鋼に地面が埋もれていた。熱を持つ灰が頼りなげに赤く光っている。どうしてか人の気配は無かった。生き残ったものがいなかったのか、それとも火が襲ってくる前に逃げおおせたのか。ここには何も無かった。炎は全てを、じっくりと鳥が肉を啄むように焼いて食らい尽くしてしまっていた。そうしてここでの食事に満足した炎の波は遠くに行って、空まで赤黒く焦がして食んでいる。
そんな終端の世界にいた。ただの終端だった。ほかに俺は何も知らない。気がついたらここにいたから、この街の歴史や営み、どんな人間が住んでいたかなんて分からない。それなのに俺だけがこの世界の終わりを知っている。眩暈を足元がおぼつかなくなって尻餅をついたとき、ぞっとした。残火に触れて手を火傷した、その刃物のような鋭い痛みに『夢』なんていう退路はばっさり切り捨てられてしまった。
誰もいない。燦然とした思考の中で生まれたのは、逃避にも似た陶酔だった。それはこの世界の王にでもなったような、逆に虫けらにでもなったような、よくないものだった。頭を振り、その熱っぽい感覚を払いのけようとする。現状を理解できていない証拠だといい聞かす。
「レアル」
俺は名前を呟いてみた。誰でもない、自身の名前だ。思わず、そうしないと、酔いが回って自我を失ってしまいそうだった。
俺はレアルだと。
「そう、君はレアルだ。」
…視界が反転した。ちょうど写真がネガティブになったみたいだ。脳が奥から灼熱に当てられて、熔けたと思った。頭の中になにかがいる。小賢しい。痛みよりも激しく揺さぶられるように強い衝撃が頭の内側から断続的に生まれている。反転していた世界が、視界の端が、黒く染まっていた。蝕まれていく。
ようやく恐怖が追いついた。
誰か助けて、そう唇に乗せた声は、言葉にならず、絶叫となり、喉を枯す。
ざあああっと風が激しく強く乱れて、灰が、灰神楽の煙と共に舞い上がった。
激しく鮮やかな恐怖に心を支配されながら、
最後に見たのは楽しげな唇。
「王の理想郷だ」
なにが途切れる音がした。
雰囲気小説で申し訳ないです。読みづらいと思いますが、どうぞよろしくお願いします。