80年代の『ジブリ』
思い返してみると、80年代はまだ、大人がアニメや漫画を大っぴらに観ることの少ない時代だった。いわゆる『おたく族』という言葉が聞かれるようになったのも、この時代からで、大人がアニメや漫画に熱中することは、かなりマニアックなことに分類されていた。メディアなど世の中では「漫画を読むと馬鹿になる」などという大人がいて、漫画を親に禁止されている子供も大勢いた。
いまは有名テレビタレントが、
「○○の大ファンです」
などと、かなり自由に発言していたりする。もし、80年代にそんなことを言おうものなら、変な目で見られることになっただろう。当時、京本政樹が、「ウルトラマンが大好き」と言うのを、周囲はどう扱ってよいものか、おおいに困っていた。今なら映像をまじえたりしながら、かなりトークを広げられるだろうことは容易に想像がつく。
いつからか『ジブリ作品』だけは大人から子供までが観るようになった。
しかし(『ジブリ作品』という言い方を広義に広げれば)『風の谷のナウシカ』は、まだアニメファンに限って響いた作品に過ぎなかったのでは、と思う。いわゆる玄人受け、という奴だ。
たしかに影響力は凄まじく、当時のテレビアニメや、バラエティ番組のコント等ではかなりオマージュされていた記憶がある。一時期はテレビを見るたびに、あの「黄金の野原を歩くシーン」が再現されていた。
だが、ストーリーはやや難解だと思われる。果たしてどれだけの人があの勢力図を正確に理解し、今でも覚えているだろうか。大人でもちょっと頼りないはずである。おそらく今の子供に見せたとしても、退屈するに違いない。
ターニングポイントは『となりのトトロ』だろう。あそこから、変化がはじまったように思う。
たとえば『笑っていいとも』でも、今のようないわゆる「告知」ではなく、純粋に出演者がその魅力を語っていた。……もしかしたら、単に告知だったかも知れないが……。ともかく、じわじわと「面白い」という口コミが広がっていたように見えた。
俺が『トトロ』を知ったのは、懐かしの『ファミリーコンピューターマガジン』、略して『ファミマガ』に載っていた広告からだった。それも、サツキとメイがまだ一人という設定の頃の広告だった。ちなみに『ファミマガ』は徳間書店のグループから出版されていたため、徳間がらみの広告はよく載っていたのだ。
その広告だが、残念ながら同時上映だった『火垂るの墓』の絵面のインパクトが強すぎたため、比較的近い時代背景の『となりのトトロ』も同様に戦争映画のように、俺には見えてしまった。こう言っては申し訳ないが、これは『トトロ』にとっては、ある意味、不幸だったと思う。実際に劇場に足を運んだ人も、この二作品の組み合わせは、なんとも言えないものだったに違いない。
俺が実際に『となりのトトロ』を見たのは、地上波での初放送のときだった。おそらく、80年代の小学生はほとんどこのタイミングで観ることとなっただろう。
ところが、俺ははじめて『トトロ』を観た時の印象をあまり覚えていない。その後、何十回と観ることになったため、最初の印象がないのだ。俺の家にはビデオデッキが当時まだなく、録画していたイトコの家へ頻繁に遊びに行っては、『トトロ』を観ていた。……なんというか、家にビデオデッキがなくて、よその家に行ってビデオを観る、というのもまた時代を感じる……。
『トトロ』が地上波で放映された初めての年は89年の4月で、関東での視聴率が21.4%だったらしい。同じ年の7月に『天空の城ラピュタ』が地上波で放送され、視聴率が22.6%となっており、どちらもものすごい数字をたたき出していることが分かる。
ところが、『ラピュタ』はその前年、88年が初めての地上波放映で、その時の視聴率は12.2%だった。これはその後の『ジブリ作品』の初登場と比べてもかなり低い。実は俺もこの『ラピュタ』の初回を観ておらず、『トトロ』初地上波の年の夏にその存在を知ったくらいだった。
つまり、ひそかな話題となっていた『トトロ』をテレビで観て、多くの人が「宮崎作品は面白い」ということを知る。その夏に同じ監督の『ラピュタ』がテレビでやるものだから、期待して観る。これも、もちろん素晴らしく面白い。これはすごいアニメ監督だ、となり、『ジブリ』の人気は国民的なものとなっていった。
ちなみに、今では『ジブリ』のひと言で通用するが、当時は『宮崎&高畑作品』のような言い方をしていた。まだ『ジブリ』という言葉が一般化していない頃のことである。
なお、89年の夏、『ラピュタ』の後に『火垂るの墓』が地上波で放映されるのだが、これも視聴率は20・9%と、暗い内容に関わらずかなり良い。『ジブリ』パワーに引き寄せられ、当時の多くの小学生にトラウマが植え付けられたことだろう。まあ、もちろん『火垂るの墓』も名作に間違いはないのだが。
ともかく、この80年代の『ジブリ』の成功は、その後の漫画やアニメに対する世間の風潮を大きく変貌させた一因のように思う。今ではこぞってアニメや漫画が各種メディアで紹介され、アニメが好きだと公言するタレントも非常に多い。アニメを観るな、とか、漫画を読むな、という親はもう絶滅危惧種に近いんじゃないだろうか。
もちろん、すべてが『ジブリ』の影響だとは言わないが、少なくとも、世間のアニメに対するイメージを変えたとは言っていいんじゃないだろうか、と思っている。
それがいいことなのか、悪いことなのかは別として。
「うーん、どうなんでしょう。昔ってそんなに大人がアニメとか漫画とか観なかったんですかね」
「こればっかりは時代の空気ってもんがあるからな。なかなか証明しづらいところではある。そうじゃない大人だってたくさんいただろうし、別に『サザエさん』とか当時から普通に大人も観てただろうしな」
「まあ、でも『ジブリ』ならデート誘えますね」
「お、いいこと言った。そうそう、そういうことだよ。他のアニメは趣味が合わないとちょっとハードル高いもんな」
「先輩、『風立ちぬ』観に行きましょうよ」
「いや、女の子誘えよ」