『秘密基地』
最近は空き地を見ることも少なくなった。
まれに見かけても、『売り地』とか看板が出ていて、有刺鉄線にグルグルと巻かれていたりする。
80年代の田舎には、住宅地のなかでさえ、まだ空き地はあった。俺の家の前と横はどちらも空き地だったし、ちょっと足を伸ばせば、グラウンドぐらい広い空き地がいくつかあった。今と違って、柵や囲いなどなく、俺たち子供は、好き勝手に遊ぶことができた。
ある日、家の隣の空き地へ行くと、見慣れないものが置いてあった。赤い色で、ベッドのマットレスを少し大きくしたような形とサイズの、金属製の何かだった。その時はなんとなく巨大な湯たんぽを連想したのだが、今にして思えば、よく昔の家の屋根にくっついていた太陽熱温水器というヤツだったのかも知れない。
俺は邪魔だな、と思いながらも、何となくその物体に乗ってみた。金属製だからなかなかに頑丈だ。
その瞬間、ハッとひらめいた。
「そうだ、こいつで家をつくろう」
同じくそこらへんにあった棒っきれを柱に、落ちていたブルーシートを屋根にした。たったそれだけのことだが、俺にはとても立派に見え、大満足のできばえだった。まるで『秘密基地』だ、と思った。
俺が『秘密基地』のなかでその基地っぷりを堪能していると、次第に近所の子供たちが集まってきた。俺はもちろん『秘密基地』に彼らを招待した。結構な広さがあるから、六人くらいは余裕で入れる。
みんな大興奮だった。これからは、この『秘密基地』を拠点にして遊ぼう、と、わくわくしていた。
ところが、翌日、学校が終わって空き地に行ってみると、『秘密基地』はただの太陽熱温水器にもどっていた。
ブルーシートが外れただけなのではない。実はというか、当然ながらというか、隣の空き地には所有者がいた。普段は滅多にその空き地に来ることはないのに、その日に限ってやってきてしまったのだ。
突然の小屋の出現に、その所有者のおじさんは驚いたらしい。おじさんは俺の親に文句を言って、さっさと元に戻してしまったのだ。おそらく温水器も、おじさんが処分しようとして一時的に置いていたのだろう。
その話を親から聞かされ、『秘密基地』を楽しみにしていた俺と近所の子らは、とてつもなくがっかりした。俺たちはあまりにがっかりしすぎて、もう一度『秘密基地』をつくろうなどという気にはならなくなった。
俺たちの『秘密基地』は、たったの一日の命だった。
そして、見向きもされなくなった温水器はそのあともしばらく空き地に放置されたままになっていて、俺達が遊ぶスペースを圧迫し続けたあげく、赤黒く錆びて、やがて朽ちていった。
ところで、実はこの後、もう一度だけ『秘密基地』をつくったことがある。
それは、普段遊ばない友達と、普段行かない少しだけ家から離れたところへ遊びにいったときのこと。だが不思議なことに、次の日にその『秘密基地』に行こうとしても、どうしてもたどり着けなかった。
子供の頃は、こうした、一度しか行く事のできなかった場所、というのがあったりする。これは記憶違いなのか、ただ単に方向音痴だっただけなのか。
「先輩、ボクはあんまり秘密基地に憧れがありません」
「どうしてだ?」
「都会の公園や駅周辺には、リアルな秘密基地があるからですよ」
「夢がない世の中だな……」