『ファミコン』黎明期
俺が『ファミコン』と出会ったのは発売された直後だったので、かなり早めだっただろう。
夏だった。
ある日、すごいものがある、と隣に住んでいるの友達の家へ呼ばれたのがきっかけだった。行ってみると既にずらりと近所の子らが集まっていた。
こうして一つの家に集まる光景も、今思えば微笑ましい。きっとテレビが普及していない時代もこんな感じだったんだろう。珍しいものを持ってる家に大勢が集まる、というのはおそらくこの時代が最後なんじゃないか。
どうやらそのすごいもの――『ファミコン』を買ってもらったのは、俺を誘った友達のお兄さんらしい。お兄さんが自分の友達と『ベースボール』をやっていた。
実を言えば、はじめテレビ画面をぱっと見ただけでは、俺はそこまで驚かなかった。というより、何が起こっているのか理解できなかった。さらに、当時の俺は野球のルールを知らなかった。
ところが、画面のピッチャーが球を投げた瞬間、俺は度肝を抜かれた。ゲームウォッチのようなカクカクした動きではなく、なんとも滑らかな動きなのである。そして、音もゲームウォッチのピッ、ピッという単純な音と違い、実に複雑なものであった。まあ、今にしてみればチープなのだろうが。
これはゲームなのだ。それもものすごく高性能の。
「すげえ!」
俺の上げた声に、持ち主であるお兄さんはまんざらでもないようだった。
だが、次にもっと驚かされた。
なんとカセットを入れ替えると、ゲームの内容が変わるのだ。画面には、先程までとはうって変わって『ドンキーコング』が映っている。
今のゲームに慣れ親しんでいる人にとっては当たり前過ぎるかも知れないが、当時これは画期的なことだった。それまでの主流だったゲームウォッチは、いうなれば一つのハードに一つのソフトだった。カセットさえ交換すれば別のゲームができる、という『ファミコン』は、まさに常識を超越した代物だったのだ。
すぐに俺の頭にある考えが浮かんだ。つまり、本体さえ持っていれば、他の友達からカセットを借りてきて色んなゲームができるじゃないか、と。
もう一つ思い浮かんだのは、いわゆるアーケードゲームとの比較だった。
当時、100円というのは、多くの子供もそうだったと思うが、俺にとって非常に大金で、1ゲームに100円を投資するということは、かなりの冒険だった。加えて、アーケードゲームというものは得てしてすぐゲームオーバーになってしまいやすい。もっと言えば、その頃、不良のたまり場だったゲームセンターに行く機会はゼロであり、アーケードゲームは温泉地にあるもの、という認識しかなかった。つまりは、滅多なことでは見ることすらなく、いわば、特別な時だけに遊ぶことができる『ハレ』の遊びと言って良かった。
この『ファミコン』はそのアーケードゲームと比べても少しも遜色ない、と、少なくともその時の俺には見えた。これがあれば、1回100円だ、などと気にする事はなく、好きな時に好きなだけアーケードゲームが家で楽しめてしまう。
普段であれば、こんなすごいものを目の当たりにすれば、やってみたくなり、欲しくなるものだ。だが、俺は不思議とやってみたいと思わなかった。そして欲しいとも思わなかった。
どうやらあまりにすご過ぎて、欲しいという感情が沸いてこなかったらしい。それくらい、高嶺の花と俺の目には映ったのだ。ただ見ているだけで、充分に楽しかった。
他の友達もまだ『ファミコン』が家にあるところはなく、依然として、みな『ゲームウォッチ』で遊んでいた。俺と同じように、多くの子がまだ『ファミコン』を知らないか、知っていても手の届かないもの、と思っていたのかも知れない。
「先輩。僕、ファミコンやったことありますよ」
「昔はやったことあるのが当たり前だったが、今はそういう時代だよな。はじめて触ったのがスーパーファミコンっていう人も珍しくないだろ」
「いや、大学生あたりならプレイステーションって子もいるはずですよ。今の子供はゲームボーイアドバンスかDSかな?」
「……80年代も遠くなりにけり、だな」