『ポカリスエット』
むかし『包丁人味平』という漫画があった。詳しい説明は省くが、そのなかで、コカ・コーラの話が出てくる。
面白いのは、かつてコーラが発売されてすぐのことが描かれているところだ。コーラが広く販売されたのは50年代の中ごろらしいが、販売当初、多くの人たちは薬臭い味だと言って気に入らなかったらしい。言われて見れば確かにそれまでとはまったく違う味だったため、当時の人が面食らったというのも無理はないのかも知れない。
漫画の中では、いつの間にかコーラが普及し、いまや若者だけに留まらず農家のおじさんたちまでが飲んでいる、というようなことが書いてあった記憶がある。『包丁人味平』の連載時期から想像すると、おそらく70年代の前半のことだろう。
俺は80年代に、このコーラと似たような経験をした。それが『ポカリスエット』だった。
いまやスポーツドリンクの代名詞であり、運動以外にも熱中症や脱水症状の対策に薦められたりと、『ポカリスエット』は幅広く普及していることは誰もが良く知っているだろう。
俺がはじめて飲んだのは、確か80年代の前半だったと思う。ポカリスエットの発売が80年らしいから、売り出されてから何年か経った頃ということになる。
今でこそお茶ブームなどで、甘くないドリンクが優勢だが、当時は『HI-C』や『ファンタ』、それこそ『コーラ』や『スプライト』、そして懐かしい『メローイエロー』など、子供にとって甘い飲み物が全盛の時代だった。
だがそんななか、俺はどういう訳か気まぐれで『ポカリスエット』を買ってみた。当時のジュースは自販機でも100円だった。
「不味い!」
一口飲んだ瞬間、この『ポカリスエット』を買ったことを激しく後悔した。
まず、味がしない。よくよく注意すると、わずかな風味が感じられる程度だ。
繰り返すが、当時は甘い飲み物こそがジュースであって、ミネラルウォーターはおろか、お茶さえ自販機ではお目にかからない時代だったのだ。俺の中で『ポカリスエット』は水も同然だった。俺は貴重な100円で水を買ってしまったと落胆した。
それから間もなくして、俺はスイミングスクールに通うようになった。
俺は運動がそれほど得意でもなかったのだが、なぜか泳ぎだけは得意で、クラスでも誰よりも早く25メートルを泳げるようになった。そんな俺に期待をしたのか、突然スイミングスクールに通えと親が言ってきたのだ。まあ、泳ぐのは好きなので、深く考えもせず俺は通うことにした。だが、これが命取りだった。
近くにスイミングスクールがなかったので、随分と遠い町まで行かされることになった。そのため平日に通うこともできず、たまたま空きのあった日曜の午前中に入れられ、貴重な休みがまるまる潰された。遠い町がために友達はまったくおらず、そもそも基礎のできていない俺にとって、基本から教えるスイミングスクールは苦痛以外のなにものでもなかった。
一時間のスイミングスクールを終え、ぐったりしている俺に、父がジュースを買ってくれた。忘れもしない、あの青い缶。そう『ポカリスエット』だった。
よりにもよって何でこんなのを買うんだと悪態をつきながら、のどの渇きのため仕方なく飲むと、水分がすっと身体に入っていって、いやに美味しく感じる。しつこくない甘さも、とても飲みやすい。なるほど、これはこういう時に飲むものだったのか、と子供心ながらに納得した。
それ以来『ポカリスエット』は、嫌で仕方のなかったスイミングスクールの、ささやかな楽しみとなった。
ちなみに、あまりにいつも『ポカリ』を飲む俺を見て、よっぽど美味いのだと思ったのだろう。父が自分でも『ポカリ』を買って飲んだことがあった。
「味がしない」
そう父が言ったとき、俺はなぜか大人になったような気がして、ちょっと得意になった。
「先輩、ポカリって充分に甘いですよ」
「俺が思うに、今と昔じゃ味が違うんじゃないかと思うんだ。昔はもっと水っぽかった気がする。俺は昔のほうが好きだったな」
「ところで、『メローイエロー』って何ですか?」
「そうだな、ひと言で言えば伝説のジュースだ。『メローレッド』ってのもあったぞ」
「さっぱり分からないんですけど」