『ビックリマン』
80年代の男の子ホビーを語る上で避けて通れないものがいくつかあるが、『ビックリマン』はまさにその内のひとつだ。当時、社会現象と言っていいほどのブームだったから今でも知名度はかなりのものと思う。
念のため知らない人のために簡単に説明すると、ウエハースチョコのおまけにシールが入っていて、そのシールを集めるのが流行ったのだ。シールに描かれるキャラクターは天使、お守り、悪魔の三種からなっており、それぞれが戦っているという世界観になっている。
俺はこの『ビックリマン』との出会いを良く覚えている。
小学校の全校朝礼のなか、各学年が男女に分かれて順に並ばされていた。と、隣の列がちょっと騒いでいる。一学年上の男子だった。
「お前、これ知ってるか?」
そう言って俺に見せてくる手の中には、やけにキラキラ光るシールがあった。俺は一気に引き込まれた。
「すげえ! 何コレ!? カッコイイ!」
「ビックリマンだよ」
じっくり見せてもらおうと手を伸ばしたのだが、その上級生はサッと手を引っ込め、それっきり見せてくれなかった。よほど大事だったのだろう。それに先生に見つかるのもまずい。俺に見せたのは、単純に自慢がしたかったのだ。
この時見たシールは『聖フェニックス』だった。いわゆるヘッドと呼ばれるレアリティの高い種類で、キャラクターのイラストのバックが子供たちの憧れのキラキラになっていた。また、描かれているキャラクターもかなり格好いい。
この『聖フェニックス』は二種類あり、ヒラヒラの衣を着て微笑んでいるだけのものと、ヨロイを着てポーズを取っているものがある。俺が見たのはヨロイを着ているタイプのものだった。はっきり言ってそっちの方が数倍格好いい。
当然その時はそんなことなど知るよしもないのだが、最初に見たのがそんなすごいシールだったというのも俺にインパクトを与えたんだろう。
俺は『ビックリマン』という言葉と、その格好いいシールが頭に焼きついてしまった。おそらく全校朝礼の話もまったく頭に入らなかったに違いない。まあ、それはいつものことだったのだが。
ともかく俺は『ビックリマン』が何なのかが知りたくて、クラスに戻ってから何人かに聞いた。だが、誰もそんなものを知らず、ようやく兄貴が持っているという奴を探し当て、『ビックリマン』が何なのかを知ることができた。
家に帰った俺は、さっそく貯金箱をひっくり返し、小銭を手にして駄菓子屋へと向かった。この時はまだ周囲のブームは加熱しておらず、すんなり買うことができた。のちに一大ブームとなると、品切れの店が続出し、買うことすらままならなくなる。そうなってくると、俺の駄菓子屋めぐりは『ビックリマン』を求めるためのものとなっていく。
それはともかく、おれは当時一個30円だった『ビックリマン』を三つ買った。当時、おやつと言えばだいたい100円くらいと相場が決まっていたから、他の子と比べても割とオーソドックスな買い方だったのではないかと思う。
買った後、もちろんダッシュで家に帰った。
「聖フェニックス出ろ!」
家に着いた俺は、ワクワクしながら一個目を開けた。袋からのぞいているシールが、なんだか光っている! いきなり『聖フェニックス』か!?
「……『無煙仏』。なんだこりゃ」
俺はまだ天使なる存在を知らなかった。すべてのシールがヘッドのように輝いているのだと思っていた。だが、出てきたものは光ってこそいるものの銀色一色で、キラキラシールとは違う。それにキャラクターも爺さんで、ぜんぜん格好良くない。……なるほど、ヘッド以外はこんな感じなのか。
気を取り直して、俺は次を開けた。
「げ! ハズレだ」
悪魔だった。悪魔は光ってすらいない地味なシールだ。さすがに俺もこの時のシールの名前までは覚えていない。まあ間違いなくハズレだ、と思ったのは覚えている。
次だ、次。
「また悪魔……」
そう、俺はヘッドなど滅多に出るものではなく、天使でさえ出れば御の字だということをこの時はじめて知った。ちなみにお守りを見たのは、さらにちょっと後のことになる。自力でヘッドを出したのは、さらに先のことだった。
「ビックリマンは復刻もされましたよね。箱買いしている人いましたよ。昔好きだったんだなーって思いました」
「箱買いか。憧れだったな。たしか復刻の時は値段が上がっていたはずだから、ちょっと手が出なかった」
「ビックリマンのチョコって、美味いんですか?」
「あれは最高だぞ、ウエハースといい、チョコといい。ピーナッツがまたいい味出してるんだよな。捨てるヤツの気が知れなかったもんだ」
「先輩、もらって食べてたりして」
「当然もらったさ。無駄にしない、というのが俺のポリシーだったからな」
「チョコでポリシーとか言われてもねえ」